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第61話 敵巣の全貌
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作戦決行の日は、不気味なほどに晴れ渡っていた。
竜哭山の麓に広がる森の中、俺たち連合軍は息を殺して潜んでいた。陽動を担うガロン率いる主力部隊と、俺が率いる少数精鋭の急襲部隊。二つの部隊が、それぞれの持ち場で静かにその時を待つ。
「ボス。皆、準備は万端です」
ガロンが俺の元へ最後の報告に来た。彼の顔には大役を前にした武者震いと、俺への信頼が浮かんでいる。
「陽動は必ず成功させてみせます。ご武運を」
「ああ。お前も、死ぬなよ」
短い言葉を交わし、俺たちは別れた。ガロンは主力部隊の元へ、俺は『黒曜の爪』の精鋭五名と共に山の裏側へと回り込む。
陽動部隊が行動を開始する正午。
その時を、俺たちは静かに待った。
やがて、山の向こう側、麓の方角から地響きのような雄叫びと、木々がなぎ倒される轟音が響き渡ってきた。
ガロンたちが作戦を開始したのだ。
「グルオオオオオ!」
「虫ケラどもが! 出てこい!」
オークたちの挑発的な鬨の声が山全体に響き渡る。
それに呼応するように、竜哭山が目を覚ました。
「ギシャアアアアア!」
山の中腹や頂上付近の巣から次々とワイバーンたちが飛び立っていく。その数は俺が偵察で確認した通り三十体近く。空を覆い尽くすほどの飛竜の群れが、麓の陽動部隊めがけて一斉に降下を開始した。
「よし、今だ! 行くぞ!」
敵の注意が完全に地上へ向いた、その瞬間。
俺たち急襲部隊は行動を開始した。
俺たちは山の裏側に回り込み、ほとんど垂直に切り立った崖を音もなく登り始めた。ゴブリンロードに進化した俺の身体能力と、選び抜かれた精鋭たちの技量をもってすれば、この程度の崖登りは造作もない。
眼下では既に激しい戦闘が始まっていた。
ワイバーンたちが吐き出す炎のブレスが森を焼き大地を焦がす。だが、ガロンの部隊は俺が指示した通り、決して深追いはしない。巧みに森の中を移動し、木々を盾にしながら持ち込んだバリスタで威嚇射撃を繰り返している。見事な指揮だった。
「急げ! 奴らが戻ってくる前に頂上へたどり着く!」
俺たちは崖を駆け上がり、ワイバーンたちが飛び立って空になった岩棚の巣を次々と通過していく。
巣の中は想像以上に簡素だった。枯れ木や獣の骨が散乱し、強烈な腐臭が漂っている。
そして、俺たちはついに山の頂上付近、ワイバーンロードがいたはずの巨大な玉座のような岩棚へとたどり着いた。
ロードの姿はない。彼もまた麓の騒ぎを鎮圧するために出払っているようだった。
「……これが敵の巣の全貌か」
頂上から見下ろす光景は圧巻だった。
無数の岩棚がまるで巨大な蜂の巣のように山の中腹に広がっている。そして、その全てがワイバーンたちの住処となっている。
この山そのものが一つの巨大な生命体。それが竜哭山だった。
「ボス、あれを!」
部下の一人が声を潜めて指差した。
その先、ロードの巣の最も奥まった場所に洞窟のような横穴があった。そして、その入り口から微かな魔力の光が漏れ出している。
俺たちは慎重にその洞窟へと近づいた。
中に入ると、そこは驚くほど広く、そして暖かかった。地熱でもあるのか壁がじんわりと熱を帯びている。
そして、その中央に信じられない光景が広がっていた。
「……卵だ」
そこはワイバーンの孵化場だったのだ。
人間の子供ほどの大きさの硬い殻に覆われた卵が数十個、整然と並べられている。卵は地熱によって温められ、その殻を通して内部の生命の鼓動が微かな光となって明滅していた。
「……どうしますか、ボス。これを破壊すれば奴らの未来を断つことができます」
部下の一人が非情な提案をした。
確かにここで卵を全て破壊すれば、ワイバーンという種族に壊滅的な打撃を与えられるだろう。戦略的にはそれが最も正しい選択なのかもしれない。
俺は一つの卵にそっと手を触れた。
温かい。そして、俺の魔力に呼応するかのように中の光が少しだけ強く輝いた。
こいつらも生きている。
まだ見ぬ世界を夢見て、この殻の中で懸命に生きている。
俺の脳裏に、リリアに庇われ怯えていたエルフの子供、ルゥの顔が浮かんだ。
彼もまた戦いの中で親を失い、一人で生き延びてきた小さな命だった。
俺は静かに首を横に振った。
「……破壊はしない」
「しかし!」
「俺たちの敵は今、我々と戦っているワイバーンたちだ。まだ生まれぬ罪のない命まで奪うのは俺のやり方ではない」
それは合理性を重んじる俺らしくない、感情的な判断だったかもしれない。
だが、俺は憎しみの連鎖の先に真の勝利はないことを知っていた。
「それに」と俺は続けた。「これらは破壊するよりも、もっと価値のある使い道がある」
俺は部下たちに命じた。
「運べるだけの卵を持ち帰るぞ」
「……えっ? 持ち帰る、ですか?」
部下たちは俺の意図を測りかねて困惑していた。
「ああ。こいつらを俺たちの手で孵化させ育て、そして調教する。そうすればいずれ、俺たち自身の『竜騎士団』を創設できるかもしれん」
それはあまりにも壮大で突拍子もない構想だった。
敵の卵を奪い、自軍の戦力とする。
そんなことを考えつく王が、この世界のどこにいただろうか。
部下たちは一瞬呆然とした後、やがてその顔に畏敬と興奮の色を浮かべた。
彼らの王は常に、彼らの想像の遥か先を見ている。
俺たちが慎重に卵を運び出そうとした、その時だった。
「――ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
山の麓から天を突き破るかのような凄まじい怒りの咆哮が響き渡ってきた。
それはこれまで聞いたどんなワイバーンの鳴き声とも違う、次元の違う王の咆哮だった。
ワイバーンロードが巣の異変に気づいたのだ。
「まずい! 全速力で撤退するぞ!」
俺は部下たちに叫んだ。
背後から、凄まじい速度で巨大な影が迫ってくるのが肌で感じられた。
王が帰還する。
怒りに燃えるこの山の絶対的な支配者が、俺たちという巣を荒らす不届き者を処刑するために。
崖の上での死の鬼ごっこが、今、始まろうとしていた。
竜哭山の麓に広がる森の中、俺たち連合軍は息を殺して潜んでいた。陽動を担うガロン率いる主力部隊と、俺が率いる少数精鋭の急襲部隊。二つの部隊が、それぞれの持ち場で静かにその時を待つ。
「ボス。皆、準備は万端です」
ガロンが俺の元へ最後の報告に来た。彼の顔には大役を前にした武者震いと、俺への信頼が浮かんでいる。
「陽動は必ず成功させてみせます。ご武運を」
「ああ。お前も、死ぬなよ」
短い言葉を交わし、俺たちは別れた。ガロンは主力部隊の元へ、俺は『黒曜の爪』の精鋭五名と共に山の裏側へと回り込む。
陽動部隊が行動を開始する正午。
その時を、俺たちは静かに待った。
やがて、山の向こう側、麓の方角から地響きのような雄叫びと、木々がなぎ倒される轟音が響き渡ってきた。
ガロンたちが作戦を開始したのだ。
「グルオオオオオ!」
「虫ケラどもが! 出てこい!」
オークたちの挑発的な鬨の声が山全体に響き渡る。
それに呼応するように、竜哭山が目を覚ました。
「ギシャアアアアア!」
山の中腹や頂上付近の巣から次々とワイバーンたちが飛び立っていく。その数は俺が偵察で確認した通り三十体近く。空を覆い尽くすほどの飛竜の群れが、麓の陽動部隊めがけて一斉に降下を開始した。
「よし、今だ! 行くぞ!」
敵の注意が完全に地上へ向いた、その瞬間。
俺たち急襲部隊は行動を開始した。
俺たちは山の裏側に回り込み、ほとんど垂直に切り立った崖を音もなく登り始めた。ゴブリンロードに進化した俺の身体能力と、選び抜かれた精鋭たちの技量をもってすれば、この程度の崖登りは造作もない。
眼下では既に激しい戦闘が始まっていた。
ワイバーンたちが吐き出す炎のブレスが森を焼き大地を焦がす。だが、ガロンの部隊は俺が指示した通り、決して深追いはしない。巧みに森の中を移動し、木々を盾にしながら持ち込んだバリスタで威嚇射撃を繰り返している。見事な指揮だった。
「急げ! 奴らが戻ってくる前に頂上へたどり着く!」
俺たちは崖を駆け上がり、ワイバーンたちが飛び立って空になった岩棚の巣を次々と通過していく。
巣の中は想像以上に簡素だった。枯れ木や獣の骨が散乱し、強烈な腐臭が漂っている。
そして、俺たちはついに山の頂上付近、ワイバーンロードがいたはずの巨大な玉座のような岩棚へとたどり着いた。
ロードの姿はない。彼もまた麓の騒ぎを鎮圧するために出払っているようだった。
「……これが敵の巣の全貌か」
頂上から見下ろす光景は圧巻だった。
無数の岩棚がまるで巨大な蜂の巣のように山の中腹に広がっている。そして、その全てがワイバーンたちの住処となっている。
この山そのものが一つの巨大な生命体。それが竜哭山だった。
「ボス、あれを!」
部下の一人が声を潜めて指差した。
その先、ロードの巣の最も奥まった場所に洞窟のような横穴があった。そして、その入り口から微かな魔力の光が漏れ出している。
俺たちは慎重にその洞窟へと近づいた。
中に入ると、そこは驚くほど広く、そして暖かかった。地熱でもあるのか壁がじんわりと熱を帯びている。
そして、その中央に信じられない光景が広がっていた。
「……卵だ」
そこはワイバーンの孵化場だったのだ。
人間の子供ほどの大きさの硬い殻に覆われた卵が数十個、整然と並べられている。卵は地熱によって温められ、その殻を通して内部の生命の鼓動が微かな光となって明滅していた。
「……どうしますか、ボス。これを破壊すれば奴らの未来を断つことができます」
部下の一人が非情な提案をした。
確かにここで卵を全て破壊すれば、ワイバーンという種族に壊滅的な打撃を与えられるだろう。戦略的にはそれが最も正しい選択なのかもしれない。
俺は一つの卵にそっと手を触れた。
温かい。そして、俺の魔力に呼応するかのように中の光が少しだけ強く輝いた。
こいつらも生きている。
まだ見ぬ世界を夢見て、この殻の中で懸命に生きている。
俺の脳裏に、リリアに庇われ怯えていたエルフの子供、ルゥの顔が浮かんだ。
彼もまた戦いの中で親を失い、一人で生き延びてきた小さな命だった。
俺は静かに首を横に振った。
「……破壊はしない」
「しかし!」
「俺たちの敵は今、我々と戦っているワイバーンたちだ。まだ生まれぬ罪のない命まで奪うのは俺のやり方ではない」
それは合理性を重んじる俺らしくない、感情的な判断だったかもしれない。
だが、俺は憎しみの連鎖の先に真の勝利はないことを知っていた。
「それに」と俺は続けた。「これらは破壊するよりも、もっと価値のある使い道がある」
俺は部下たちに命じた。
「運べるだけの卵を持ち帰るぞ」
「……えっ? 持ち帰る、ですか?」
部下たちは俺の意図を測りかねて困惑していた。
「ああ。こいつらを俺たちの手で孵化させ育て、そして調教する。そうすればいずれ、俺たち自身の『竜騎士団』を創設できるかもしれん」
それはあまりにも壮大で突拍子もない構想だった。
敵の卵を奪い、自軍の戦力とする。
そんなことを考えつく王が、この世界のどこにいただろうか。
部下たちは一瞬呆然とした後、やがてその顔に畏敬と興奮の色を浮かべた。
彼らの王は常に、彼らの想像の遥か先を見ている。
俺たちが慎重に卵を運び出そうとした、その時だった。
「――ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
山の麓から天を突き破るかのような凄まじい怒りの咆哮が響き渡ってきた。
それはこれまで聞いたどんなワイバーンの鳴き声とも違う、次元の違う王の咆哮だった。
ワイバーンロードが巣の異変に気づいたのだ。
「まずい! 全速力で撤退するぞ!」
俺は部下たちに叫んだ。
背後から、凄まじい速度で巨大な影が迫ってくるのが肌で感じられた。
王が帰還する。
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