異世界転移した俺のスキルは【身体魔改造】でした ~腕をドリルに、脚はキャタピラ、脳はスパコン。 追放された機械技師は、神をも超える魔導機兵~

夏見ナイ

文字の大きさ
25 / 60

第二十五話 敗走と残されたもの

しおりを挟む
「カケル!」

ティリアの絶叫が、平原にこだました。
彼女は、丘の上から、カケルが黒煙を上げて墜落する様を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。信じられなかった。あの、無敵だと思っていたカケルが、たった一人の騎士に、こうもあっさりと打ち破られるなど。

「カケル殿!」
リゼットも、ハインケルも、血相を変えてカケルの墜落地点へと馬を走らせる。ガルダの兵士たちは、王国最強の騎士ギルベルトの、文字通り神の如き強さを目の当たりにし、戦意を完全に喪失していた。もはや、戦える状態ではない。

墜落によってできたクレーターの中心で、カケルは倒れていた。
上半身の黒鉄装甲は、無残に抉り取られ、そこから伸びるパイプやケーブルが、火花を散らしながら剥き出しになっている。キャタピラユニットも、所々がひしゃげ、機能不全に陥っているようだった。背中のジェットブースターの一基は、衝撃で大きく歪み、黒煙を吐き続けている。
彼の瞳からは、光が消えていた。
「……クソ……が……」
かろうじて、声にならない呻きが漏れる。
激痛。全身を、灼熱の鉄の棒でかき混ぜられるような、耐え難い痛み。
だが、それ以上に、彼の心を苛んでいたのは、圧倒的なまでの「敗北感」だった。
自分の技術が、通用しなかった。
自分の力が、届かなかった。
慢心していたわけではない。だが、心のどこかで、自分は最強だと思い上がっていたのかもしれない。その鼻を、ギルベルトという本物の「理」は、完膚なきまでにへし折った。

「カケル! しっかりして!」
駆けつけたティリアが、彼の傍らにひざまずき、その体を揺さぶる。だが、カケルの反応は無い。
「退却! 全軍、退却だ!」
リゼットが、苦渋の決断を下した。ハインケルも、兵士たちも、異論を唱える者はいない。これ以上戦っても、無駄死にするだけだ。
数人の兵士が、動かなくなったカケルの巨体を、担架に乗せようと試みる。だが、その重量は、人力でどうにかなるものではなかった。
「私がやる!」
ティリアは、涙を拭うと、弓を背負い直し、カケルの片腕を自分の肩に担いだ。彼女の義手が、ギリギリと音を立てて軋む。
「ティリア殿、無茶だ!」
「無茶じゃない! 彼は、私のために腕を作ってくれた! 今度は、私が彼を運ぶ番よ!」
ティリアの決意に、他の兵士たちも心を動かされ、次々とカケルを運ぶのを手伝い始めた。

ギルベルトは、その敗走していくガルダ軍の姿を、追撃することなく、ただ静かに見つめていた。
「ギルベルト様、なぜ追撃を?」
側近の騎士が、不思議そうに尋ねる。
「必要ない」
ギルベルトは、短く答えた。
「首魁である鉄の化け物は、再起不能。残るは、烏合の衆のみ。脅威ではない。それに……」
彼は、自分の剣に残る、わずかな傷跡に目を落とした。カケルの対魔法障壁と、黒鉄装甲。それらは、確かに彼の攻撃の威力を減衰させていた。もし、障壁がなければ、彼の剣は、カケルの体を両断していたはずだ。
(……面白い技術だ。だが、それだけでは、私には勝てん)
ギルベルトにとって、この戦いは、世界の理を乱す「エラー」を削除するための、ただの作業だった。そして、その作業は、完了した。
彼は、全軍に、帰還の命令を下した。
彼の背中には、勝利者としての揺るぎない威厳があった。だが、彼の心の奥底に、あの鉄の魔導機兵が見せた、未知の技術に対する、ほんのわずかな「興味」が、種火のように残されたことを、彼自身はまだ気づいていなかった。

ガルダ軍は、アストリアへと退却した。
その雰囲気は、重く、暗く、絶望に満ちていた。平原での勝利に沸いた、ほんの数日前の熱狂が、嘘のようだ。
鉄の救世主の、敗北。
それは、ガルダ公国の民の心に、大きな影を落とした。彼らの希望の象徴が、打ち砕かれたのだ。

城の工房に運び込まれたカケルは、生死の境を彷徨っていた。
胸部の損傷は、内部の動力機関にまで達しており、冷却液が漏れ出し、体温が異常に上昇している。意識は混濁し、時折、うわ言のように、日本語で何かを呟いていた。
「……田中……すまない……」
それは、彼が失った、かつての日常への、謝罪の言葉だった。
リゼットは、国中の医者や技師を集めたが、誰も、カケルの体をどうすることもできなかった。彼の体は、もはや人間のそれではなく、誰も触れることのできない、複雑怪奇な機械と化していたのだ。
「……私が、やるしかない」
工房のベッドの横で、ずっとカケルに付き添っていたティリアが、静かに、しかし、力強く言った。
彼女は、この数週間、カケルから、義手のメンテナンス方法を通じて、彼の技術の基礎を学んでいた。それは、あまりに断片的で、不完全な知識だ。
だが、今、カケルを救える可能性があるのは、自分しかいない。
ティリアは、カケルが残した設計図の断片や、工具を手に取った。
「カケル、あなたが私に希望をくれたように、今度は、私があなたを絶望から救い出す」
彼女は、震える手で、損傷したカケルの装甲に、そっと触れた。
それは、無謀な挑戦だった。だが、彼女の瞳には、カケルから受け継いだ、決して諦めない、強い意志の光が宿っていた。

数日が過ぎた。
ティリアは、不眠不休で、カケルの修理を続けた。
損傷したパイプを、あり合わせの素材で繋ぎ、漏れを止める。
暴走しかけていた動力炉を、彼女の魔力を使って、強制的に冷却させる。
剥き出しになったケーブルを、一本一本、カケルの指示書の走り書きを頼りに、繋ぎ直していく。
それは、まるで暗闇の中で、手探りで精密機械を組み立てるような、途方もない作業だった。
リゼットも、そんな彼女を、食料を運び、励ますことで、支え続けた。
そして、敗走から五日目の夜。
ずっと昏睡状態だったカケルの指が、ぴくり、と動いた。
「……カケル……?」
ティリアが、彼の顔を覗き込む。
ゆっくりと、彼の瞼が開き、その瞳に、再び光が戻った。
「……ティ……リア……?」
掠れた、しかし、確かな声。
「カケル! よかった……!」
ティリアの目から、安堵の涙が溢れ出した。
カケルは、ゆっくりと、自分の体を見下ろした。胸には、ティリアが応急処置を施した、痛々しい傷跡が残っている。
彼は、全てを思い出した。
ギルベルトの、圧倒的な力。
そして、自分の、惨めな敗北。
「……俺は、負けたのか」
自嘲するような、呟き。
「ううん、あなたは負けてない!」
ティリアが、彼の言葉を、強く否定した。
「あなたは、生きてる! ここに、ちゃんといる! 生きてさえいれば、何度だってやり直せる! そうでしょう!?」
彼女の言葉が、カケルの心の、最も深い場所に突き刺さった。
そうだ。
生きている。
あの絶望的な状況から、自分は生き延びた。ティリアが、リゼットが、自分を救ってくれた。
彼は、ティリアが必死の思いで修理したであろう、自分の胸の傷跡に、そっと触れた。その継ぎ接ぎだらけの修理跡は、どんな精密な機械よりも、温かく、そして力強く感じられた。
「……ああ、そうだな」
カケルの瞳に、再び、闘志の炎が灯った。
「俺は、まだ、終わっちゃいねえ」
敗北は、終わりではない。始まりだ。
この屈辱を、この痛みを、糧にする。
ギルベルト・ヴァイスマン。必ず、超えてみせる。
そのためなら、どんな改造も、どんな痛みも、受け入れてやる。
彼は、ティリアの助けを借りて、ゆっくりと体を起こした。
工房の壁には、彼が破壊した、ソレイユ騎士の鎧と剣が、まだ無残な姿で飾られている。
そして、その隣には、彼が加工しようとして、諦めた、星辰鋼の塊が、静かに鎮座していた。
敗北が、彼に、新たな道を示していた。
強くなる。
ただ、ひたすらに。
神をも超える、魔導機兵となる、その日まで。
鉄の救世主の、本当の意味での「再起」が、今、始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

付きまとう聖女様は、貧乏貴族の僕にだけ甘すぎる〜人生相談がきっかけで日常がカオスに。でも、モテたい願望が強すぎて、つい……〜

咲月ねむと
ファンタジー
この乙女ゲーの世界に転生してからというもの毎日教会に通い詰めている。アランという貧乏貴族の三男に生まれた俺は、何を目指し、何を糧にして生きていけばいいのか分からない。 そんな人生のアドバイスをもらうため教会に通っているのだが……。 「アランくん。今日も来てくれたのね」 そう優しく語り掛けてくれるのは、頼れる聖女リリシア様だ。人々の悩みを静かに聞き入れ、的確なアドバイスをくれる美人聖女様だと人気だ。 そんな彼女だが、なぜか俺が相談するといつも様子が変になる。アドバイスはくれるのだがそのアドバイス自体が問題でどうも自己主張が強すぎるのだ。 「お母様のプレゼントは何を買えばいい?」 と相談すれば、 「ネックレスをプレゼントするのはどう? でもね私は結婚指輪が欲しいの」などという発言が飛び出すのだ。意味が分からない。 そして俺もようやく一人暮らしを始める歳になった。王都にある学園に通い始めたのだが、教会本部にそれはもう美人な聖女が赴任してきたとか。 興味本位で俺は教会本部に人生相談をお願いした。担当になった人物というのが、またもやリリシアさんで…………。 ようやく俺は気づいたんだ。 リリシアさんに付きまとわれていること、この頻繁に相談する関係が実は異常だったということに。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...