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第56話 囮作戦
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グラーヘイムの防衛網は完成した。城壁に並ぶ十機のバリスタは、空の王者にさえ脅威を与えうる俺たちの切り札だ。だが、俺はこのまま敵が攻めてくるのをただ待ち続けるつもりはなかった。
籠城はジリ貧への道だ。
本当の勝利を掴むためには、こちらから打って出て脅威の根源を断つ必要がある。
俺は王城の作戦室に、ガロンと各軍団長、そしてリリアを招集した。議題は言うまでもなく「竜哭山攻略」だ。
「我々は竜哭山を攻める。だが、正面から挑むのは自殺行為だ」
俺は斥候部隊が命懸けで持ち帰った、竜哭山周辺の地図を広げた。
「敵は数十体のワイバーンの軍団。山全体が奴らの縄張りであり要塞だ。闇雲に近づけば、先発の斥候部隊の二の舞になる」
「では、どうするのですか、ボス」
ガロンが真剣な眼差しで問いかける。
「敵の戦力を分断する。そして、我々が有利に戦える場所へ引きずり出すんだ」
俺は地図上の一点を指差した。それは、竜哭山の麓に広がる岩だらけの荒野だった。
「ワイバーンの主食は、この辺りに生息するロックリザードだという情報がある。奴らは腹が減れば、この荒野に降りてきて狩りをするはずだ」
「なるほど。そこを叩く、と?」
「いや、違う」俺は首を横に振った。「我々が奴らのための『餌場』を用意してやるんだ」
俺の言葉に、幹部たちが首を傾げる。
「これより、連合軍の狩り部隊は総力を挙げ、ロックリザードを可能な限り狩り集める。だが、殺したリザードは持ち帰らない。全てあの荒野に放置しろ。それも、一箇所に山のようにだ」
「……それは一体、何のために?」
「囮だ」俺は断言した。「大量の、何の苦労もなく手に入る餌。その匂いに腹を空かせた下位のワイバーンたちが必ず食いついてくる。奴らは空の王者であるが故に油断し警戒を怠るだろう。そして、地上に降りて餌に夢中になっている無防備な瞬間。そこを、我らが誇る『飛竜狩り部隊』が奇襲する」
それは、ワイバーンという強大な敵の生態と習性を逆手に取った、狡猾な罠だった。
「この作戦の目的は二つ。一つは敵の戦力を少しでも削ること。もう一つは、我々の兵士たちにワイバーンを狩るという初めての成功体験を積ませることだ。この戦いで『ワイバーンは我々でも倒せる敵だ』という自信を全軍に植え付ける」
俺の作戦を聞き、幹部たちの目に再び闘志の火が宿った。
それは力と力のぶつかり合いではない。知恵と知恵の騙し合い。彼らは、俺が最も得意とする戦いのやり方を既に理解していた。
作戦は直ちに開始された。
ガロン率いる鉄槌軍団と疾風軍団がロックリザードの生息地へと出撃する。彼らは、もはや一体の魔物を狩るのに苦労するようなかつての姿ではなかった。統率の取れた動きで、次々とロックリザードを仕留めていく。
そして、その亡骸は計画通り、竜哭山の麓の荒野へと運ばれ、巨大な肉の山を築き上げていった。数日で、荒野には強烈な腐臭と血の匂いが立ち込めるようになった。
一方、俺が率いる飛竜狩り部隊は、荒野を見下ろせる絶好の狙撃ポイントに陣取っていた。
岩陰や森の茂みに十機のバリスタを巧妙に隠し、偽装を施す。そこからは荒野の肉の山が、まるで眼下にあるかのように、はっきりと見渡せた。
兵士たちは息を殺し、静かに獲物が現れるのを待つ。
その手には、竜殺しの杭が固く握りしめられていた。
一日、二日と時間は過ぎていく。
焦りと緊張が部隊全体を支配し始めていた。
「ボス……本当に奴らは現れるのでしょうか」
分隊長の一人が不安げに呟く。
「待て」俺は短く応えた。「狩りとは待つことだ。焦れた方が負ける」
そして、三日目の昼過ぎ。
ついにその時が来た。
遥か上空、竜哭山の方向から、数点の黒い影がこちらへと向かってくるのが見えた。
「来たぞ……!」
部隊に緊張が走る。
影は徐々に大きくなり、その姿を現した。ワイバーンだ。だが、先日グラーヘイムを襲った個体よりは一回りも二回りも小さい。おそらく群れの中でも若く下位の個体なのだろう。その数、五体。
奴らは荒野の上空を旋回し、警戒しているようだった。だが、地上から立ち上る強烈な餌の匂いは、彼らの本能を抗いがたいほどに刺激している。
やがて一体のワイバーンがしびれを切らしたように地上へと降下を始めた。
それに続くように、残りの四体も次々と荒野へと舞い降りる。
奴らは地上に降り立つと、もはや空の王者の威厳はなかった。ただの腹を空かせた巨大な獣だ。我先にとロックリザードの死体の山に食らいつき、その肉を貪り始めた。
周囲への警戒は完全に解けていた。
まさに、俺が狙っていた無防備な瞬間。
俺は照準器を覗き込み、餌に夢中になっているワイバーンの一体に狙いを定めた。
そして、全ての部隊に聞こえるように、静かに、しかし力強く命令を下した。
「――時は来た」
「全機、攻撃準備!」
兵士たちが、淀みない動きで最後の照準合わせを行う。
「目標、眼下のトカゲども!」
俺は深く息を吸い込んだ。
「――撃ち方、始め!」
俺の号令が静寂の荒野に響き渡った。
十機のバリスタが同時に火を噴く。
十本の黒い杭が空気を引き裂く絶叫と共に、獲物へと殺到した。
それは、地上の虫ケラたちによる空の王者への最初の反撃の狼煙だった。
籠城はジリ貧への道だ。
本当の勝利を掴むためには、こちらから打って出て脅威の根源を断つ必要がある。
俺は王城の作戦室に、ガロンと各軍団長、そしてリリアを招集した。議題は言うまでもなく「竜哭山攻略」だ。
「我々は竜哭山を攻める。だが、正面から挑むのは自殺行為だ」
俺は斥候部隊が命懸けで持ち帰った、竜哭山周辺の地図を広げた。
「敵は数十体のワイバーンの軍団。山全体が奴らの縄張りであり要塞だ。闇雲に近づけば、先発の斥候部隊の二の舞になる」
「では、どうするのですか、ボス」
ガロンが真剣な眼差しで問いかける。
「敵の戦力を分断する。そして、我々が有利に戦える場所へ引きずり出すんだ」
俺は地図上の一点を指差した。それは、竜哭山の麓に広がる岩だらけの荒野だった。
「ワイバーンの主食は、この辺りに生息するロックリザードだという情報がある。奴らは腹が減れば、この荒野に降りてきて狩りをするはずだ」
「なるほど。そこを叩く、と?」
「いや、違う」俺は首を横に振った。「我々が奴らのための『餌場』を用意してやるんだ」
俺の言葉に、幹部たちが首を傾げる。
「これより、連合軍の狩り部隊は総力を挙げ、ロックリザードを可能な限り狩り集める。だが、殺したリザードは持ち帰らない。全てあの荒野に放置しろ。それも、一箇所に山のようにだ」
「……それは一体、何のために?」
「囮だ」俺は断言した。「大量の、何の苦労もなく手に入る餌。その匂いに腹を空かせた下位のワイバーンたちが必ず食いついてくる。奴らは空の王者であるが故に油断し警戒を怠るだろう。そして、地上に降りて餌に夢中になっている無防備な瞬間。そこを、我らが誇る『飛竜狩り部隊』が奇襲する」
それは、ワイバーンという強大な敵の生態と習性を逆手に取った、狡猾な罠だった。
「この作戦の目的は二つ。一つは敵の戦力を少しでも削ること。もう一つは、我々の兵士たちにワイバーンを狩るという初めての成功体験を積ませることだ。この戦いで『ワイバーンは我々でも倒せる敵だ』という自信を全軍に植え付ける」
俺の作戦を聞き、幹部たちの目に再び闘志の火が宿った。
それは力と力のぶつかり合いではない。知恵と知恵の騙し合い。彼らは、俺が最も得意とする戦いのやり方を既に理解していた。
作戦は直ちに開始された。
ガロン率いる鉄槌軍団と疾風軍団がロックリザードの生息地へと出撃する。彼らは、もはや一体の魔物を狩るのに苦労するようなかつての姿ではなかった。統率の取れた動きで、次々とロックリザードを仕留めていく。
そして、その亡骸は計画通り、竜哭山の麓の荒野へと運ばれ、巨大な肉の山を築き上げていった。数日で、荒野には強烈な腐臭と血の匂いが立ち込めるようになった。
一方、俺が率いる飛竜狩り部隊は、荒野を見下ろせる絶好の狙撃ポイントに陣取っていた。
岩陰や森の茂みに十機のバリスタを巧妙に隠し、偽装を施す。そこからは荒野の肉の山が、まるで眼下にあるかのように、はっきりと見渡せた。
兵士たちは息を殺し、静かに獲物が現れるのを待つ。
その手には、竜殺しの杭が固く握りしめられていた。
一日、二日と時間は過ぎていく。
焦りと緊張が部隊全体を支配し始めていた。
「ボス……本当に奴らは現れるのでしょうか」
分隊長の一人が不安げに呟く。
「待て」俺は短く応えた。「狩りとは待つことだ。焦れた方が負ける」
そして、三日目の昼過ぎ。
ついにその時が来た。
遥か上空、竜哭山の方向から、数点の黒い影がこちらへと向かってくるのが見えた。
「来たぞ……!」
部隊に緊張が走る。
影は徐々に大きくなり、その姿を現した。ワイバーンだ。だが、先日グラーヘイムを襲った個体よりは一回りも二回りも小さい。おそらく群れの中でも若く下位の個体なのだろう。その数、五体。
奴らは荒野の上空を旋回し、警戒しているようだった。だが、地上から立ち上る強烈な餌の匂いは、彼らの本能を抗いがたいほどに刺激している。
やがて一体のワイバーンがしびれを切らしたように地上へと降下を始めた。
それに続くように、残りの四体も次々と荒野へと舞い降りる。
奴らは地上に降り立つと、もはや空の王者の威厳はなかった。ただの腹を空かせた巨大な獣だ。我先にとロックリザードの死体の山に食らいつき、その肉を貪り始めた。
周囲への警戒は完全に解けていた。
まさに、俺が狙っていた無防備な瞬間。
俺は照準器を覗き込み、餌に夢中になっているワイバーンの一体に狙いを定めた。
そして、全ての部隊に聞こえるように、静かに、しかし力強く命令を下した。
「――時は来た」
「全機、攻撃準備!」
兵士たちが、淀みない動きで最後の照準合わせを行う。
「目標、眼下のトカゲども!」
俺は深く息を吸い込んだ。
「――撃ち方、始め!」
俺の号令が静寂の荒野に響き渡った。
十機のバリスタが同時に火を噴く。
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