49 / 96
第48話 安定供給への道
しおりを挟む
軍備は、驚異的な速度で拡張された。黒光りする鎧と鋭い刃を持つ兵士たち。そして、城壁には試作型の対城兵器バリスタが据え付けられ、グラーヘイムは難攻不落の要塞と化しつつあった。
だが、どれだけ強大な軍隊も、腹が減っては戦はできぬ。
前世の言葉が、俺の頭をよぎった。
俺たちの食料事情は、いまだに狩猟と採集に大きく依存していた。狩り部隊の練度は上がり、効率は向上している。だが、それは天候や、森の魔物の生態という、不確定要素に左右される、あまりにも不安定な基盤だった。
現に、最近は冬の訪れが近いせいか、森の獲物が目に見えて減り始めていた。大備蓄庫の残量は、まだ余裕がある。だが、このままでは、いずれ底を突く日が来る。数百を超える連合軍の胃袋を満たし続けるには、狩りだけでは限界があった。
「兵站なき軍隊は、滅びる」
俺は、軍議の席で幹部たちに断言した。
「我々が真の国家として存続するためには、食料を、我々自身の手で、計画的に生み出す必要がある。すなわち、農耕だ」
農耕。その言葉に、オークもゴブリンも、ぴんとこない顔をしていた。彼らにとって、食料とは森で「獲る」ものであり、「作る」という発想そのものがなかったのだ。
唯一、その重要性を理解していたのは、リリアだった。
「ゴブ様のおっしゃる通りです。安定した食料供給は、国の礎。エルフも、かつては集落の周りで薬草や穀物を育てていました」
「だが、リリアよ」ガロンが、疑問を呈した。「この森の土で、本当に作物が育つのか? 日当たりも悪く、見たこともない雑草や虫も多い。我々には、その知識も経験もない」
彼の懸念は、もっともだった。
だが、俺には勝算があった。
「知識なら、ここにある」
俺は、自分の頭を指差した。ゾルガ長老から受け継いだ【古代知識】の中には、オーク族が遠い昔に試みた、原始的な農耕の記録が残っていた。それは、失敗の連続だったようだが、その失敗の記録こそが、何物にも代えがたい貴重なデータだった。
「そして、この土地を農耕に適した場所へと変える力も、我々にはある」
俺は幹部たちを連れ、グラーヘイムの南側に広がる、日当たりの良い広大な平野へと向かった。
「ここを、我々の『大農園』とする」
俺の宣言に、幹部たちは目の前の光景を見て言葉を失った。そこは、巨大な木々が根を張り、無数の岩が転がる、ただの荒れ地だったからだ。
「ここを……畑に?」
「そうだ」
俺は、再び連合軍の総力を結集させた。
オーク重装歩兵部隊は、その怪力で巨大な岩を運び出し、土地を平らにならす。
ゴブリン遊撃部隊は、その俊敏さで厄介な木の根を掘り起こし、雑草を刈り取っていく。
そして、オークの生産技術部隊は、【建築技術】を応用し、川から水を引くための、精巧な用水路を建設し始めた。
それは、都の建設にも劣らない、大規模な土木工事だった。
だが、一度都を築き上げたという成功体験は、彼らに大きな自信を与えていた。兵士たちは、文句一つ言わず、黙々と自分の役割をこなしていく。
そして、俺はリリアと共に、土壌そのものの改良に着手した。
「リリア、この土地の土は、酸性が強すぎる。作物を育てるには、これを中和する必要がある」
「中和、ですか?」
「ああ。灰を混ぜるんだ」
俺は、鍛冶場で日々大量に生み出される木炭の灰を、畑に運び込むよう指示した。さらに、家畜の糞や、調理で出た生ゴミなどを混ぜ合わせ、発酵させることで、「堆肥」を作り出した。化学的な知識を持たない彼らにとって、俺の行動は奇妙な儀式のように見えただろう。
だが、効果は絶大だった。
リリアが精霊魔法で土の様子を調べると、その表情が驚きに変わった。
「すごい……! 大地の力が、蘇っていきます……! こんな方法があったなんて……」
数週間後。
かつての荒れ地は、見違えるような広大な農地へと生まれ変わっていた。黒々とした肥沃な土が広がり、用水路が畑の隅々まで水を供給している。
俺たちは、ゾルガの知識にあった、寒さと病気に強いとされる二種類の作物――黒麦と、岩芋――の種を蒔いた。
種蒔きが終わった日、俺はリリアと二人で、夕日に染まる農地を眺めていた。
「本当に、芽が出るでしょうか……」
不安げに呟くリリアに、俺は答えた。
「出るさ。人事を尽くして、天命を待つ。今の俺たちにできることは、全てやった」
それから、俺たちは毎日、畑の様子を見守った。雑草を抜き、害虫を駆除し、水の量を調整する。それは、狩りのような刺激はない、地味で根気のいる作業の連続だった。
だが、その作業は、兵士たちの心に、狩猟民族だった彼らにはなかった、新たな感情を芽生えさせていた。
土地を慈しみ、作物の成長を祈る。
「育てる」という喜び。
そして、種を蒔いてから一月が経った朝。
農地を見回っていたゴブリンの一人が、歓声を上げた。
「芽だ! 芽が出てるぞ!」
その声に、誰もが畑へと駆けつけた。
黒い土を力強く押し上げて、小さな緑色の双葉が、いくつも顔を出していたのだ。
その光景を見た瞬間、ゴブリンも、オークも、種族を超えて、ただ純粋な子供のような笑顔で喜び合った。
ウォオオオオオ!
彼らが上げた雄叫びは、勝利の鬨の声ではなかった。
それは、自分たちの手で、無から有を生み出したことへの、生命そのものへの賛歌だった。
俺は、その小さな芽吹きを見つめながら、静かに確信していた。
この小さな一歩が、俺たちの組織を、流浪の戦闘集団から、大地に根を張る真の国家へと変える、決定的な一歩になるのだ、と。
狩猟に頼らない、食料の安定供給システム。
その歯車が、今、確かに回り始めた瞬間だった。
だが、どれだけ強大な軍隊も、腹が減っては戦はできぬ。
前世の言葉が、俺の頭をよぎった。
俺たちの食料事情は、いまだに狩猟と採集に大きく依存していた。狩り部隊の練度は上がり、効率は向上している。だが、それは天候や、森の魔物の生態という、不確定要素に左右される、あまりにも不安定な基盤だった。
現に、最近は冬の訪れが近いせいか、森の獲物が目に見えて減り始めていた。大備蓄庫の残量は、まだ余裕がある。だが、このままでは、いずれ底を突く日が来る。数百を超える連合軍の胃袋を満たし続けるには、狩りだけでは限界があった。
「兵站なき軍隊は、滅びる」
俺は、軍議の席で幹部たちに断言した。
「我々が真の国家として存続するためには、食料を、我々自身の手で、計画的に生み出す必要がある。すなわち、農耕だ」
農耕。その言葉に、オークもゴブリンも、ぴんとこない顔をしていた。彼らにとって、食料とは森で「獲る」ものであり、「作る」という発想そのものがなかったのだ。
唯一、その重要性を理解していたのは、リリアだった。
「ゴブ様のおっしゃる通りです。安定した食料供給は、国の礎。エルフも、かつては集落の周りで薬草や穀物を育てていました」
「だが、リリアよ」ガロンが、疑問を呈した。「この森の土で、本当に作物が育つのか? 日当たりも悪く、見たこともない雑草や虫も多い。我々には、その知識も経験もない」
彼の懸念は、もっともだった。
だが、俺には勝算があった。
「知識なら、ここにある」
俺は、自分の頭を指差した。ゾルガ長老から受け継いだ【古代知識】の中には、オーク族が遠い昔に試みた、原始的な農耕の記録が残っていた。それは、失敗の連続だったようだが、その失敗の記録こそが、何物にも代えがたい貴重なデータだった。
「そして、この土地を農耕に適した場所へと変える力も、我々にはある」
俺は幹部たちを連れ、グラーヘイムの南側に広がる、日当たりの良い広大な平野へと向かった。
「ここを、我々の『大農園』とする」
俺の宣言に、幹部たちは目の前の光景を見て言葉を失った。そこは、巨大な木々が根を張り、無数の岩が転がる、ただの荒れ地だったからだ。
「ここを……畑に?」
「そうだ」
俺は、再び連合軍の総力を結集させた。
オーク重装歩兵部隊は、その怪力で巨大な岩を運び出し、土地を平らにならす。
ゴブリン遊撃部隊は、その俊敏さで厄介な木の根を掘り起こし、雑草を刈り取っていく。
そして、オークの生産技術部隊は、【建築技術】を応用し、川から水を引くための、精巧な用水路を建設し始めた。
それは、都の建設にも劣らない、大規模な土木工事だった。
だが、一度都を築き上げたという成功体験は、彼らに大きな自信を与えていた。兵士たちは、文句一つ言わず、黙々と自分の役割をこなしていく。
そして、俺はリリアと共に、土壌そのものの改良に着手した。
「リリア、この土地の土は、酸性が強すぎる。作物を育てるには、これを中和する必要がある」
「中和、ですか?」
「ああ。灰を混ぜるんだ」
俺は、鍛冶場で日々大量に生み出される木炭の灰を、畑に運び込むよう指示した。さらに、家畜の糞や、調理で出た生ゴミなどを混ぜ合わせ、発酵させることで、「堆肥」を作り出した。化学的な知識を持たない彼らにとって、俺の行動は奇妙な儀式のように見えただろう。
だが、効果は絶大だった。
リリアが精霊魔法で土の様子を調べると、その表情が驚きに変わった。
「すごい……! 大地の力が、蘇っていきます……! こんな方法があったなんて……」
数週間後。
かつての荒れ地は、見違えるような広大な農地へと生まれ変わっていた。黒々とした肥沃な土が広がり、用水路が畑の隅々まで水を供給している。
俺たちは、ゾルガの知識にあった、寒さと病気に強いとされる二種類の作物――黒麦と、岩芋――の種を蒔いた。
種蒔きが終わった日、俺はリリアと二人で、夕日に染まる農地を眺めていた。
「本当に、芽が出るでしょうか……」
不安げに呟くリリアに、俺は答えた。
「出るさ。人事を尽くして、天命を待つ。今の俺たちにできることは、全てやった」
それから、俺たちは毎日、畑の様子を見守った。雑草を抜き、害虫を駆除し、水の量を調整する。それは、狩りのような刺激はない、地味で根気のいる作業の連続だった。
だが、その作業は、兵士たちの心に、狩猟民族だった彼らにはなかった、新たな感情を芽生えさせていた。
土地を慈しみ、作物の成長を祈る。
「育てる」という喜び。
そして、種を蒔いてから一月が経った朝。
農地を見回っていたゴブリンの一人が、歓声を上げた。
「芽だ! 芽が出てるぞ!」
その声に、誰もが畑へと駆けつけた。
黒い土を力強く押し上げて、小さな緑色の双葉が、いくつも顔を出していたのだ。
その光景を見た瞬間、ゴブリンも、オークも、種族を超えて、ただ純粋な子供のような笑顔で喜び合った。
ウォオオオオオ!
彼らが上げた雄叫びは、勝利の鬨の声ではなかった。
それは、自分たちの手で、無から有を生み出したことへの、生命そのものへの賛歌だった。
俺は、その小さな芽吹きを見つめながら、静かに確信していた。
この小さな一歩が、俺たちの組織を、流浪の戦闘集団から、大地に根を張る真の国家へと変える、決定的な一歩になるのだ、と。
狩猟に頼らない、食料の安定供給システム。
その歯車が、今、確かに回り始めた瞬間だった。
36
あなたにおすすめの小説
俺の職業は【トラップ・マスター】。ダンジョンを経験値工場に作り変えたら、俺一人のせいでサーバー全体のレベルがインフレした件
夏見ナイ
SF
現実世界でシステムエンジニアとして働く神代蓮。彼が効率を求めVRMMORPG「エリュシオン・オンライン」で選んだのは、誰にも見向きもされない不遇職【トラップ・マスター】だった。
周囲の冷笑をよそに、蓮はプログラミング知識を応用してトラップを自動連携させる画期的な戦術を開発。さらに誰も見向きもしないダンジョンを丸ごと買い取り、24時間稼働の「全自動経験値工場」へと作り変えてしまう。
結果、彼のレベルと資産は異常な速度で膨れ上がり、サーバーの経済とランキングをたった一人で崩壊させた。この事態を危険視した最強ギルドは、彼のダンジョンに狙いを定める。これは、知恵と工夫で世界の常識を覆す、一人の男の伝説の始まり。
M.M.O. - Monster Maker Online
夏見ナイ
SF
現実世界に居場所を見出せない大学生、神代悠。彼が救いを求めたのは、モンスターを自由に創造できる新作VRMMO『M.M.O.』だった。
彼が選んだのは、戦闘能力ゼロの不遇職【モンスターメイカー】。周囲に笑われながらも、悠はゴミ同然の素材と無限の発想力を武器に、誰も見たことのないユニークなモンスターを次々と生み出していく。
その常識外れの力は、孤高の美少女聖騎士や抜け目のない商人少女といった仲間を引き寄せ、やがて彼の名はサーバーに轟く。しかし、それは同時にゲームの支配を目論む悪徳ギルドとの全面対決の始まりを意味していた。
これは、最弱の職から唯一無二の相棒を創り出し、仲間と世界を守るために戦う、創造と成り上がりの物語。
雑魚で貧乏な俺にゲームの悪役貴族が憑依した結果、ゲームヒロインのモデルとパーティーを組むことになった
ぐうのすけ
ファンタジー
無才・貧乏・底辺高校生の稲生アキラ(イナセアキラ)にゲームの悪役貴族が憑依した。
悪役貴族がアキラに話しかける。
「そうか、お前、魂の片割れだな? はははははは!喜べ!魂が1つになれば強さも、女も、名声も思うがままだ!」
アキラは悪役貴族を警戒するがあらゆる事件を通してお互いの境遇を知り、魂が融合し力を手に入れていく。
ある時はモンスターを無双し、ある時は配信で人気を得て、ヒロインとパーティーを組み、アキラの人生は好転し、自分の人生を切り開いていく。
癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。
branche_noir
SF
<カクヨムSFジャンル週間1位>
<カクヨム週間総合ランキング最高3位>
<小説家になろうVRゲーム日間・週間1位>
現実に疲れたサラリーマン・ユウが始めたのは、超自由度の高いVRMMO《Everdawn Online》。
目的は“癒し”ただそれだけ。焚き火をし、魚を焼き、草の上で昼寝する。
モンスター討伐? レベル上げ? 知らん。俺はキャンプがしたいんだ。
ところが偶然懐いた“仔竜ルゥ”との出会いが、運命を変える。
テイムスキルなし、戦闘ログ0。それでもルゥは俺から離れない。
そして気づけば、森で焚き火してただけの俺が――
「魔物の軍勢を率いた魔王」と呼ばれていた……!?
癒し系VRMMO生活、誤認されながら進行中!
本人その気なし、でも周囲は大騒ぎ!
▶モフモフと焚き火と、ちょっとの冒険。
▶のんびり系異色VRMMOファンタジー、ここに開幕!
カクヨムで先行配信してます!
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
小国の若き王、ラスボスを拾う~何気なしに助けたラスボスたるダウナー系のヤンデレ魔女から愛され過ぎて辛い!~
リヒト
ファンタジー
人類を恐怖のどん底に陥れていた魔女が勇者の手によって倒され、世界は平和になった。そんなめでたしめでたしで終わったハッピーエンドから───それが、たった十年後のこと。
権力闘争に巻き込まれた勇者が処刑され、魔女が作った空白地帯を巡って世界各国が争い合う平和とは程遠い血みどろの世界。
そんな世界で吹けば飛ぶような小国の王子に転生し、父が若くして死んでしまった為に王となってしまった僕はある日、ゲームのラスボスであった封印され苦しむ魔女を拾った。
ゲーム知識から悪い人ではないことを知っていた僕はその魔女を助けるのだが───その魔女がヤンデレ化していた上に僕を世界の覇王にしようとしていて!?
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。
異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。
せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。
そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。
これは天啓か。
俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる