異世界転移した俺のスキルは【身体魔改造】でした ~腕をドリルに、脚はキャタピラ、脳はスパコン。 追放された機械技師は、神をも超える魔導機兵~

夏見ナイ

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第三十二話 虹彩の認証システム

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ウィィィィン……。
古代遺跡の門から発せられる低い駆動音は、数千年の沈黙を破ったことへの、不機嫌な唸りのようにも聞こえた。
門の表面に浮かび上がった、青白い光の文字列と、複雑な幾何学模様。それは、カケルとティリアという二人の侵入者を拒絶するように、冷たい光を放ち続けている。

「……これは……」
ティリアは、弓を構えながら、慎重に後ずさった。エルフの鋭敏な感覚が、この門から発せられるエネルギーが、自然界の魔力とは全く異質なものであることを告げている。
「古代エルフ語でも、竜族の言葉でもないわ。見たこともない文字……。でも、そこから感じる力は、あまりに強大すぎる」
彼女は、試しに、門に描かれた模様の一点に、微弱な魔力を送ってみた。だが、彼女の魔力は、門の表面に触れる前に、霧散するようにかき消されてしまった。
「ダメね。完全に、外部からの魔力干渉を遮断している。魔法的なアプローチは、一切通用しないみたい」

「……だろうな」
カケルは、冷静にその光景を観察していた。彼の目は、ティリアのように魔力の流れを捉えることはできない。だが、その代わりに、彼はこの現象を、全く別の角度から分析していた。
「これは、ただの『壁』じゃない。一種の『インターフェース』だ。そして、こいつは、俺たちに何かを要求している」
「要求?」
「ああ。この文字……【言語理解】のスキルが、部分的に翻訳してくれてる」
カケルの視界には、目の前の古代文字が、カタコトの日本語へと変換されて表示されていた。

『――■■■■■認証ヲ開始――第一権限者(プライマリ・ユーザー)ノ生体情報(バイオメトリクス)ヲ照合……不一致』
『――第二権限者(セカンダリ・ユーザー)ノ魔力紋(マナ・クレスト)ヲ照合……不一致』
『――来訪者(ゲスト)権限ニヨル、アクセスキーノ入力ヲ要求シマス』

「アクセスキー……。つまり、パスワードか何かを入れろってことか」
カケルは、眉をひそめた。
「でも、そのキーが何なのか、どこにも書いていないわ」
「普通は、そうだろうな。正規のユーザー以外を、簡単に入れるつもりはない、ということだ」
カケルは、キャタピラをゆっくりと駆動させ、門に近づいた。ティリアが止めるのも聞かず、彼は、その幾何学模様を、至近距離で食い入るように見つめた。
それは、一見すると、ただの美しいデザインのように見える。だが、カケルの、数多の設計図を見てきた目には、それが全く別のものに見えていた。
「……これは、模様じゃない。回路図だ。それも、エネルギーの流れを制御するための、一種の論理回路(ロジック・サーキット)だ」
幾何学模様を構成する光のラインは、それぞれ太さや輝きが異なり、複雑に交差しながら、いくつもの結節点(ノード)で繋がっている。そして、その光は、常に一定のパターンで、回路図の上を流れていた。
「……なるほどな。面白いことを考えやがる」
カケルは、数分間、その光の流れを分析し、やがて、そのシステムの全容を看破した。
「ティリア。これは、パズルだ」
「パズル?」
「ああ。この回路図には、複数の入力端子と、一つの出力端子がある。正しい順番で、正しい量のエネルギーを、複数の入力端子に流し込むことで、初めて出力端子に『開門』の信号が送られる仕組みだ。一つでも間違えれば、システムはロックされ、おそらく、俺たちは、こいつの防衛システムとやらに、スクラップにされるだろうな」
その言葉に、ティリアはゴクリと喉を鳴らした。あまりに、リスクが高すぎる。
「でも、その正しい順番とか、エネルギーの量とか、どうやって分かるの?」
「ここにある」
カケルは、門の中央に浮かぶ、巨大な円形の模様を指さした。その円の中では、さらに細かい模様が、まるで時計の歯車のように、複雑に回転し、形を変え続けている。
「あれが、ヒントだ。いや、答えそのものだ。あの模様の変化のパターンが、入力すべきエネルギーの種類と、順番を示している。まるで、動く設計図だ」
彼の脳は、その複雑な模様の変化を、超高速で解析し、一連の「命令コード」へと変換していた。それは、機械技師としての彼の経験と、異世界に来てから研ぎ澄まされた分析能力が融合した、彼にしかできない神業だった。

「……分かった。俺が、指示を出す」
カケルは、決意を固めた。
「ティリア、お前の力が必要だ。俺には、魔力を精密にコントロールする能力はねえ。お前が、俺の『手』になってくれ」
「私……が?」
「そうだ。俺が、入力する場所と、流し込む魔力の量を、ミリ単位で指示する。お前は、それに従って、正確に魔力を流し込んでくれ。少しでもズレたら、終わりだと思え」
それは、途方もない集中力と、お互いへの絶対的な信頼がなければ、決して成功しない作業だった。
ティリアは、一瞬、その重圧に息を詰まらせた。だが、彼女は、カケルの真剣な瞳を見て、覚悟を決めた。
(……彼が、私を信じてくれるなら)
「……分かったわ。やりましょう」
彼女は、弓を置き、両手を門の前にかざした。

「よし、いくぞ。第一シーケンス開始」
カケルの、静かだが、鋭い声が響く。
「まず、右下、三番目の結節点。そこへ、お前の小指の先に乗るくらいの、ごく微弱な魔力を、三秒間」
「……はい!」
ティリアは、全神経を集中させ、指先から、糸のように細い魔力の流れを生み出し、指定されたポイントへと正確に流し込んだ。
門の回路が、ピクリと反応し、光の色をわずかに変えた。
「次! 左上、七番目の結節点! 今の倍の量を、五秒間!」
「右上、一番! 最初の半分の量で、一瞬だけ!」
「中央下! 三角形の頂点三つに、同時に、同じ量を!」
カケルの指示は、矢継ぎ早に、そして、どんどん複雑になっていく。ティリアは、汗を滲ませながらも、必死にその指示に食らいついた。
それは、まるで、超絶的に難解な楽器を、二人で一つの体となって演奏しているかのようだった。指揮をする、カケル。鍵盤を叩く、ティリア。
一つ、また一つと、回路のロックが解除されていく。門の駆動音が、少しずつ、その高さを増していく。

そして、数十回に及ぶ、精密な入力を終えた、その時。
「……最後だ、ティリア!」
カケルが叫んだ。
「中央の円! その中心に、お前の持てる魔力の、ちょうど半分を、一気に叩き込め!」
「ええっ!?」
あまりに大雑把な最後の指示に、ティリアは驚いた。だが、迷っている暇はない。
「信じろ!」
カケルのその一言に、ティリアは、全ての躊躇いを振り払った。
「はあああああっ!」
彼女は、両の手のひらから、自身の魔力を、緑色の奔流となって解き放った。
魔力の奔流は、門の中央にある円に吸い込まれていく。
その瞬間。
門全体から、全ての光が、消えた。
駆動音も、止まった。
後に残されたのは、完全な静寂と、闇。

「……失敗……したの……?」
ティリアが、絶望に声を震わせた、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴ……
門の中央から、地響きのような、重々しい音が響き渡った。
固く閉ざされていた、巨大な虹彩が、ゆっくりと、その絞りを開き始めたのだ。
開いた隙間から、内部の、青白い光が漏れ出してくる。
それは、何千年もの間、閉ざされていた、古代文明の息吹だった。
やがて、門は、人が通れるほどの大きさまで完全に開き、その内部への道を、二人の前に示した。

「……やった……」
ティリアは、膝から崩れ落ちそうになるのを、カケルが、その巨体でそっと支えた。
「ああ。やったな」
カケルの声にも、安堵と、達成感が滲んでいる。
二人は、顔を見合わせ、勝利の笑みを浮かべた。
彼らは、互いの力を信じ、協力することで、数千年の封印を、打ち破ってみせたのだ。

カケルとティリアは、息を整えると、決意を固め、その未知の空間へと、足を踏み入れた。
門の内部は、巨大なドーム状のホールになっていた。
壁も、床も、天井も、門と同じ、継ぎ目のない黒い素材でできており、そこから淡い光が放たれ、内部を隅々まで照らしている。空気は、ひんやりとして、乾燥していた。何千年もの間、誰の侵入も許さなかった、古の空気が、そこにあった。
そして、ホールの奥には、何本もの通路が、放射状に伸びている。そのどれもが、さらなる未知へと、二人を誘っているようだった。
二人が、ホールの中心まで歩を進めた、その時。
ウィィィン……
遺跡の奥から、再び、新たな駆動音が響き渡った。
それは、歓迎の音ではない。
侵入者を排除するための、防衛システムが、第二段階へと移行したことを告げる、冷たい、機械の音だった。
古代遺跡は、まだ、その牙を隠し持っていた。
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