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第九話 銀狼との死闘
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テルムの西門を出て半日。街道を外れ、獣道とも呼べぬ道なき道を進んだ先に、その森はあった。
銀狼の森。空を覆う木々の隙間から差し込む光は、どこか青白く冷たい。まるで森全体が月光を蓄えているかのようだ。一歩足を踏み入れると、ひやりとした空気が肌を撫でた。静かすぎる。鳥の声も虫の音も聞こえない。聞こえるのは、自分の足が枯れ葉を踏む音だけ。
(ここだ。間違いない)
レクスが腰に差した【月光のダガーの柄】が、森の魔力に呼応するように微かな光を放ち、温もりを帯びていた。この場所が、失われた刃のパーツと繋がっていることを示唆している。
彼はショートソードを抜き、慎重に森の奥へと進んでいった。深く分け入るほど、空気は密度を増していく。張り詰めた緊張感が、レクスの五感を研ぎ澄ませた。
その時、遠くで一声、長く尾を引く遠吠えが響いた。それは寂しげでありながら、同時に縄張りを主張する力強さを秘めている。
(来たか)
レクスは近くの巨大な樫の木の陰に身を潜めた。やがて、茂みの中から一体の狼が姿を現す。
銀色の毛皮は月光を反射して鈍く輝き、その体躯は普通の狼よりも一回り大きい。鋭い牙を剥き、知性の光を宿した瞳で周囲を警戒している。あれがシルヴァーウルフか。
一体なら、やれる。レクスがそう判断し、飛び出すタイミングを計った瞬間だった。
ガサガサ、と周囲の茂みが一斉に揺れた。一体、また一体と、同じ姿のシルヴァーウルフが姿を現す。数は四体。完全に包囲されていた。
「グルルル……」
四方から唸り声が聞こえる。退路はない。Dランク冒険者パーティですら苦戦するというアニエスの言葉が、脳裏をよぎった。
先手必勝。レクスは最も近くにいた一体に狙いを定め、地面を蹴った。
【月光のダガーの柄】から流れ込む力が、彼の身体能力を限界以上に引き上げている。ゴブリン相手の時とは比べ物にならない速さで、狼の懐に飛び込んだ。
狙うは首筋。しかし、シルヴァーウルフの反応速度はレクスの想像を上回っていた。狼は身を翻して剣をかわし、鋭い爪で反撃してきた。
「速い!」
咄嗟に腕でガードするが、革鎧が容易く引き裂かれ、三本の赤い線が刻まれる。強烈な痛みに顔を顰めつつも、レクスは怯まなかった。強化された力で無理やり体勢を立て直し、ショートソードを逆袈裟に斬り上げる。
ギャイン、と甲高い悲鳴。狼の前足に深い傷を負わせることに成功した。だが、その隙を他の三体が見逃すはずもない。左右と背後から、三体の狼が同時に襲いかかってきた。
絶体絶命。そう思った瞬間、レクスはパーティでの戦闘経験を思い出していた。Sランクパーティの戦闘では、常に敵の注意を引きつける役割がいた。
(囮だ!)
レクスは投擲用のナイフを一本抜き、背後の狼の顔めがけて投げつけた。狙いは正確だったが、狼はそれをひらりとかわす。だが、それでいい。一瞬だけ、背後の狼の注意が逸れた。そのコンマ数秒の隙を突き、レクスは左右から迫る二体の攻撃を最小限の動きでいなす。そして、傷を負わせた一体に再び肉薄した。
一体ずつ、確実に数を減らす。それが唯一の活路だった。
傷ついた狼は動きが鈍っている。レクスは渾身の力を込めてショートソードを突き出した。硬い毛皮と筋肉に阻まれるが、無理やり剣を心臓までねじ込む。
一体撃破。だが、代償は大きかった。残る三体の攻撃を完全に避けることはできず、太腿と脇腹を浅く裂かれていた。じわりと広がる血の感触が、焦りを誘う。
(くそ、このままじゃジリ貧だ)
ショートソードの切れ味は悪く、一撃で仕留めきれない。それが致命的だった。
レクスは距離を取り、アニエスから貰ったポーションを一本取り出した。狼たちが警戒して距離を詰めてこない今のうちだ。一気に飲み干すと、傷口が熱を帯び、痛みが和らいでいく。
体勢を立て直したレクスは、思考を切り替えた。
力で押し切れないなら、知恵を使うしかない。この森の地形を利用する。
レクスは背後にあった巨大な樫の木へ向かって走り出した。狼たちは獲物が逃げると判断したのか、勢いよく後を追ってくる。
木の幹を背にするレクス。これで背後からの攻撃はなくなった。正面の三体と向き合う。狭い場所では、数の有利は活かしにくい。
先頭の一体が飛びかかってくる。レクスはそれを待ち構え、相手が最高到達点に達する寸前に、木の幹を強く蹴った。体は横に飛び、狼の攻撃をかわす。がら空きになった狼の腹に、ショートソードを突き刺した。
二体目。残る二体は同時に左右から挟み撃ちにしてくる。レクスは再び幹を蹴り、今度は上方へ跳躍した。二体の狼が空中で激突し、一瞬動きが止まる。その隙を見逃さず、レクスは着地と同時に一体の首を刎ねた。
残り一体。
最後の狼は仲間が次々と倒されたのを見て、恐怖と怒りで我を忘れていた。ただがむしゃらに牙を剥いて突進してくる。もはや脅威ではない。
レクスは冷静にその動きを見切り、カウンターで剣を振るった。
静寂が森に戻ってきた。レクスの周囲には、四体のシルヴァーウルフの亡骸が転がっている。彼の体も無傷ではなかったが、その瞳には確かな達成感が宿っていた。
ぜえ、と荒い息をつきながら、レクスはその場に膝をついた。
「やった……のか」
自分の力だけで、Dランクの脅威を退けた。その事実が、彼の自信をさらに強固なものにした。
彼はよろめきながら立ち上がり、狼の死体から素材を剥ぎ取り始めた。銀色の毛皮、鋭い牙、そして魔石。これらを使えば、今度こそ。
全ての素材を回収し終えた、その時だった。
森の奥深くから、空気が震えるほどの重低音の遠吠えが響き渡った。
先ほどの狼たちとは比較にならない、圧倒的な威圧感。それはまるで、王の咆哮だった。
レクスは息を飲んだ。森の奥を見据える。そこには、この群れのボスがいる。
(あいつを倒さなければ、本当の素材は手に入らない)
直感がそう告げていた。
レクスは最後のポーションを飲み干し、ショートソードを強く握りしめた。傷ついた体は悲鳴を上げている。だが、心は燃えていた。伝説のかけらをこの手にするため、彼は再び闇の中へと足を踏み出す覚悟を決めた。
銀狼の森。空を覆う木々の隙間から差し込む光は、どこか青白く冷たい。まるで森全体が月光を蓄えているかのようだ。一歩足を踏み入れると、ひやりとした空気が肌を撫でた。静かすぎる。鳥の声も虫の音も聞こえない。聞こえるのは、自分の足が枯れ葉を踏む音だけ。
(ここだ。間違いない)
レクスが腰に差した【月光のダガーの柄】が、森の魔力に呼応するように微かな光を放ち、温もりを帯びていた。この場所が、失われた刃のパーツと繋がっていることを示唆している。
彼はショートソードを抜き、慎重に森の奥へと進んでいった。深く分け入るほど、空気は密度を増していく。張り詰めた緊張感が、レクスの五感を研ぎ澄ませた。
その時、遠くで一声、長く尾を引く遠吠えが響いた。それは寂しげでありながら、同時に縄張りを主張する力強さを秘めている。
(来たか)
レクスは近くの巨大な樫の木の陰に身を潜めた。やがて、茂みの中から一体の狼が姿を現す。
銀色の毛皮は月光を反射して鈍く輝き、その体躯は普通の狼よりも一回り大きい。鋭い牙を剥き、知性の光を宿した瞳で周囲を警戒している。あれがシルヴァーウルフか。
一体なら、やれる。レクスがそう判断し、飛び出すタイミングを計った瞬間だった。
ガサガサ、と周囲の茂みが一斉に揺れた。一体、また一体と、同じ姿のシルヴァーウルフが姿を現す。数は四体。完全に包囲されていた。
「グルルル……」
四方から唸り声が聞こえる。退路はない。Dランク冒険者パーティですら苦戦するというアニエスの言葉が、脳裏をよぎった。
先手必勝。レクスは最も近くにいた一体に狙いを定め、地面を蹴った。
【月光のダガーの柄】から流れ込む力が、彼の身体能力を限界以上に引き上げている。ゴブリン相手の時とは比べ物にならない速さで、狼の懐に飛び込んだ。
狙うは首筋。しかし、シルヴァーウルフの反応速度はレクスの想像を上回っていた。狼は身を翻して剣をかわし、鋭い爪で反撃してきた。
「速い!」
咄嗟に腕でガードするが、革鎧が容易く引き裂かれ、三本の赤い線が刻まれる。強烈な痛みに顔を顰めつつも、レクスは怯まなかった。強化された力で無理やり体勢を立て直し、ショートソードを逆袈裟に斬り上げる。
ギャイン、と甲高い悲鳴。狼の前足に深い傷を負わせることに成功した。だが、その隙を他の三体が見逃すはずもない。左右と背後から、三体の狼が同時に襲いかかってきた。
絶体絶命。そう思った瞬間、レクスはパーティでの戦闘経験を思い出していた。Sランクパーティの戦闘では、常に敵の注意を引きつける役割がいた。
(囮だ!)
レクスは投擲用のナイフを一本抜き、背後の狼の顔めがけて投げつけた。狙いは正確だったが、狼はそれをひらりとかわす。だが、それでいい。一瞬だけ、背後の狼の注意が逸れた。そのコンマ数秒の隙を突き、レクスは左右から迫る二体の攻撃を最小限の動きでいなす。そして、傷を負わせた一体に再び肉薄した。
一体ずつ、確実に数を減らす。それが唯一の活路だった。
傷ついた狼は動きが鈍っている。レクスは渾身の力を込めてショートソードを突き出した。硬い毛皮と筋肉に阻まれるが、無理やり剣を心臓までねじ込む。
一体撃破。だが、代償は大きかった。残る三体の攻撃を完全に避けることはできず、太腿と脇腹を浅く裂かれていた。じわりと広がる血の感触が、焦りを誘う。
(くそ、このままじゃジリ貧だ)
ショートソードの切れ味は悪く、一撃で仕留めきれない。それが致命的だった。
レクスは距離を取り、アニエスから貰ったポーションを一本取り出した。狼たちが警戒して距離を詰めてこない今のうちだ。一気に飲み干すと、傷口が熱を帯び、痛みが和らいでいく。
体勢を立て直したレクスは、思考を切り替えた。
力で押し切れないなら、知恵を使うしかない。この森の地形を利用する。
レクスは背後にあった巨大な樫の木へ向かって走り出した。狼たちは獲物が逃げると判断したのか、勢いよく後を追ってくる。
木の幹を背にするレクス。これで背後からの攻撃はなくなった。正面の三体と向き合う。狭い場所では、数の有利は活かしにくい。
先頭の一体が飛びかかってくる。レクスはそれを待ち構え、相手が最高到達点に達する寸前に、木の幹を強く蹴った。体は横に飛び、狼の攻撃をかわす。がら空きになった狼の腹に、ショートソードを突き刺した。
二体目。残る二体は同時に左右から挟み撃ちにしてくる。レクスは再び幹を蹴り、今度は上方へ跳躍した。二体の狼が空中で激突し、一瞬動きが止まる。その隙を見逃さず、レクスは着地と同時に一体の首を刎ねた。
残り一体。
最後の狼は仲間が次々と倒されたのを見て、恐怖と怒りで我を忘れていた。ただがむしゃらに牙を剥いて突進してくる。もはや脅威ではない。
レクスは冷静にその動きを見切り、カウンターで剣を振るった。
静寂が森に戻ってきた。レクスの周囲には、四体のシルヴァーウルフの亡骸が転がっている。彼の体も無傷ではなかったが、その瞳には確かな達成感が宿っていた。
ぜえ、と荒い息をつきながら、レクスはその場に膝をついた。
「やった……のか」
自分の力だけで、Dランクの脅威を退けた。その事実が、彼の自信をさらに強固なものにした。
彼はよろめきながら立ち上がり、狼の死体から素材を剥ぎ取り始めた。銀色の毛皮、鋭い牙、そして魔石。これらを使えば、今度こそ。
全ての素材を回収し終えた、その時だった。
森の奥深くから、空気が震えるほどの重低音の遠吠えが響き渡った。
先ほどの狼たちとは比較にならない、圧倒的な威圧感。それはまるで、王の咆哮だった。
レクスは息を飲んだ。森の奥を見据える。そこには、この群れのボスがいる。
(あいつを倒さなければ、本当の素材は手に入らない)
直感がそう告げていた。
レクスは最後のポーションを飲み干し、ショートソードを強く握りしめた。傷ついた体は悲鳴を上げている。だが、心は燃えていた。伝説のかけらをこの手にするため、彼は再び闇の中へと足を踏み出す覚悟を決めた。
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