ゴブリンだって進化したい!~最弱モンスターに転生したけど、スキル【弱肉強食】で食って食って食いまくったら、気づけば魔王さえ喰らう神になってた

夏見ナイ

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第50話 空からの影

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その日のグラーヘイムは、穏やかな陽光に包まれていた。
大農園では、収穫期を迎えた黒麦の穂が、金色の海のように風に揺れている。オークもゴブリンも、子供たちまで総出で、楽しげに収穫作業に勤しんでいた。それは、俺がこの世界に来てから、最も平和で、満ち足りた光景だった。

俺は、王城のバルコニーから、その光景を満足げに眺めていた。ガロンが隣に立ち、同じように目を細めている。

「見事なものですな、ボス。これほどの収穫があれば、向こう一年は食料に困ることはありますまい」
「ああ。これも、皆の働きのおかげだ」

全てが、順調だった。
軍事、内政、食料。国家の歯車は、完璧に噛み合って回転している。このまま、冬を越せば、俺たちの国はさらに盤石なものとなるだろう。

そう思った、その瞬間だった。

突如として、空が翳った。
まるで、太陽が巨大な何かに覆われたかのように、グラーヘイム全体が薄暗い影に包まれたのだ。

「……何だ?」

ガロンが、訝しげに空を見上げる。収穫作業をしていた住民たちも、一斉に動きを止め、空を見上げていた。

俺の【危機察知】スキルが、これまでにないレベルで、けたたましく警鐘を鳴らし始めた。全身の毛が逆立ち、本能が「逃げろ」と叫んでいる。グレートボアや、人間のパーティと対峙した時の比ではない。これは、次元の違う、絶対的な脅威。

俺は、空に浮かぶ「影」の正体を、ゆっくりと認識した。

それは、一匹の生き物だった。
だが、その大きさは、グレートボアさえも子供のように見えるほど、巨大だった。

爬虫類のような、硬い鱗に覆われた身体。コウモリの翼を何十倍にも引き伸ばしたような、巨大な皮膜の翼。そして、長くしなやかな首の先には、鋭い牙が並ぶ、獰猛な竜の頭があった。

「……ワイバーン……」

俺の口から、無意識にその名が漏れた。
リリアや、ゾルガ長老から受け継いだ知識の中に、その名はあった。グラーヴェ大森林の、生態系の頂点。空の絶対王者。下位のドラゴンとも言われる、凶悪な飛竜。

だが、知識として知っているのと、実物を目の当たりにするのとでは、全く意味が違った。
その圧倒的な存在感。天を覆うほどの巨体。そして、遥か上空からでも伝わってくる、見下すような冷たい殺意。

グラーヘイムの住民たちが、恐怖に凍りつく。
子供たちは泣き叫び、大人たちは為す術もなく、空の怪物を見上げているだけだった。

「ひ、ひぃ……!」
「な、なんだ、アレは……!」

平和な収穫祭の雰囲気は、一瞬にして地獄のパニックへと変わった。

ワイバーンは、俺たちの都の上空を、悠然と旋回していた。まるで、眼下に広がる獲物を品定めするかのように。

そして、その狙いを定めた。
目標は、金色の海のように広がる、黒麦の大農園。

「ブレスが来るぞ!」

俺は、腹の底から絶叫した。
【魔王の覇気】を最大限に放ち、パニックに陥る住民たちに、強制的に命令を叩き込む。

「伏せろ! 全員、地面に伏せろ!」

俺の覇気に打たれ、住民たちは反射的にその場に身を伏せた。

次の瞬間。
ワイバーンの巨大な顎が、大きく開かれた。その喉の奥で、灼熱の光が、太陽のように凝縮されていく。

そして、放たれた。

ゴオオオオオオッ!

空気を焦がす轟音と共に、灼熱の炎の奔流が、一直線に大農園へと降り注いだ。
それは、魔術師が放ったファイア・スネークなど、児戯に等しい。天災そのものだった。

炎のブレスが着弾した瞬間、大農園は爆発した。
大地が揺れ、衝撃波が王城の壁さえも震わせる。

俺たちが、何か月もかけて育て上げてきた、収穫間近の黒麦の畑。それが、たった一撃で、広範囲にわたって燃え盛る焦土と化したのだ。

幸い、俺の指示で住民たちは伏せていたため、直撃を受けた者はいなかった。だが、爆風と熱波で、何人かが吹き飛ばされ、火傷を負っていた。

ワイバーンは、自らが引き起こした惨状を、満足げに見下ろしている。
そして、ゆっくりと翼を羽ばたかせ、何事もなかったかのように、森の奥深くへと飛び去っていった。

後に残されたのは、燃え盛る畑と、黒い煙、そして、呆然と立ち尽くす住民たちの、絶望だけだった。

「……嘘だろ……」

ガロンが、信じられないという顔で、黒焦げになった農園を見つめている。
「我々の……我々の麦が……」

住民たちの間から、嗚咽が漏れ始めた。
この収穫は、彼らにとって、自分たちの手で未来を掴む、希望の象徴だった。それが、理由もなく、一方的に、たった一匹の魔物によって、踏みにじられた。

理不尽だ。
俺が、この世界に来てから、ずっと戦い続けてきた、理不-尽そのもの。

俺は、燃え盛る畑を、そして絶望に打ちひしがれる仲間たちの顔を、ただ黙って見つめていた。
怒り、悲しみ、そして無力感。様々な感情が、俺の中で渦巻いていた。

俺たちは、強くなったはずだった。
国家を築き、軍隊を組織し、もはや森のいかなる脅威にも屈しないと、そう信じていた。

だが、違った。
俺たちは、まだこの森の本当のルールを知らなかっただけなのだ。
この森の空には、俺たち地上の者たちの営みなど、虫ケラの遊びに等しいと嘲笑う、絶対的な支配者がいた。

俺は、ワイバーンが消えていった空を、静かに、しかし燃えるような憎しみを込めて、睨みつけた。

「……ワイバーン」

俺は、その名を、奥歯を噛み砕くほどの力で呟いた。

お前が、この森の王だというのか。
ならば、その王座から、引きずり下ろしてやる。

お前の翼をへし折り、その肉を喰らい、その力を、根こそぎ奪い取ってやる。

この日、グラーヘイムの平和は終わった。
そして、森の真の支配者の座を賭けた、俺たちの新たな戦いが、静かに、そして確実な憎しみと共に、始まろうとしていた。
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