ゴブリンだって進化したい!~最弱モンスターに転生したけど、スキル【弱肉強食】で食って食って食いまくったら、気づけば魔王さえ喰らう神になってた

夏見ナイ

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第11話 俊敏なる敵、キラーラビット

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「案内シロ!」

俺の鋭い声に、報告に来たゴブリンははっと顔を上げた。恐怖に強張っていた身体を叱咤するように立ち上がり、森の奥へと走り出す。俺たちはその後を追った。

道中、ゴブリンたちの間には重苦しい沈黙が漂っていた。初めての森林探索で、いきなり仲間を失った。その事実は、彼らが持ち始めていた自信を揺るがすには十分だった。獲物を狩る側だと思っていた自分たちが、ここではいつ狩られる側に回ってもおかしくない。森は、その冷徹な現実を俺たちに突きつけていた。

やがて木々の切れ間から、夕日に染まる草原が見えてきた。案内役のゴブリンが足を止め、震える指で一点を指す。

そこには、一体のゴブリンが倒れていた。

俺たちは慎重に周囲を警戒しながら、仲間の亡骸へと近づいた。彼は探索部隊の中でも特に足が速く、抜け目のない男だった。その彼が、抵抗する暇もなくやられたというのか。

亡骸の側に膝をつき、傷口を検分する。首には、まるで鋭利な剃刀で一閃したかのような、細く深い切り傷があった。そこから流れ出た血が、草原の草を黒く染めている。致命傷は、この一撃だけ。あまりにも鮮やかな手際だった。

「ボス……コレハ……」

狩り部隊のリーダーが、信じられないという顔で呟く。俺も同感だった。これは獣の牙や爪による傷ではない。もっと洗練された、刃物による傷跡に近い。この森には、武器を使う知的生命体でもいるというのか。

その時だった。

「……見ロ」

ゴブリンの一人が、声を潜めて草原を指差した。

俺たちの視線の先。夕日に照らされた草原のあちこちに、白い影が点在していた。その数は、十……いや、二十はいるだろうか。

影は、ぴょこんと長い耳を立てた。赤い瞳が、夕日を反射して不気味に輝いている。その姿は、俺が前世で知る動物に酷似していた。

ウサギだ。

だが、その体躯は普通のウサギより一回り大きく、筋肉質だ。そして何より、その赤い瞳から放たれる殺気は、草食動物のそれとは全く異質だった。

「ウサギ……?」
「コンナ小サイ奴ガ、アイツヲ……?」

ゴブリンたちの間に、困惑と侮りが広がった。無理もない。自分たちの仲間が、あんな可愛らしい見た目の生き物に殺されたとは、にわかには信じがたいだろう。

だが俺は、警戒を解かなかった。あの探索隊員が死んだのは事実だ。そして、この草原にいる魔物は、あのウサギたちだけ。

「油断スルナ。奴ラハ、見タ目通リノ生キ物デハナイ」

俺の警告が、ゴブリンたちに届くよりも早く、事態は動いた。

「フザケルナ! 仲間ノ仇ダ!」

殺されたゴブリンと特に親しかった一体が、怒りに我を忘れ、棍棒を握りしめて草原へと飛び出した。

「待テ、馬鹿!」

俺の制止の声は、彼の耳には届かなかった。ゴブリンは一直線に、最も近くにいたウサギへと突進していく。

その瞬間、白い悪魔が本性を現した。

ウサギは、その場に屈み込むように姿勢を低くした。次の瞬間、その身体が地面を蹴る。まるで白い弾丸だった。

突進してきたゴブリンと、ウサギの軌道が交差する。

ゴブリンが振り下ろした棍棒は、むなしく空を切った。ウサギは既にそこにはいない。ゴブリンの足元を、目にも留まらぬ速さですり抜けていた。

「ア……?」

攻撃を外したゴブリンが、呆然と立ち尽くす。その首筋に、先ほどの仲間と同じ、一本の赤い線が走った。

ドッと、血が噴き出す。ゴブリンは声もなくその場に崩れ落ち、二度と動くことはなかった。

「……ナ……」

目の前で起きた惨劇に、全てのゴブリンが言葉を失った。速い。速すぎる。何が起きたのか、ほとんどの者が理解できていなかっただろう。

俺だけは、確かに見ていた。ウサギがゴブリンとすれ違う瞬間、その前足がカミソリのように鋭く煌めくのを。あれは、爪だ。骨さえ断ち切れそうなほどに研ぎ澄まされた、凶器。

キィ、とウサギが甲高い鳴き声を発した。それを合図に、草原にいた全てのウサギが一斉にこちらを向く。その赤い瞳は、明確な敵意と殺意に満ちていた。

奴らの名は、キラーラビット。この森の草原地帯に君臨する、俊敏なる狩人。

「陣形ヲ組メ! 背中合ワセニナレ!」

俺は即座に指示を飛ばした。ゴブリンたちは我に返り、慌てて円陣を組む。だが、その動きは恐怖で明らかに硬かった。

キラーラビットの群れが、動き出す。二十近い白い弾丸が、四方八方から俺たちに向かって殺到してきた。

「迎エ撃テ!」

リーダーの号令で、ゴブリンたちが棍棒を振るう。だが、その攻撃は全く当たらない。キラーラビットたちは、まるでゴブリンたちの動きを嘲笑うかのように、攻撃の寸前で軌道を変え、ひらりとかわしていく。

そして、すれ違い様に鋭い爪でゴブリンたちの身体を切り裂いていく。

「グアッ!」
「足ガ!」

悲鳴が次々と上がる。ゴブリンたちの脚や腕に、次々と深い傷が刻まれていく。致命傷ではない。だが、確実に出血させ、動きを鈍らせるための一撃。奴らは、狩りのやり方を熟知していた。

これが、組織的な狩り。統率の取れた、無駄のない動き。俺が自分の群れで実現しようとしている戦術を、この白い悪魔たちは、遥かに高いレベルで実践していた。

俺は棍棒を構え、一体のキラーラビットの突進を迎え撃った。奴の動きを先読みし、進路上に棍棒を叩きつける。

ガキン、という硬い感触。俺の棍棒は、確かに奴を捉えたはずだった。だが、キラーラビットは空中で体勢を捻り、棍棒を足場にしてさらに加速。俺の頬を浅く切り裂いて後方へと着地した。

「……クソッ」

頬を伝う生温かい血の感触に、俺は奥歯を噛み締めた。この速度は、今の俺たちの戦い方では、絶対に勝てない。

このままでは、全滅だ。

俺は即座に決断を下した。

「撤退スル! 全員、森ニ戻レ!」

「シカシ、ボス!」
「命令ダ! 殺サレタイノカ!」

俺の怒号に、ゴブリンたちは逡巡を振り払う。彼らは傷ついた仲間を庇いながら、一斉に森の中へと駆け込んだ。キラーラビットたちは、深追いしてくる様子はなかった。おそらく、草原が奴らの縄張りなのだろう。

森の中まで退避し、俺たちはようやく一息ついた。
生き残ったのは、十四体。探索に出た十八体のうち、四体が犠牲になった。負傷者は、俺を含めて七名。ほぼ半数が傷を負っている。

それは、紛れもない完敗だった。

ゴブリンたちの間に、重く、屈辱的な沈黙が落ちる。組織化し、連戦連勝を重ねてきた彼らの自信は、今日、木っ端微塵に砕け散ったのだ。

だが、俺の心は折れていなかった。むしろ、逆だった。

あの速度。あの連携。そして、あの爪。

もし、あれを食らうことができたなら。

俺は傷ついた頬の血を舐めながら、草原の方向を睨みつけた。その目には、恐怖ではなく、獰猛な捕食者の光が宿っていた。

どうやって、あの速度を殺すか。どうやって、あの連携を崩すか。

俺の頭脳は、既に次なる戦いのためのシミュレーションを開始していた。このまま引き下がるつもりなど、毛頭ない。食ってやる。必ず、あの白い悪魔どもを食らい尽くし、その力を俺のものにしてやる。

この森で生き残るためには、あの速さが必要不可欠だと、俺の本能が告げていた。
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