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第二十一話 初めての空
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廃教会を後にした二人は、丘の頂上に立っていた。
眼下には、どこまでも続く広大な緑の平原と、地平線まで伸びる一本の街道が見える。エリアナは、その光景をただ呆然と見つめていた。
「すごい……」
彼女の唇から、感嘆のため息が漏れた。
「空って、こんなに広かったのですね。世界って、こんなに……大きいなんて」
幽閉されていた教会から見えたのは、いつも石壁に切り取られた四角い空だけだった。雲が流れていくのを、鳥が横切っていくのを、彼女はただ窓から眺めることしかできなかった。
今、目の前に広がるのは、遮るもののない無限の蒼穹。彼女が生まれて初めて見る、本当の世界の姿だった。
「ああ、広いぞ」
レクスは隣に立つ彼女に、優しく微笑みかけた。
「俺たちが行くのは、あの道の先だ」
「はい!」
エリアナは力強く頷いた。その翡翠色の瞳は、これからの旅への期待にキラキラと輝いている。もうそこに、かつての絶望の色はなかった。
二人は丘を下り、東へと続く街道を歩き始めた。
エリアナにとって、その道中は驚きの連続だった。道端に咲く名も知らぬ花の色に感動し、森から顔を出したリスの仕草にはしゃぎ、遠くの街へ向かう商人の荷馬車を珍しそうに見つめた。
彼女の反応一つ一つが、レクスには新鮮で、微笑ましかった。彼女が「普通の少女」としての感性を、少しずつ取り戻している証拠だったからだ。
「レクスさん、あれは何ですか?」
「あれは飛竜便だ。王都と主要都市を結んで、手紙や荷物を運んでる」
「空を飛んで……すごい」
彼女は、まるで初めておもちゃを与えられた子供のようだった。その純粋な好奇心が、追放の傷でささくれ立っていたレクスの心を、優しく癒していくのを感じていた。
やがて陽が傾き、空が茜色に染まり始める。レクスは街道から少し外れた、小川の流れる開けた場所で足を止めた。
「今日はこの辺で野営にしよう」
「のえい?」
「ああ。外で夜を明かすことだ。火を起こして、食事を作ってな」
「食事!」
エリアナはぱっと顔を輝かせた。
「私、手伝います! レクスさんにはお世話になってばかりだから、今度は私が!」
彼女はそう言うと、意気揚々と薪を集め始めた。その姿は頼もしい、とは言いがたかったが、レクスは彼女のやる気を尊重することにした。
しかし、その結果は惨憺たるものだった。
「きゃっ!」
エリアナは火を起こそうとして、火打石で自分の指を打った。ようやく火がついても、今度は火加減が分からず、薪を一度に焚べすぎて豪快なキャンプファイヤー状態にしてしまう。
「あわわわ……!」
「落ち着け、エリアナ。少しずつだ」
レクスが慌てて火を調整する。さらに、彼女が「食べられそうです!」と自信満々に採ってきたキノコは、鮮やかな紫色をした一目で分かる毒キノコだった。
「……すみません。私、何もできなくて」
すっかり落ち込んでしまったエリアナに、レクスは苦笑した。
「気にするな。ずっと教会にいたんだから、知らなくて当然だ。見てろ、美味いものを作ってやる」
レクスは手際よく火を熾し直し、持っていた干し肉と野草で簡単なスープを作り始めた。その無駄のない動きを、エリアナは尊敬の眼差しで見つめていた。
やがて、スープのいい匂いが辺りに立ち込める。木の器に注がれた温かいスープを一口飲んで、エリアナは目を丸くした。
「美味しい……! こんなに美味しいもの、初めて食べました」
「大袈裟だな」
そう言いながらも、レクスの口元は自然と緩んでいた。
食事を終え、二人は穏やかに揺れる焚き火を囲んでいた。パチパチと薪がはぜる音だけが、静かな夜に響いている。
「なあ、エリアナ。これからどこか行きたい場所とかあるか?」
「行きたい場所……ですか?」
エリアナは少し考え込んだ後、首を横に振った。
「私には、分かりません。外の世界のことを、何も知らないから。レクスさんの行きたい場所に、ついていきたいです」
「そうか」
レクスは火を見つめながら言った。
「俺は、鉱山の街『ドルトン』に行こうと思っている。活気のある街で、色々な素材や情報が集まる場所だ。そこで、新たな遺物の手がかりを探したい」
「ドルトン……。はい、そこへ行きましょう!」
エリアナは嬉しそうに頷いた。彼女にとって、目的地がどこかは重要ではなかった。ただ、この人と一緒に旅を続けられる。その事実が、何よりも嬉しかった。
静かな時間が流れる。エリアナは意を決したように、レクスに向き直った。
「あの、レクスさん」
「ん?」
「改めて、ありがとうございます。あなたに出会えて、私は……本当に、よかったです」
真っ直ぐな感謝の言葉。レクスは少し照れくさそうに顔を逸らし、鼻を掻いた。
「……礼なら、もういいって言っただろ」
「それでも、言いたかったのです」
エリアナは幸せそうに微笑んだ。その笑顔は、焚き火の光に照らされ、どんな宝石よりも美しく輝いて見えた。
二人の旅はまだ始まったばかり。これからどんな困難が待ち受けているか分からない。だが、今の二人には、それを乗り越えていけるという確かな予感があった。
眼下には、どこまでも続く広大な緑の平原と、地平線まで伸びる一本の街道が見える。エリアナは、その光景をただ呆然と見つめていた。
「すごい……」
彼女の唇から、感嘆のため息が漏れた。
「空って、こんなに広かったのですね。世界って、こんなに……大きいなんて」
幽閉されていた教会から見えたのは、いつも石壁に切り取られた四角い空だけだった。雲が流れていくのを、鳥が横切っていくのを、彼女はただ窓から眺めることしかできなかった。
今、目の前に広がるのは、遮るもののない無限の蒼穹。彼女が生まれて初めて見る、本当の世界の姿だった。
「ああ、広いぞ」
レクスは隣に立つ彼女に、優しく微笑みかけた。
「俺たちが行くのは、あの道の先だ」
「はい!」
エリアナは力強く頷いた。その翡翠色の瞳は、これからの旅への期待にキラキラと輝いている。もうそこに、かつての絶望の色はなかった。
二人は丘を下り、東へと続く街道を歩き始めた。
エリアナにとって、その道中は驚きの連続だった。道端に咲く名も知らぬ花の色に感動し、森から顔を出したリスの仕草にはしゃぎ、遠くの街へ向かう商人の荷馬車を珍しそうに見つめた。
彼女の反応一つ一つが、レクスには新鮮で、微笑ましかった。彼女が「普通の少女」としての感性を、少しずつ取り戻している証拠だったからだ。
「レクスさん、あれは何ですか?」
「あれは飛竜便だ。王都と主要都市を結んで、手紙や荷物を運んでる」
「空を飛んで……すごい」
彼女は、まるで初めておもちゃを与えられた子供のようだった。その純粋な好奇心が、追放の傷でささくれ立っていたレクスの心を、優しく癒していくのを感じていた。
やがて陽が傾き、空が茜色に染まり始める。レクスは街道から少し外れた、小川の流れる開けた場所で足を止めた。
「今日はこの辺で野営にしよう」
「のえい?」
「ああ。外で夜を明かすことだ。火を起こして、食事を作ってな」
「食事!」
エリアナはぱっと顔を輝かせた。
「私、手伝います! レクスさんにはお世話になってばかりだから、今度は私が!」
彼女はそう言うと、意気揚々と薪を集め始めた。その姿は頼もしい、とは言いがたかったが、レクスは彼女のやる気を尊重することにした。
しかし、その結果は惨憺たるものだった。
「きゃっ!」
エリアナは火を起こそうとして、火打石で自分の指を打った。ようやく火がついても、今度は火加減が分からず、薪を一度に焚べすぎて豪快なキャンプファイヤー状態にしてしまう。
「あわわわ……!」
「落ち着け、エリアナ。少しずつだ」
レクスが慌てて火を調整する。さらに、彼女が「食べられそうです!」と自信満々に採ってきたキノコは、鮮やかな紫色をした一目で分かる毒キノコだった。
「……すみません。私、何もできなくて」
すっかり落ち込んでしまったエリアナに、レクスは苦笑した。
「気にするな。ずっと教会にいたんだから、知らなくて当然だ。見てろ、美味いものを作ってやる」
レクスは手際よく火を熾し直し、持っていた干し肉と野草で簡単なスープを作り始めた。その無駄のない動きを、エリアナは尊敬の眼差しで見つめていた。
やがて、スープのいい匂いが辺りに立ち込める。木の器に注がれた温かいスープを一口飲んで、エリアナは目を丸くした。
「美味しい……! こんなに美味しいもの、初めて食べました」
「大袈裟だな」
そう言いながらも、レクスの口元は自然と緩んでいた。
食事を終え、二人は穏やかに揺れる焚き火を囲んでいた。パチパチと薪がはぜる音だけが、静かな夜に響いている。
「なあ、エリアナ。これからどこか行きたい場所とかあるか?」
「行きたい場所……ですか?」
エリアナは少し考え込んだ後、首を横に振った。
「私には、分かりません。外の世界のことを、何も知らないから。レクスさんの行きたい場所に、ついていきたいです」
「そうか」
レクスは火を見つめながら言った。
「俺は、鉱山の街『ドルトン』に行こうと思っている。活気のある街で、色々な素材や情報が集まる場所だ。そこで、新たな遺物の手がかりを探したい」
「ドルトン……。はい、そこへ行きましょう!」
エリアナは嬉しそうに頷いた。彼女にとって、目的地がどこかは重要ではなかった。ただ、この人と一緒に旅を続けられる。その事実が、何よりも嬉しかった。
静かな時間が流れる。エリアナは意を決したように、レクスに向き直った。
「あの、レクスさん」
「ん?」
「改めて、ありがとうございます。あなたに出会えて、私は……本当に、よかったです」
真っ直ぐな感謝の言葉。レクスは少し照れくさそうに顔を逸らし、鼻を掻いた。
「……礼なら、もういいって言っただろ」
「それでも、言いたかったのです」
エリアナは幸せそうに微笑んだ。その笑顔は、焚き火の光に照らされ、どんな宝石よりも美しく輝いて見えた。
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