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第三十五話 過去との決別
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シルヴィは、黒い大剣が鎮座する祭壇へと、一歩、また一歩と近づいていった。
全盛期の力を取り戻した彼女の体は、羽のように軽い。だが、心は鉛のように重かった。目の前の剣は、彼女から栄光と仲間を奪い、絶望の淵へと突き落とした元凶。そして、その力に魅入られたのは、他の誰でもない自分自身の弱さだった。
彼女が祭壇の数メートル手前で足を止めた時、大剣が再びキィン、と甲高い音を発した。
そして、今度は直接、シルヴィの脳内に語りかけてきた。
『戻ってきたか、我が主よ』
声は、かつて彼女を誘惑した時と同じ、甘く響く声だった。
『見よ、そなたの力は完全に戻った。否、以前以上だ。我と再び一つとなれば、そなたは大陸最強の剣士となるだろう。誰にも見下されることのない、絶対的な力をその手に』
シルヴィの目の前に、幻影がよぎる。
Aランクパーティのリーダーとして、仲間たちから賞賛を浴びていた日々。彼女の一振りで、強大なドラゴンが地に伏し、民衆が歓声を上げる。誰もが彼女を称え、誰もが彼女を恐れた。孤独で、しかし栄光に満ちた頂点。
『あれこそが、そなたのいるべき場所。我を手に取れ。そして、再び頂点へと返り咲くのだ』
甘美な誘惑。もし、レクスたちと出会う前の彼女なら、再びその手に取ってしまっていたかもしれない。
だが、今の彼女はもう一人ではなかった。
シルヴィは、ゆっくりと首を横に振った。
彼女の脳裏に浮かんだのは、孤独な栄光ではない。
無謀な自分を信じてくれた、レクスの不敵な笑み。
自分のために、命を懸けてくれた、エリアナの優しい瞳。
「黙れ」
シルヴィの声は、静かだった。だが、そこには鋼のような意志が宿っていた。
「お前がくれるのは、偽物の力と、孤独だけだ。そんなものに、もう価値はない」
彼女は自分の剣を、正眼に構えた。
「私はもう、一人じゃない。私には、信じられる仲間がいる。お前がくれた偽りの栄光より、ずっと温かくて、ずっと強い絆がな!」
シルヴィの絶叫に、大剣は激しく脈動した。誘惑が通じないと悟ると、その本性を現す。
剣がひとりでに宙に浮き、おびただしい呪詛のオーラを刃のように纏った。そして、シルヴィめがけて高速で襲いかかってきた。
「シルヴィ!」
レクスが叫ぶ。
だが、シルヴィは退かなかった。彼女は全盛期の力を解放し、呪いの大剣を正面から迎え撃つ。
ガキィィィン!
二つの剣が激突し、火花と呪詛の飛沫が散る。凄まじい剣戟が、広大な空洞に響き渡った。
シルヴィの剣技は、呪いの大剣と互角以上に渡り合っていた。だが、大剣の呪いはあまりにも濃い。剣がぶつかるたびに、微量の呪いが彼女の体力を奪っていく。
「レクス、今だ!」
シルヴィが叫ぶ。
レクスは地を蹴り、大剣の側面へと回り込んだ。【破砕のガントレット】を装着した拳で、その刀身を力任せに殴りつける。
ゴォン!
重い打撃音が響き、大剣の動きが一瞬だけ止まった。
その隙を、エリアナは見逃さない。
「聖なる光よ、その呪いを打ち破れ!」
彼女の杖から放たれた浄化の光が、大剣に直撃する。ジュウ、と肉の焼けるような音を立て、大剣を覆っていた呪いのオーラが薄らいだ。
「ありがとう……二人とも!」
シルヴィは笑った。一人では届かなかったこの領域に、仲間と一緒だからこそ、たどり着けた。
彼女は自分の剣に、ありったけの闘気を込めた。それは、もはや単なる剣技ではない。過去の自分との決別を誓う、魂の一撃だった。
「これで、終わりだあああっ!」
シルヴィの剣が、光の尾を引いて閃く。
その一閃は、エリアナの光によって弱体化し、レクスの打撃によって体勢を崩した黒い大剣の、まさに中心を捉えた。
パキィィィィン!
甲高い断末魔のような音を立てて、黒い大剣は真っ二つに砕け散った。
砕けた破片は、呪詛の力を失い、ただの黒い石くれとなって床に転がった。
鉱脈を覆っていた最後の邪気が、完全に消え失せる。
天井のミスリルの鉱脈が、まるで祝福するかのように、ひときわ強く輝き、三人を照らし出した。
静寂の中、シルヴィはゆっくりとレクスとエリアナに向き直った。
その顔には、一点の曇りもない、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。
「レクス、エリアナ。改めて、礼を言う」
彼女は少し照れくさそうに、しかし真っ直ぐな瞳で二人を見つめた。
「私の剣を、お前たちのために使わせてほしい。いや、使わせてくれ。この三人でなら、どこへだって行ける気がするんだ」
それは、不器用な彼女なりの、最大の誓いの言葉だった。
エリアナが嬉しそうに駆け寄り、シルヴィの手に飛びつく。
「はい! もちろんです、シルヴィさん!」
レクスもまた、満足げに微笑んだ。
追放されたガチャ師。幽閉された聖女。そして、呪われた女剣士。
傷を抱えた三人の冒険は、ここで一つの終わりを告げ、そして新たな始まりを迎えようとしていた。
全盛期の力を取り戻した彼女の体は、羽のように軽い。だが、心は鉛のように重かった。目の前の剣は、彼女から栄光と仲間を奪い、絶望の淵へと突き落とした元凶。そして、その力に魅入られたのは、他の誰でもない自分自身の弱さだった。
彼女が祭壇の数メートル手前で足を止めた時、大剣が再びキィン、と甲高い音を発した。
そして、今度は直接、シルヴィの脳内に語りかけてきた。
『戻ってきたか、我が主よ』
声は、かつて彼女を誘惑した時と同じ、甘く響く声だった。
『見よ、そなたの力は完全に戻った。否、以前以上だ。我と再び一つとなれば、そなたは大陸最強の剣士となるだろう。誰にも見下されることのない、絶対的な力をその手に』
シルヴィの目の前に、幻影がよぎる。
Aランクパーティのリーダーとして、仲間たちから賞賛を浴びていた日々。彼女の一振りで、強大なドラゴンが地に伏し、民衆が歓声を上げる。誰もが彼女を称え、誰もが彼女を恐れた。孤独で、しかし栄光に満ちた頂点。
『あれこそが、そなたのいるべき場所。我を手に取れ。そして、再び頂点へと返り咲くのだ』
甘美な誘惑。もし、レクスたちと出会う前の彼女なら、再びその手に取ってしまっていたかもしれない。
だが、今の彼女はもう一人ではなかった。
シルヴィは、ゆっくりと首を横に振った。
彼女の脳裏に浮かんだのは、孤独な栄光ではない。
無謀な自分を信じてくれた、レクスの不敵な笑み。
自分のために、命を懸けてくれた、エリアナの優しい瞳。
「黙れ」
シルヴィの声は、静かだった。だが、そこには鋼のような意志が宿っていた。
「お前がくれるのは、偽物の力と、孤独だけだ。そんなものに、もう価値はない」
彼女は自分の剣を、正眼に構えた。
「私はもう、一人じゃない。私には、信じられる仲間がいる。お前がくれた偽りの栄光より、ずっと温かくて、ずっと強い絆がな!」
シルヴィの絶叫に、大剣は激しく脈動した。誘惑が通じないと悟ると、その本性を現す。
剣がひとりでに宙に浮き、おびただしい呪詛のオーラを刃のように纏った。そして、シルヴィめがけて高速で襲いかかってきた。
「シルヴィ!」
レクスが叫ぶ。
だが、シルヴィは退かなかった。彼女は全盛期の力を解放し、呪いの大剣を正面から迎え撃つ。
ガキィィィン!
二つの剣が激突し、火花と呪詛の飛沫が散る。凄まじい剣戟が、広大な空洞に響き渡った。
シルヴィの剣技は、呪いの大剣と互角以上に渡り合っていた。だが、大剣の呪いはあまりにも濃い。剣がぶつかるたびに、微量の呪いが彼女の体力を奪っていく。
「レクス、今だ!」
シルヴィが叫ぶ。
レクスは地を蹴り、大剣の側面へと回り込んだ。【破砕のガントレット】を装着した拳で、その刀身を力任せに殴りつける。
ゴォン!
重い打撃音が響き、大剣の動きが一瞬だけ止まった。
その隙を、エリアナは見逃さない。
「聖なる光よ、その呪いを打ち破れ!」
彼女の杖から放たれた浄化の光が、大剣に直撃する。ジュウ、と肉の焼けるような音を立て、大剣を覆っていた呪いのオーラが薄らいだ。
「ありがとう……二人とも!」
シルヴィは笑った。一人では届かなかったこの領域に、仲間と一緒だからこそ、たどり着けた。
彼女は自分の剣に、ありったけの闘気を込めた。それは、もはや単なる剣技ではない。過去の自分との決別を誓う、魂の一撃だった。
「これで、終わりだあああっ!」
シルヴィの剣が、光の尾を引いて閃く。
その一閃は、エリアナの光によって弱体化し、レクスの打撃によって体勢を崩した黒い大剣の、まさに中心を捉えた。
パキィィィィン!
甲高い断末魔のような音を立てて、黒い大剣は真っ二つに砕け散った。
砕けた破片は、呪詛の力を失い、ただの黒い石くれとなって床に転がった。
鉱脈を覆っていた最後の邪気が、完全に消え失せる。
天井のミスリルの鉱脈が、まるで祝福するかのように、ひときわ強く輝き、三人を照らし出した。
静寂の中、シルヴィはゆっくりとレクスとエリアナに向き直った。
その顔には、一点の曇りもない、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。
「レクス、エリアナ。改めて、礼を言う」
彼女は少し照れくさそうに、しかし真っ直ぐな瞳で二人を見つめた。
「私の剣を、お前たちのために使わせてほしい。いや、使わせてくれ。この三人でなら、どこへだって行ける気がするんだ」
それは、不器用な彼女なりの、最大の誓いの言葉だった。
エリアナが嬉しそうに駆け寄り、シルヴィの手に飛びつく。
「はい! もちろんです、シルヴィさん!」
レクスもまた、満足げに微笑んだ。
追放されたガチャ師。幽閉された聖女。そして、呪われた女剣士。
傷を抱えた三人の冒険は、ここで一つの終わりを告げ、そして新たな始まりを迎えようとしていた。
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