異世界転移した俺のスキルは【身体魔改造】でした ~腕をドリルに、脚はキャタピラ、脳はスパコン。 追放された機械技師は、神をも超える魔導機兵~

夏見ナイ

文字の大きさ
44 / 60

第四十四話 脳の演算ユニット化

しおりを挟む
「……ん……」

リゼットの意識が、ゆっくりと浮上した。
最後に覚えているのは、城下町の市場で、何者かに口を塞がれたこと。そして、甘い匂いと共に、急速に遠のいていく意識。
彼女が、ゆっくりと目を開けると、最初に目に飛び込んできたのは、見慣れた、しかし、どこか雰囲気が違う、カケルの顔だった。
彼の蒼い瞳が、安堵と、そして、不器用な優しさを湛えて、自分を覗き込んでいる。
「……カケル……殿……?」
掠れた声で、彼の名を呼ぶ。
「気がついたか」
カケルは、静かに言った。
リゼットは、そこで初めて、自分が、彼の腕の中に、横抱きにされていることに気づいた。そして、自分たちの周りに、まるで透明な球体のような、不思議な空間が広がっていることも。
その球体の外では、先程まで自分が囚われていたはずの廃坑が、轟音と共に、崩落を続けている。
「これは……一体……?」
「話は後だ。まずは、ここから離れる」
カケルは、リゼットを抱えたまま、ゆっくりと、宙に浮き上がった。そして、崩壊する廃坑と、地面に転がるレリックハンターたちを、冷たい目で見下ろしながら、音もなく、アストリアへの帰路についた。

城の工房に戻った時、ティリアとナナが、駆け寄ってきた。
「リゼット! ご無事で……!」
「カケル! あなたも……!」
二人は、カケルに抱えられたままのリゼットと、そして、傷一つなく帰還したカケルの姿を見て、心の底から、安堵の表情を浮かべた。
カケルは、リゼットを、そっと、近くの椅子に座らせた。
「……説明、してもらえますか? 一体、何が、どうなっているのですか?」
リゼットは、まだ混乱したまま、カケルに尋ねた。
カケルは、ナナに目配せをした。
ナナは、一連の出来事――レリックハンターの襲撃、リゼットの誘拐、そして、カケルが、いかにして、敵の罠を逆手に取り、彼女を救出したか――を、淡々と、しかし、正確に、説明した。
上空に、質量兵器を「設置」しておく、という、あまりに奇想天外な作戦。
自分自身を囮にし、遠隔操作したキャタピラで、敵の陣形を崩す、という、大胆不敵な陽動。
そして、その全てを、完璧なタイミングで、実行してみせた、彼の、神業のような戦術。
全てを聞き終えたリゼットは、言葉を失っていた。
彼女は、改めて、目の前の男を見つめた。彼は、もはや、ただの優れた技師や、強力な戦士ではない。
戦況の全てを読み切り、敵の思考の、さらに上を行き、勝利のための、完璧なシナリオを描き出す、恐るべき『軍師』でもあった。
「……なぜ……」
リゼットは、震える声で、尋ねた。
「なぜ、そこまで、できるのですか……? 貴方のその力は、一体、どこから……」
それは、彼女が、ずっと抱いていた、根源的な疑問だった。
カケルは、しばらく、沈黙した。
そして、彼は、自分のこめかみを、指で、トントン、と叩いた。
「……ここだ」
「え……?」
「俺の脳は、もう、あんたたちが知っているような、ただの脳みそじゃねえんだ」
カケルは、静かに、語り始めた。
それは、彼が、これまで、誰にも話したことのない、彼自身の、内面で起きている、恐るべき「変化」についての、告白だった。

「【自己魔改造】のスキルは、俺の体を、機械に換装するだけじゃない。その換装したパーツを、最適に、そして最大限に、使いこなせるように、俺の『脳』そのものを、勝手に、改造していくんだ」
彼の言葉に、三人は、息を呑んだ。
「脚をキャタピラに換装した時、俺の脳の、空間認識能力と、バランス感覚を司る部分は、戦車の操縦士のように、書き換えられた。背中に、ジェットブースターを付けた時、俺の脳は、戦闘機乗りのように、三次元の機動力と、Gに耐えるための思考回路を、手に入れた」
そして、と彼は続けた。
「……浮遊石(レリック)を、心臓に組み込んだ時。俺の脳は、決定的に、変わった」
彼の蒼い瞳が、宇宙の深淵のように、深く、静かに、揺らめいた。
「世界の理そのものを、数式として、理解できるようになった。重力、空間、質量……。それらが、全て、膨大な、しかし、整然とした『データ』として、俺の頭の中に、流れ込んでくる。そして、俺の脳は、その膨大なデータを、リアルタイムで処理し、最適解を導き出すための、『演算ユニット』へと、変貌を遂げたんだ」
それは、もはや、人間の脳ではなかった。
量子コンピュータに匹敵する、超高性能な、生体スーパーコンピュータ。
それが、今の、相羽カケルの、脳の正体だった。
「レリックハンターたちの罠も、行動パターンも、全て、俺の頭の中では、ただの『変数』に過ぎなかった。彼らが、どう動き、どういう選択をするか。その全ての可能性を、事前にシミュレートし、その、全てのパターンに対応できる、完璧な『回答』を、用意しておいただけだ」
彼は、こともなげに、言った。
だが、その言葉が意味するものの、恐ろしさに、リゼットとティリアは、背筋が凍るような思いがした。
彼の前では、もはや、どんな奇策も、罠も、意味をなさない。全てが、彼の、神のような計算能力によって、事前に、暴かれてしまうのだから。
「……あなたは……」
リゼットは、言葉を失った。
「あなたは、本当に、どこまで、行ってしまうのですか……?」
その問いに、カケルは、答えなかった。
彼自身にも、もう、分からなかったからだ。
自分の体が、自分の心が、自分の魂が、一体、どこへ向かっているのか。
人間なのか、機械なのか、それとも、神なのか。
その境界線は、もはや、曖昧に、溶け始めていた。

『……マスター』
沈黙を破ったのは、ナナだった。
『貴方のその能力は、確かに、強力です。ですが、それは、同時に、極めて、危険な状態でもあります』
「どういうことだ?」
『脳が、全てを、計算と、論理だけで、判断するようになる。それは、人間が、人間であるために、必要な『感情』や、『直感』といった、非合理的な思考を、排除していく、ということです。このまま、進化を続ければ、貴方は、いずれ、ただの、冷たい、計算機械に、なり果てるでしょう。……かつての、私のように』
ナナの、平坦な声。だが、その言葉の奥に、ティリアは、初めて、微かな「悲しみ」のようなものを、感じ取った。
「…………」
カケルは、何も言わなかった。
彼自身、薄々、そのことに、気づいていたからだ。
最近、物事を、あまりに、冷静に、客観的に、見過ぎている自分に。
怒りや、喜びといった、感情の起伏が、以前よりも、少なくなっていることに。
(……俺は、本当に、機械に、なっていくのか……?)
一抹の、不安が、彼の胸をよぎる。
その時だった。
ティリアが、そっと、彼の、再生された、温かい右手に、自分の手を、重ねた。
「……大丈夫よ」
彼女は、カケルの、蒼い瞳を、真っ直ぐに見つめて、微笑んだ。
「あなたが、どんな姿になっても、あなたが、あなたである限り、私たちは、ずっと、あなたの側にいる。あなたが、道に迷いそうになったら、私たちが、その手を、引いてあげる。だから、何も、心配しないで」
リゼットもまた、力強く、頷いた。
「そうです、カケル殿。貴方は、一人では、ありません。我々が、貴方の『人間性』の、最後の、錨(いかり)となります」
二人の、温かい言葉。
それは、どんな精緻な計算式でも、導き出すことのできない、不合理で、しかし、何よりも、力強い、「答え」だった。
カケルの、蒼い瞳が、わずかに、揺らめいた。
彼の、演算ユニットと化した脳の、その奥深く。
まだ、人間としての、温かい何かが、確かに、残っていることを、彼は、感じていた。
「……ああ」
彼は、短く、しかし、確かな、感謝を込めて、答えた。
「……ありがとう」
その言葉は、計算によって、導き出されたものではなかった。
彼の、魂の、奥底から、自然に、零れ落ちた、本当の、言葉だった。
遺産猟兵という、新たな脅威は、去った。
だが、この一件は、カケルと、仲間たちに、新たな、そして、より深い、課題を、突きつけていた。
力とは何か。人間とは何か。
そして、彼らは、これから、どこへ、向かうべきなのか。
答えのまだ見えない、旅は、まだ、始まったばかりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

付きまとう聖女様は、貧乏貴族の僕にだけ甘すぎる〜人生相談がきっかけで日常がカオスに。でも、モテたい願望が強すぎて、つい……〜

咲月ねむと
ファンタジー
この乙女ゲーの世界に転生してからというもの毎日教会に通い詰めている。アランという貧乏貴族の三男に生まれた俺は、何を目指し、何を糧にして生きていけばいいのか分からない。 そんな人生のアドバイスをもらうため教会に通っているのだが……。 「アランくん。今日も来てくれたのね」 そう優しく語り掛けてくれるのは、頼れる聖女リリシア様だ。人々の悩みを静かに聞き入れ、的確なアドバイスをくれる美人聖女様だと人気だ。 そんな彼女だが、なぜか俺が相談するといつも様子が変になる。アドバイスはくれるのだがそのアドバイス自体が問題でどうも自己主張が強すぎるのだ。 「お母様のプレゼントは何を買えばいい?」 と相談すれば、 「ネックレスをプレゼントするのはどう? でもね私は結婚指輪が欲しいの」などという発言が飛び出すのだ。意味が分からない。 そして俺もようやく一人暮らしを始める歳になった。王都にある学園に通い始めたのだが、教会本部にそれはもう美人な聖女が赴任してきたとか。 興味本位で俺は教会本部に人生相談をお願いした。担当になった人物というのが、またもやリリシアさんで…………。 ようやく俺は気づいたんだ。 リリシアさんに付きまとわれていること、この頻繁に相談する関係が実は異常だったということに。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...