ゴブリンだって進化したい!~最弱モンスターに転生したけど、スキル【弱肉強食】で食って食って食いまくったら、気づけば魔王さえ喰らう神になってた

夏見ナイ

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第51話 絶対的な空の支配者

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黒い煙が、グラーヘイムの空を覆っていた。
俺たちが丹精込めて育てた黒麦の畑は、その大半が焦土と化し、収穫の喜びは絶望のため息に変わった。住民たちは、言葉もなく焼け跡を眺め、あるいは傷ついた仲間を運び、その顔には深い無力感が刻まれている。

絶対的な暴力。
それは、何の脈絡もなく、ただ気まぐれに、天から降ってきた。

「……ボス。このままでは、皆の心が折れてしまいます」

隣に立つガロンが、苦渋に満ちた声で言った。彼の誇りであった連合軍も、空からの攻撃に対しては、あまりにも無力だった。弓矢は届かず、自慢の戦斧も、空を舞う敵にはただの鉄の塊でしかない。

「分かっている」

俺は、王城の広場に全員を集めるよう命じた。
集まった住民たちの顔は、暗く、俯いている者も多い。俺が築き上げた秩序と自信は、たった一匹のワイバーンの、たった一撃のブレスで、もろくも崩れ去ろうとしていた。

俺は、彼らの前に立ち、静かに口を開いた。

「昨日、我々は全てを失いかけた。我々の希望であった大農園は焼かれ、仲間が傷ついた。空の王、ワイバーン。その力は、確かに絶大だ」

俺が敗北を認めるような言葉を口にしたことで、住民たちの間に、さらに重い空気が流れる。

「我々では……勝てないのではないか」
「この土地は、呪われているのかもしれない」
「逃げるべきだ。あの化け物が、また来ないうちに……」

そんな囁きが、あちこちから聞こえてくる。

「逃げるだと?」

俺の声が、豹変した。ゴブリンロードとしての【魔王の覇気】を最大限に放ち、広場の空気全体を凍りつかせる。囁きは止み、全ての者が恐怖に縛られたように俺を見上げた。

「どこへ逃げるというのだ! この森のどこに、あのワイバーンから隠れられる安全な場所がある! 洞窟か? 砦か? 我々がこの手で築き上げた、このグラーヘイム以上に安全な場所など、どこにもない!」

俺の怒号が、彼らの心を直接殴りつけた。

「思い出せ! 我々が何のためにこの都を築いたのか! 飢えに怯え、強い者に虐げられるだけの毎日から抜け出すためではなかったのか! 種族の垣根を越え、我々の手で、我々の未来を掴むためではなかったのか!」

俺は、一人一人の顔を見ながら、語り掛けた。

「それを、たった一度の敗北で、全て投げ出すのか。あの空飛ぶトカゲ一匹に、我々の誇りと未来を、明け渡すというのか! 俺は、認めん!」

俺の言葉に、住民たちの目に、少しずつ光が戻り始めていた。絶望に染まっていた心に、俺の覇気が、強制的に闘志の火を灯していく。

「奴が王だというのなら、その玉座から引きずり下ろすまでだ。奴が空を飛ぶのなら、その翼をへし折ってやればいい。我々には、それだけの力と、そして知恵があるはずだ。忘れたか? 我々は、グレートボアを倒し、オークの軍団を屈服させた、魔森連合軍なのだぞ!」

そうだ、と誰かが言った。
そうだ、俺たちは勝ってきたじゃないか、と別の誰かが続いた。
小さな声は、やがて大きなうねりとなり、広場全体を包み込む。

「ウォオオオオオ!」

ゴブリンたちが、雄叫びを上げた。
「グルオオオオオ!」
オークたちもまた、戦斧を天に突き上げて応えた。

絶望は、闘志へと変わった。
俺は、この群れの王として、彼らの心を再び一つにすることに成功したのだ。

「だが」と俺は、熱狂する彼らを制した。「感情だけでは勝てん。あのワイバーンを倒すには、情報が必要だ。奴がどこに棲み、何を食い、いつ眠るのか。そして、奴の弱点はどこにあるのか。それを、知らねばならん」

俺は、連合軍全体を見渡し、宣言した。
「これより、対ワイバーン斥候部隊を編成する。任務は、ワイバーンの生態調査。これまでにない、最も危険な任務となるだろう。生きて帰れる保証はない」

俺は、続けた。
「この任務は、命令ではない。志願者を募る。死を覚悟の上で、この国の未来のために、その命を賭けられる者は、一歩前へ出ろ」

静寂が、広場を支配した。
誰もが、その任務の過酷さを理解していた。空を飛ぶ敵を偵察する。それは、自殺行為に等しい。

だが、その沈黙を破り、一人のゴブリンが、静かに一歩前に出た。
それは、斥候部隊の新たなリーダーだった。兄をオークに殺され、その復讐心と俺への忠誠心で、数々の功績を上げてきた男だ。

「我が王。この命、連合の未来のために」

彼に続くように、さらに数名のゴブリンと、そして意外にも、二人の若いオークが前に進み出た。彼らは、まだ若いが、その目には強い決意の光が宿っている。

「我らオークの誇りに懸けて。空の王者に、一矢報いる機会を」

最終的に、五名の兵士が志願した。三人のゴブリンと、二人のオーク。種族混成の、決死隊だ。

俺は、彼らの前に立ち、一人一人の顔を、その目に焼き付けた。
「お前たちの勇気に、感謝する。必ず、生きて帰れ。お前たちが持ち帰る情報こそが、我々の唯一の希望だ」

俺は彼らに、最高の装備と、リリアが作ったポーション、そして転移の巻物を持たせた。万が一の時のための、最後の切り札だ。

五人の斥候は、仲間たちの万歳に送られ、ワイバーンが消えていった森の中央へと、その姿を消していった。

彼らが去ってから、数日が過ぎた。
グラーヘイムでは、復旧作業と、対空兵器の開発が急ピッチで進められていた。だが、誰もが、斥候たちの安否を気遣っていた。

そして、出発から五日目の夜。
見張り台から、悲鳴のような声が上がった。

「斥候だ! 斥候が、帰ってきた!」

俺たちが城門へと駆けつけると、そこにいたのは、信じがたいほど無残な姿だった。
五人いたはずの斥候は、たった一人しかいない。それも、ゴブリンのリーダーだった。
彼の身体は、半身が焼け爛れ、鎧は溶け落ち、もはや立っているのが不思議なほどの深手を負っていた。

「……ボス……報告……」

彼は、俺の腕の中に倒れ込み、血反吐を吐きながら、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「見……つけました……奴らの、巣を……」

奴ら? 複数形だった。

「森ノ中央……天ヲ突ク巨大ナ山……仲間タチハ、皆、ソコデ……」
彼の話によれば、ワイバーンは一匹ではなかった。森の中央にそびえる巨大な山に、大小数十体のワイバーンが巣くっていたのだ。彼らは、その山に近づいた斥候部隊を発見し、遊びのように、一方的な空からの虐殺を開始した。

仲間たちは、次々とブレスの餌食となり、あるいは上空から掴み上げられ、地面に叩きつけられて死んだ。彼は、仲間のオークが盾となり、自分が転移の巻物を使う時間を稼いでくれたおかげで、かろうじてこの場に帰還できたのだという。

「山ノ名ハ……聞キマシタ……麓ノ村デ……『竜哭山(りゅうこくざん)』……竜ガ、鳴ク山……」

それが、彼の最後の言葉だった。
彼の腕は、だらりと力を失い、その瞳から光が消えた。

俺は、腕の中で冷たくなっていく仲間を、ただ黙って抱きしめていた。
絶対的な空の支配者。
その脅威は、もはや一体の強力な魔物というレベルではない。数十体を擁する、「軍団」だったのだ。

俺たちの前には、あまりにも巨大で、絶望的な壁が、再び立ちはだかっていた。
竜が鳴く山、竜哭山。
その名を、俺は静かに、しかし深い憎しみを込めて、繰り返した。
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