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第9話:エルフの学者リリアナとの出会い
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翌日、リオは写し取った碑文が記された羊皮紙を大切に抱え、冒険者ギルドへと向かった。昨日よりも幾分か街の喧騒に慣れた気がする。ギルドの扉を開けると、相変わらずの熱気と、様々な種族の冒険者たちの姿があった。
リオはまっすぐ受付カウンターへ向かい、昨日と同じく快活な笑顔で仕事をしていたサラに声をかけた。
「サラさん、おはようございます。昨日の依頼、『古代遺跡の碑文の写し取り』、完了しました」
「あ、リオさん! おはようございます! もう終わったんですか? 早かったですね!」
サラは驚いたように目を丸くし、すぐに嬉しそうな表情になった。
「はい。これが写し取ってきた碑文です」
リオは羊皮紙の束をカウンターに差し出した。サラはそれを受け取り、広げて中身を覗き込む。羊皮紙には、リオが丁寧に写し取った、見慣れない古代文字がびっしりと並んでいた。
「うわぁ……! 本当に見たことない文字……。これを全部写してきたんですね! すごい集中力……。それにしても、この文字、リオさんには読めるんですか?」
「完全ではありませんが、ある程度は。どうやら、古代の人々が自然や星々に捧げた祈りの言葉のようです。農作物の豊穣とか、病からの回復とか……」
「へぇー、祈りの言葉……。なんだかロマンがありますねぇ」
サラは感心したように呟いた。その時、カウンターの奥から、静かだが凛とした声が響いた。
「サラ、その依頼の報告に来た方かしら?」
声のした方を見ると、一人の女性がこちらに向かって歩いてくるところだった。リオは思わず息を呑んだ。
その女性は、人間とは明らかに異なる特徴を持っていた。長く、緩やかに波打つ銀色の髪。透き通るような白い肌。そして、尖った耳。エルフだ。フロンティアの街でもエルフの姿を見かけることは稀ではないが、彼女はその中でもひときわ目を引く美しさを持っていた。歳は若く見えるが、エルフの寿命は人間とは比較にならないほど長い。実際の年齢は計り知れない。
彼女は、落ち着いた緑色のローブを身に纏い、腰には革製のポーチと、数冊の古びた本を吊るしていた。知的な輝きを宿した翠色の瞳が、まっすぐにリオに向けられる。
「あ、エルウッド様! はい、こちら、依頼を受けてくださったリオ・アシュトンさんです。今、報告に来られたところで」
「そう、あなたが。……私が依頼主のリリアナ・エルウッドよ。わざわざありがとう」
リリアナと名乗ったエルフは、リオに向かって丁寧に頭を下げた。その所作は優雅で、育ちの良さを感じさせる。
「リオ・アシュトンです。こちらこそ、興味深い依頼をありがとうございました」
「興味深い、ですって? あなた、この文字が読めるの?」
リリアナの翠色の瞳が、好奇心にきらめいた。彼女はサラから羊皮紙を受け取ると、食い入るように文字を眺め始めた。その指先が、特定の文字の連なりをそっと撫でる。
「……なるほど。『恵み……大地……感謝……』。確かに、これは古代の祈祷碑文の一種ね。様式から見て、おそらくは第二期古代文明……いえ、もしかしたらそれ以前の、過渡期の様式かしら……?」
リリアナは独り言のように呟きながら、羊皮紙をめくっていく。その知識の深さに、今度はリオが驚く番だった。彼女は、リオが【言語魔法】で読み解いた内容を、事もなげに把握しているようだ。
「エルウッド様も、この文字を?」
「ええ、少しだけね。私の専門分野だから。でも、これほど完全に解読できる人間は、そうはいないはずよ。あなた、一体どうやって……?」
リリアナは羊皮紙から顔を上げ、改めてリオを見つめた。その視線は、単なる好奇心だけではない。何かを探るような、鋭い光を帯びている。
「俺の持つ魔法が、少し特殊でして。言語の構造や意味を読み解くことに長けているんです」
リオは当たり障りなく答えた。【言語魔法】という名称を出すのは、まだ躊躇われた。
「言語を読み解く魔法……? そんなものが……。興味深いわね」
リリアナは顎に手を当て、考え込むような仕草を見せた。そして、再び羊皮紙に視線を落とすと、ある一点で指を止めた。
「……このシンボル。これも正確に写してくれたのね」
それは、リオが最後に気になって写し取った、三日月と星を組み合わせたようなシンボルだった。
「はい。何か特別な意味があるのでしょうか?」
「……そうね。これは『星詠みの民』と呼ばれる、古代の少数民族が使っていたとされる紋章に酷似しているわ。彼らは独自の知識体系を持ち、特に天文学と予言に長けていたと伝えられているけれど、詳しいことはほとんど分かっていないの。まさか、こんな辺境の小さな遺跡で、その痕跡が見つかるなんて……」
リリアナの声には、抑えきれない興奮が滲んでいた。彼女はずっとこのシンボル、あるいはそれに関連する情報を探していたのかもしれない。
「星詠みの民……」
リオはその言葉を反芻した。巨大遺跡の壁画にも似たシンボルがあったことを思い出す。あれも、星詠みの民と関係があるのだろうか。
「あなたのその『言語を読み解く魔法』というのは、具体的にどういうものなの? もし差し支えなければ、もう少し詳しく聞かせてもらえないかしら?」
リリアナは身を乗り出すようにして尋ねてきた。その瞳は、未知の知識に対する探求者のそれだった。
「ええと……それは……」
リオは言葉に詰まった。どこまで話すべきか迷う。すると、隣で話を聞いていたサラが、助け舟を出すように口を挟んだ。
「エルウッド様、リオさんは昨日登録されたばかりの新人さんなんです。あまり込み入った話は、また改めてされた方がよろしいのでは? リオさんも、お疲れでしょうし」
「……あら、そうだったの。ごめんなさい、つい夢中になってしまって」
リリアナは少し頬を赤らめ、恥ずかしそうに言った。その様子は、先ほどの知的な雰囲気とは少しギャップがあり、どこか可愛らしい印象を与えた。
「いえ、お気になさらないでください」
「とにかく、依頼は確かに達成されたわ。これは約束の報酬よ」
リリアナは腰のポーチから銀貨を一枚取り出し、リオに手渡した。ずしりとした重みが、達成感を伴って掌に伝わる。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、貴重な資料をありがとう。この写しは、私の研究にとって非常に重要になるわ。……ねえ、リオさん」
リリアナは、何かを言いかけたが、少し躊躇うように言葉を切った。
「もし……もしよければ、なのだけど。あなたのその力について、もっと知りたいわ。そして、私の研究にも、力を貸してもらえないかしら? もちろん、相応の報酬は用意するつもりよ」
「力を貸す、ですか?」
「ええ。私は、失われた古代魔法の謎を追い求めているの。特に、言葉そのものが力を持つとされた時代の魔法……『言霊魔法』や『真言魔法』と呼ばれる体系について。あなたの力は、その研究に大きな進展をもたらしてくれるかもしれない」
言霊魔法、真言魔法……。それは、リオが古代遺跡の石碑で触れた魔法体系そのものだ。このエルフの学者は、自分が考えていた以上に、核心に近い知識を持っているのかもしれない。
(彼女となら……【言語魔法】について、深く語り合えるかもしれない。それに、彼女の知識は、俺の研究にも役立つはずだ)
リオの中に、新たな興味と期待が湧き上がってきた。
「……分かりました。俺でよければ、協力させていただきます。俺自身も、古代の言語や魔法について、もっと知りたいと思っていますので」
「本当!? よかったわ!」
リリアナは、ぱあっと顔を輝かせた。その純粋な喜びように、リオもつられて笑みを浮かべる。
「では、改めて日を決めましょうか。ギルドを通じて連絡するわ。ああ、楽しみになってきた!」
リリアナは上機嫌でそう言うと、写し取った羊皮紙を大切そうに抱え、サラに軽く会釈をしてギルドを後にした。その後ろ姿は、どこかスキップでもしそうなほど弾んでいた。
「ふふ、エルウッド様、あんなに嬉しそうなの、久しぶりに見ましたよ」
サラが微笑ましそうに言った。
「あの方は、普段は書庫に籠もりっきりで、ちょっと浮世離れしたところがあるんですけど、古代のことになると目の色が変わるんです。リオさん、いい研究パートナーが見つかったかもしれませんね」
「だといいのですが」
リオはそう答えながら、先ほどリリアナが去っていった扉を見つめた。エルフの学者、リリアナ・エルウッド。彼女との出会いは、彼の辺境での生活に、新たな展開をもたらすことになりそうだ。失われた知識への探求という共通の目的を持つ仲間。それは、彼が密かに望んでいたことでもあった。
報酬の銀貨を握りしめ、リオもギルドを後にする。空は高く、澄み渡っていた。フロンティアの街の喧騒が、今は心地よいBGMのように感じられる。彼の未来は、まだ始まったばかり。だが、確かな手応えと、新たな出会いという希望の光が、その道を照らし始めていた。
リオはまっすぐ受付カウンターへ向かい、昨日と同じく快活な笑顔で仕事をしていたサラに声をかけた。
「サラさん、おはようございます。昨日の依頼、『古代遺跡の碑文の写し取り』、完了しました」
「あ、リオさん! おはようございます! もう終わったんですか? 早かったですね!」
サラは驚いたように目を丸くし、すぐに嬉しそうな表情になった。
「はい。これが写し取ってきた碑文です」
リオは羊皮紙の束をカウンターに差し出した。サラはそれを受け取り、広げて中身を覗き込む。羊皮紙には、リオが丁寧に写し取った、見慣れない古代文字がびっしりと並んでいた。
「うわぁ……! 本当に見たことない文字……。これを全部写してきたんですね! すごい集中力……。それにしても、この文字、リオさんには読めるんですか?」
「完全ではありませんが、ある程度は。どうやら、古代の人々が自然や星々に捧げた祈りの言葉のようです。農作物の豊穣とか、病からの回復とか……」
「へぇー、祈りの言葉……。なんだかロマンがありますねぇ」
サラは感心したように呟いた。その時、カウンターの奥から、静かだが凛とした声が響いた。
「サラ、その依頼の報告に来た方かしら?」
声のした方を見ると、一人の女性がこちらに向かって歩いてくるところだった。リオは思わず息を呑んだ。
その女性は、人間とは明らかに異なる特徴を持っていた。長く、緩やかに波打つ銀色の髪。透き通るような白い肌。そして、尖った耳。エルフだ。フロンティアの街でもエルフの姿を見かけることは稀ではないが、彼女はその中でもひときわ目を引く美しさを持っていた。歳は若く見えるが、エルフの寿命は人間とは比較にならないほど長い。実際の年齢は計り知れない。
彼女は、落ち着いた緑色のローブを身に纏い、腰には革製のポーチと、数冊の古びた本を吊るしていた。知的な輝きを宿した翠色の瞳が、まっすぐにリオに向けられる。
「あ、エルウッド様! はい、こちら、依頼を受けてくださったリオ・アシュトンさんです。今、報告に来られたところで」
「そう、あなたが。……私が依頼主のリリアナ・エルウッドよ。わざわざありがとう」
リリアナと名乗ったエルフは、リオに向かって丁寧に頭を下げた。その所作は優雅で、育ちの良さを感じさせる。
「リオ・アシュトンです。こちらこそ、興味深い依頼をありがとうございました」
「興味深い、ですって? あなた、この文字が読めるの?」
リリアナの翠色の瞳が、好奇心にきらめいた。彼女はサラから羊皮紙を受け取ると、食い入るように文字を眺め始めた。その指先が、特定の文字の連なりをそっと撫でる。
「……なるほど。『恵み……大地……感謝……』。確かに、これは古代の祈祷碑文の一種ね。様式から見て、おそらくは第二期古代文明……いえ、もしかしたらそれ以前の、過渡期の様式かしら……?」
リリアナは独り言のように呟きながら、羊皮紙をめくっていく。その知識の深さに、今度はリオが驚く番だった。彼女は、リオが【言語魔法】で読み解いた内容を、事もなげに把握しているようだ。
「エルウッド様も、この文字を?」
「ええ、少しだけね。私の専門分野だから。でも、これほど完全に解読できる人間は、そうはいないはずよ。あなた、一体どうやって……?」
リリアナは羊皮紙から顔を上げ、改めてリオを見つめた。その視線は、単なる好奇心だけではない。何かを探るような、鋭い光を帯びている。
「俺の持つ魔法が、少し特殊でして。言語の構造や意味を読み解くことに長けているんです」
リオは当たり障りなく答えた。【言語魔法】という名称を出すのは、まだ躊躇われた。
「言語を読み解く魔法……? そんなものが……。興味深いわね」
リリアナは顎に手を当て、考え込むような仕草を見せた。そして、再び羊皮紙に視線を落とすと、ある一点で指を止めた。
「……このシンボル。これも正確に写してくれたのね」
それは、リオが最後に気になって写し取った、三日月と星を組み合わせたようなシンボルだった。
「はい。何か特別な意味があるのでしょうか?」
「……そうね。これは『星詠みの民』と呼ばれる、古代の少数民族が使っていたとされる紋章に酷似しているわ。彼らは独自の知識体系を持ち、特に天文学と予言に長けていたと伝えられているけれど、詳しいことはほとんど分かっていないの。まさか、こんな辺境の小さな遺跡で、その痕跡が見つかるなんて……」
リリアナの声には、抑えきれない興奮が滲んでいた。彼女はずっとこのシンボル、あるいはそれに関連する情報を探していたのかもしれない。
「星詠みの民……」
リオはその言葉を反芻した。巨大遺跡の壁画にも似たシンボルがあったことを思い出す。あれも、星詠みの民と関係があるのだろうか。
「あなたのその『言語を読み解く魔法』というのは、具体的にどういうものなの? もし差し支えなければ、もう少し詳しく聞かせてもらえないかしら?」
リリアナは身を乗り出すようにして尋ねてきた。その瞳は、未知の知識に対する探求者のそれだった。
「ええと……それは……」
リオは言葉に詰まった。どこまで話すべきか迷う。すると、隣で話を聞いていたサラが、助け舟を出すように口を挟んだ。
「エルウッド様、リオさんは昨日登録されたばかりの新人さんなんです。あまり込み入った話は、また改めてされた方がよろしいのでは? リオさんも、お疲れでしょうし」
「……あら、そうだったの。ごめんなさい、つい夢中になってしまって」
リリアナは少し頬を赤らめ、恥ずかしそうに言った。その様子は、先ほどの知的な雰囲気とは少しギャップがあり、どこか可愛らしい印象を与えた。
「いえ、お気になさらないでください」
「とにかく、依頼は確かに達成されたわ。これは約束の報酬よ」
リリアナは腰のポーチから銀貨を一枚取り出し、リオに手渡した。ずしりとした重みが、達成感を伴って掌に伝わる。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、貴重な資料をありがとう。この写しは、私の研究にとって非常に重要になるわ。……ねえ、リオさん」
リリアナは、何かを言いかけたが、少し躊躇うように言葉を切った。
「もし……もしよければ、なのだけど。あなたのその力について、もっと知りたいわ。そして、私の研究にも、力を貸してもらえないかしら? もちろん、相応の報酬は用意するつもりよ」
「力を貸す、ですか?」
「ええ。私は、失われた古代魔法の謎を追い求めているの。特に、言葉そのものが力を持つとされた時代の魔法……『言霊魔法』や『真言魔法』と呼ばれる体系について。あなたの力は、その研究に大きな進展をもたらしてくれるかもしれない」
言霊魔法、真言魔法……。それは、リオが古代遺跡の石碑で触れた魔法体系そのものだ。このエルフの学者は、自分が考えていた以上に、核心に近い知識を持っているのかもしれない。
(彼女となら……【言語魔法】について、深く語り合えるかもしれない。それに、彼女の知識は、俺の研究にも役立つはずだ)
リオの中に、新たな興味と期待が湧き上がってきた。
「……分かりました。俺でよければ、協力させていただきます。俺自身も、古代の言語や魔法について、もっと知りたいと思っていますので」
「本当!? よかったわ!」
リリアナは、ぱあっと顔を輝かせた。その純粋な喜びように、リオもつられて笑みを浮かべる。
「では、改めて日を決めましょうか。ギルドを通じて連絡するわ。ああ、楽しみになってきた!」
リリアナは上機嫌でそう言うと、写し取った羊皮紙を大切そうに抱え、サラに軽く会釈をしてギルドを後にした。その後ろ姿は、どこかスキップでもしそうなほど弾んでいた。
「ふふ、エルウッド様、あんなに嬉しそうなの、久しぶりに見ましたよ」
サラが微笑ましそうに言った。
「あの方は、普段は書庫に籠もりっきりで、ちょっと浮世離れしたところがあるんですけど、古代のことになると目の色が変わるんです。リオさん、いい研究パートナーが見つかったかもしれませんね」
「だといいのですが」
リオはそう答えながら、先ほどリリアナが去っていった扉を見つめた。エルフの学者、リリアナ・エルウッド。彼女との出会いは、彼の辺境での生活に、新たな展開をもたらすことになりそうだ。失われた知識への探求という共通の目的を持つ仲間。それは、彼が密かに望んでいたことでもあった。
報酬の銀貨を握りしめ、リオもギルドを後にする。空は高く、澄み渡っていた。フロンティアの街の喧騒が、今は心地よいBGMのように感じられる。彼の未来は、まだ始まったばかり。だが、確かな手応えと、新たな出会いという希望の光が、その道を照らし始めていた。
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