異世界転移した俺のスキルは【身体魔改造】でした ~腕をドリルに、脚はキャタピラ、脳はスパコン。 追放された機械技師は、神をも超える魔導機兵~

夏見ナイ

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第三十話 遺跡へのプロローグ

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鉄と油の匂いが染みついた工房は、今は、静寂と、そして敗北の匂いに満たされていた。
ギルベルトとの死闘から、三週間が過ぎていた。
カケルは、工房の中央に置かれた椅子に座り、目の前に並べられた、自身の体の「残骸」を、ただ黙って見つめていた。
砕け散ったジェットブースターの破片。ひしゃげたキャタピラの履帯。そして、ギルベルトの聖剣によって、無残に抉り取られた黒鉄の胸部装甲。
それらは、彼の敗北の証であり、同時に、彼がまだ生きているという証でもあった。

彼の体は、ティリアの献身的な応急処置と、リゼットが国庫の底を叩いて集めたポーション、そして、彼自身の【自己魔改造】スキルによる、亀の歩みのような自己修復によって、なんとか生命活動を維持できるレベルにまで回復していた。
だが、戦闘能力は、限りなくゼロに近い。
右腕はプラズマカッターに換装したままで、戦闘には使えない。左腕のパイルバンカーは、一度きりの特攻で、内部機構が完全に焼き切れている。下半身は、応急修理したキャタピラで、なんとか歩けるというだけ。空を飛ぶための翼は、もうない。
今の彼なら、ソレイユの新米騎士一人にすら、勝てないだろう。

「……焦っても、仕方ないのは分かっているのだけれど」
工房の入り口で、リゼットが、心配そうな顔で呟いた。彼女の隣には、ティリアが静かに寄り添っている。この三週間、二人は交代で、ほとんど付きっきりでカケルの看病を続けていた。
「ギルベルト亡き後、ソレイユ軍は混乱し、撤退しました。ですが、それは嵐の前の静けさに過ぎません。王国が、このまま黙っているはずがない」
リゼットの言葉に、工房の空気はさらに重くなる。
ガルダは、確かに勝利した。だが、その勝利は、カケルという、あまりに不安定で、あまりに大きな力の上に成り立っていた。その力が失われた今、ガルダは、再び風前の灯火となっていた。

「……リゼット、ティリア」
沈黙を破ったのは、カケルだった。彼は、残骸から目を離し、二人に向き直った。その瞳には、以前のようなギラギラとした闘争心はなく、深い思索の色が浮かんでいた。
「ギルベルトが、死ぬ間際に、いくつか気になることを言っていた」
カケルは、薄れゆく意識の中で聞いた、あの謎の言葉を、二人に語り始めた。
「『世界の呪い』、『魔法はシステム』、『機械技術はバグ』……そして、俺のスキル【自己魔改造】は、『管理者権限』だ、と」
「……なんですって?」
リゼットは、息を呑んだ。一つ一つの単語は理解できても、その繋がりが、意味が、全く分からない。まるで、異国の神話を聞いているかのようだ。
「俺にも、まだ分からん。だが、奴は、嘘を言っているようには見えなかった。おそらく、それが、この世界の、何らかの真実なんだろう」
カケルは、自分の右腕――今はプラズマカッターと化した――を見下ろした。
「俺のこの力は、ただ、俺の体を改造するだけのスキルじゃないのかもしれない。もっと、根源的な何かに、干渉できる力……。ギルベルトが言った『管理者権限』という言葉が、それを指しているとすれば」
「だとしたら、その意味を、知る必要があるわね」
ティリアが、真剣な眼差しで言った。
「あなたの力と、この世界の秘密。それが分かれば、ソレイユと戦うための、新しい道が見つかるかもしれない」
「ああ。だが、その手がかりが、どこにある?」
カケルが呟いた、その時だった。
「……一つだけ、心当たりがあります」
リゼットが、意を決したように口を開いた。
「我が国の南、広大な『禁忌の森』の、そのさらに奥深くに、誰にも踏み入ることのできない、古代遺跡が眠っていると、言い伝えられています」
「古代遺跡?」
「はい。いつの時代のものかも定かではない、超古代文明の遺物だと。そこには、現在の魔法や、我々の魔導工学とは比較にならない、オーバーテクノロジーが眠っていると……。ですが、遺跡は、今もなお稼働する、強力な自律防衛システムによって守られており、これまで、内部に到達できた者は、一人もいません」
リゼットは、一枚の古い羊皮紙の地図を広げた。そこには、ガルダ公国の南方に広がる、巨大な森林地帯と、その中央に、バツ印と共に『名も無き遺跡』と記されている。
「ギルベルト様の遺言の真意……そして、貴方の体を、以前よりもさらに強く、進化させるための新たな技術。もしかしたら、その両方が、その遺跡に眠っているのかもしれません」
それは、あまりに希望的観測に基づいた、危険な賭けだった。
だが、今のカケルたちには、その賭けに乗る以外の選択肢は、残されていなかった。

「……行くか」
カケルは、即決した。
彼の瞳に、再び、失われかけていた光が戻ってくる。
新しい技術。未知の文明。世界の秘密。
それらは、彼の技師としての魂を、そして、探求者としての心を、激しく揺さぶった。
「ええ、私も行くわ」
ティリアも、当然のように言った。
「森でのサバイバルなら、私の方があなたより得意よ。それに、今のあなたを、一人で行かせるわけにはいかないでしょう?」
彼女の言葉に、カケルは何も言い返せなかった。
リゼットは、そんな二人を見て、不安そうな、しかし、どこか誇らしげな表情を浮かべた。
「……分かりました。ですが、護衛を……」
「必要ない」
カケルは、リゼットの言葉を遮った。
「大勢で行けば、かえって遺跡の防衛システムを刺激するだけだ。それに、これは、俺自身の問題でもある。俺の力の謎を解き明かすための、俺自身の旅だ」
リゼットは、彼の固い決意を前に、それ以上、何も言えなかった。
彼女は、君主として、そして、一人の友人として、彼らを信じ、送り出すしかない。
「……装備と、物資は、我が国で用意できる、最高のものを準備させます。必ず、ご無事で」
「ああ」
カケルは、短く、しかし、力強く頷いた。

数日後。アストリアの街が、まだ深い眠りについている、夜明け前のこと。
二つの人影が、城の裏門から、ひっそりと姿を現した。
一人は、応急修理したキャタピラで、不規則な音を立てて進む、鋼鉄の巨体。その背中には、冒険に必要な物資が、ぎっしりと詰まったコンテナが固定されている。
もう一人は、その隣に寄り添うように歩く、しなやかなエルフの弓使い。彼女の背負う弓と、白く輝く義手が、月明かりを浴びて、静かに光っていた。
「……本当に、良かったの? リゼットに、ちゃんとお別れを言わなくて」
ティリアが、小声で尋ねる。
「……柄じゃねえ」
カケルは、そっぽを向いて答えた。
「それに、別れじゃねえだろ。俺たちは、またここへ帰ってくる。もっと、強くなってな」
その言葉に、ティリアは、ふふっ、と優しく微笑んだ。

二人は、誰に見送られることもなく、南へと向かう道を、歩き始めた。
鉄の救世主の、新たな旅立ち。
それは、国の英雄としての華々しい出陣ではなく、世界の秘密を探求する、一人の技師と、その相棒の、静かで、しかし、希望に満ちた冒険の始まりだった。
禁忌の森の奥深く、彼らを待ち受ける古代遺跡は、一体、何をもたらすのか。
それは、神の叡智か、悪魔の罠か。
答えを求めて、二つの足跡――鋼鉄の轍と、エルフの軽やかな足跡――は、夜の闇の中へと、続いていった。
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