異世界転移した俺のスキルは【身体魔改造】でした ~腕をドリルに、脚はキャタピラ、脳はスパコン。 追放された機械技師は、神をも超える魔導機兵~

夏見ナイ

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第三十一話 禁忌の森と古代の門

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アストリアの喧騒が完全に背後へと消え去った頃、カケルとティリアは、ガルダ公国南方に広がる広大な森林地帯――『禁忌の森』の入り口に立っていた。
昼間だというのに、森の内部は薄暗い。天を覆い尽くすように生い茂った木々の葉が、太陽の光を遮っているからだ。不気味なほど静かで、鳥の声一つ聞こえない。ただ、湿った土と、腐葉土の匂いが、濃密な瘴気のように立ち込めていた。

「……ここから先は、地図も当てにならないわ」
ティリアが、警戒を怠らない鋭い視線で、森の奥を見据えながら言った。
「この森は、生きている。木々も、道も、日々その姿を変える。普通の人間なら、一歩足を踏み入れただけで、二度と出ては来られない」
その言葉に、脅しや誇張は感じられなかった。事実として、この森は、そういう場所なのだ。
「問題ない。お前がいる」
カケルは、ぶっきらぼうに答えた。その言葉には、ティリアの能力に対する、絶対的な信頼が込められている。
「……ふふ。任せておきなさい」
ティリアは、少しだけ誇らしげに微笑むと、弓を手に取り、先頭に立って森の中へと足を踏み入れた。カケルも、ガシャ、ガシャ、と不規則な音を立てるキャタピラを駆動させ、その後に続いた。

森の中は、ティリアの言葉通り、迷宮そのものだった。
一見、どこも同じような木々が立ち並んでいるように見えるが、彼女は、苔の生え方、風の流れ、地面に残された微かな獣の痕跡から、正確に進むべき方角を判断していく。
「こっちよ、カケル。あちらは、『眠り茸』の胞子が漂っている。吸い込めば、三日は目が覚めないわ」
「あっちの蔦は、『絞め殺しの蔓』。獲物が触れると、瞬時に絡みついて、骨が砕けるまで締め上げる」
彼女は、まるで自分の庭を散歩するかのように、森に潜む無数の危険を次々に見抜き、回避していく。カケルは、ただ黙って、彼女の知識と判断力に感心するしかなかった。今の自分では、彼女なしに、この森を十メートル進むことすらできないだろう。
(……借り、ばかりが増えていくな)
彼は、先を歩くティリアの、頼もしい背中を見つめながら、内心で自嘲気味に呟いた。

旅は、穏やかには進まなかった。
三日目の午後。彼らが、ぬかるんだ湿地帯を抜けようとしていた時だった。
ザバァッ!
泥水の中から、巨大な影が躍り出た。
それは、巨大なヒルと、ワニを掛け合わせたような、忌まわしい姿の魔獣だった。体長は五メートルを超え、ぬめぬめとした緑色の皮膚に、無数の吸盤が蠢いている。その円形の口には、剃刀のような牙が、何重にもびっしりと並んでいた。
「『沼喰らい(スワンプ・イーター)』よ! 厄介だわ!」
ティリアが叫び、咄嗟に矢を番える。
ヒュン! と放たれた矢は、魔獣の胴体に突き刺さったが、分厚い脂肪層に阻まれ、致命傷には至らない。
「ギシャアアアア!」
怒り狂った魔獣が、二人に向かって突進してくる。その口から、強烈な酸性の唾液が、あたりに撒き散らされた。地面の草木が、ジュウ、と音を立てて溶けていく。
「カケル、下がって!」
ティリアは、カケルを庇うように前に立ち、連続で矢を放つ。だが、決定打にはならない。
カケルは、舌打ちした。今の自分に、まともな攻撃手段はない。キャタピラでの突進も、このぬかるんだ地面では、まともに機動力を発揮できない。
(クソ……! 俺が、足手まといに……!)
焦りと、己の無力さに対する怒りが、彼の胸を焦がす。
だが、その時。彼の技師としての目が、あるものに気づいた。
魔獣の唾液が、周囲の特定の植物に触れた時だけ、激しく反応し、白い煙を上げている。
(……あの植物、アルカリ性の成分を持っているのか? 酸とアルカリ……中和反応……!)
カケルは、叫んだ。
「ティリア! あの、青い葉っぱの草だ! そいつを、奴の口に叩き込め!」
「え?」
ティリアは、一瞬戸惑ったが、すぐに彼の意図を察した。彼女は、地面に生えていた青い葉の植物を、根こそぎ引き抜くと、それを矢の先端に巻き付けた。
そして、突進してくる魔獣の、大きく開かれた口の中めがけて、渾身の一矢を放つ。
矢は、見事に、魔獣の口の奥へと吸い込まれていった。
次の瞬間。
「ギョエエエエッ!?」
魔獣の体内から、奇妙な断末魔が響いた。
強酸性の唾液と、強アルカリ性の植物が、体内で激しい化学反応を起こしたのだ。魔獣は、口から大量の泡を吹き出し、苦悶のたうつと、やがて、その巨体を泥水の中に沈め、動かなくなった。
「……はぁ……はぁ……」
ティリアは、弓を下ろし、安堵の息を吐いた。
「……助かったわ、カケル。あなたの知識がなければ、危なかった」
「……お前の弓の腕がなけりゃ、どうにもならんかったさ」
カケルは、ぶっきらぼうに答えた。
二人は、顔を見合わせ、ふっと、小さく笑った。
力だけではない。知恵だけでもない。二人の力が合わさって、初めて、この森の脅威を乗り越えることができる。その事実が、二人の絆を、また一つ、強くしていた。

夜。焚き火の炎が、二人の顔を静かに照らしていた。
ティリアは、昼間の戦いで少しだけ損傷した義手のメンテナンスをしている。カケルは、それを、黙って見ていた。自分が作ったものが、こうして彼女の役に立ち、彼女自身の手で大切に扱われている。その光景は、彼にとって、何物にも代えがたい喜びだった。
「……なあ」
カケルが、不意に口を開いた。
「お前は、後悔してないか? 俺なんかついてきて」
「どうして、そんなことを聞くの?」
ティリアは、手を止めずに、不思議そうに聞き返した。
「……俺は、化け物だ。人間ですら、もうない。それに、今の俺は、お前の足手まといになっている。リゼットの側にいた方が、お前にとっても……」
「馬鹿なこと言わないで」
ティリアは、彼の言葉を、強い口調で遮った。
彼女は、メンテナンスを終えた白く美しい義手を、目の前に掲げた。
「あなたは、私に、もう一度希望をくれた。翼をくれた。この腕は、その証よ。化け物なんかじゃない。あなたは、誰よりも、温かい心を持った、最高の『技師』だわ」
彼女の、真っ直ぐな瞳。
その瞳に、カケルは、何も言い返すことができなかった。
「それに」
ティリアは、悪戯っぽく笑った。
「あなたがいないと、この腕のメンテナンス、私一人じゃまだ完璧にはできないもの。だから、責任、取ってもらわないと」
その言葉に、カケルの口元が、わずかに緩んだ。
「……そうか。なら、仕方ねえな」
沈黙が、二人を包む。だが、それは気まずいものではなかった。
焚き火の炎が、パチリ、と音を立てて、はぜた。

森に入ってから、十日が過ぎた。
ティリアの導きと、カケルの知識。そして、二人の完璧な連携によって、彼らは、ついに森の最深部へと到達した。
そこは、周囲の木々が、まるで何かを畏れるかのように、円形に開けた空間だった。
そして、その中央に、それは、あった。
「……これが……」
カケルは、息を呑んだ。
目の前に、高さ五十メートルはあろうかという、巨大な建造物が、天を突くようにそびえ立っていた。
それは、石でも、金属でもない、継ぎ目の一切ない、滑らかな黒い物質でできていた。まるで、巨大な黒曜石の塊を、そのままくり抜いて作ったかのようだ。
その表面には、星々の運行図にも似た、複雑な幾何学模様が、青白い光のラインとなって、ゆっくりと明滅を繰り返している。
魔法でもない。魔導工学でもない。
未知の、そして、圧倒的なテクノロジーの気配。
「……古代遺跡……」
ティリアもまた、その神々しくも、畏怖を抱かせる光景に、言葉を失っていた。
遺跡の入り口と思しき場所には、巨大な門があった。それは、左右に開くのではなく、虹彩のように、中央から開く構造になっているようだった。
だが、その門は、固く閉ざされている。
「どうやって、入るんだ……?」
カケルが、門に近づこうとした、その時。
彼が、遺跡の敷地を示す、境界線のようなラインを跨いだ、瞬間だった。
ウィィィン……
遺跡全体から、低い駆動音が響き渡った。
門の表面に描かれていた光のラインが、その輝きを増し、高速で点滅を始める。
そして、門の中央部分に、見たこともない、複雑な言語の文字列が、ホログラムのように浮かび上がった。
それは、警告のメッセージのようにも、あるいは、何かを問いかける、パスワード入力画面のようにも見えた。
古代遺跡は、数千年の沈黙を破り、招かれざる侵入者たちを、認識したのだ。
長い間、誰の挑戦も受け付けなかった古代の門が、今、二人の前に、その謎めいた姿を、完全に現した。
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