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第63話 頂上決戦
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竜哭山の頂は奇妙な静寂に包まれていた。
眼下で繰り広げられる陽動部隊の激しい戦闘の音が、まるで別世界の出来事のように遠く聞こえる。この崖の上は俺と、目の前に立つ漆黒の王のためだけに用意された決闘の舞台だった。
ワイバーンロードは、その巨体から想像もつかないほど静かな佇まいをしていた。荒々しい闘気を放つガロンとは違う。その存在そのものが絶対的な圧力となって、俺の全身を締め付けてくる。まるで深海の底にいるような重苦しい感覚。
「虫ケラよ。最後に我が名を名乗る栄誉を与えてやろう」
ロードの声が再び脳内に響く。
「我が名はイグニール。このグラーヴェ大森林を、古より治めし空の覇者なり」
イグニール。その名には王としての絶対的な自負と、長い年月を生きてきた者の深い叡智が感じられた。こいつはただの強力な魔物ではない。俺と同じ、一つの種族を率いる王なのだ。
「俺の名はゴブ。この森の新たな王となる者だ」
俺もまた臆することなく名乗りを返した。
その瞬間、イグニールの纏う空気が変わった。
「面白い。ならば、その資格があるか、その身で示してみせよ!」
イグニールが動いた。
それはもはや飛行ではなかった。地を蹴り、巨大な質量が弾丸となって俺に襲いかかる。ワイバーンの地上戦。俺の予測通り、その動きは空を舞う時ほどの俊敏さはない。
だが、その一撃の重さはグレートボアの突進さえも霞ませるほどの圧倒的な破壊力を秘めていた。
俺は【跳躍】で真横に飛び、その突撃を回避する。俺が先ほどまで立っていた場所の岩盤が、イグニールの爪の一撃で豆腐のように粉砕された。
間髪入れず、鞭のようにしなる巨大な尻尾が横薙ぎに俺を襲う。
俺は地面に伏せてそれをやり過ごし、懐へと潜り込んだ。
「もらった!」
俺は長剣に【怪力】スキルを乗せ、イグニールの比較的柔らかいと思われる腹部へと渾身の一撃を突き立てた。
ガギィィィィン!
甲高い金属音と共に俺の手が痺れた。長剣は彼の漆黒の鱗に浅い傷一つつけることさえできず、弾き返されたのだ。
「無駄だ」
イグニールの声には憐れみさえ含まれていた。
「我が鱗は竜族の血を引く者のみが持つ魔鋼鱗。並の鋼など爪楊枝にも劣るわ」
その言葉と同時にイグニールの巨大な前足が、俺の身体を蝿のように叩き潰そうと振り下ろされた。
俺は咄嗟に後方へ飛び退き、距離を取る。
正攻法ではダメージを与えられない。
ブレスで焼かれた背中がズキズキと痛む。体力もMPも、もう残り少ない。
長期戦は不利だ。
ならば、どうする。
俺はこれまでに得た全てのスキルを頭の中で再構築する。
毒、溶解液、突進、魔法……。
そうだ。一つ、試してみる価値のある手がある。
それは俺が持つスキルの中でも最も地味で、そして最も陰湿なスキル。
俺はイグニールから距離を取りながら円を描くように動き始めた。そして、その移動の軌跡に沿って口から【溶解液】を地面に撒き散らしていく。
「ほう? 逃げ回りながら小便でも撒き散らしているのか? 潔く死を――」
イグニールが俺を嘲笑いながら追ってきた、その時だった。
彼が俺が溶解液を撒いた地面を踏み抜いた瞬間、その足が僅かに、しかし確実に滑った。
溶解液は彼の魔鋼鱗を溶かすことはできない。
だが、彼が立つ足場、岩盤の表面を僅かに溶かし、潤滑剤のように変えることはできたのだ。
「何っ!?」
巨大な身体がバランスを崩す。
その一瞬の隙。
俺は隠し持っていた最後の投げ槍を、彼の顔面、その巨大な眼球めがけて全力で投擲した。
「小賢しい!」
イグニールは体勢を崩しながらも咄嗟に頭を振り、槍を回避しようとする。槍は彼の眼球を逸れ、硬い額の鱗に当たってカンと音を立てて弾かれた。
失敗か。
俺が奥歯を噛み締めた、その瞬間。
弾かれた投げ槍は不規則な回転をしながら彼の喉元、ブレスを吐くために僅かに開いていた鱗の隙間へと、偶然にも突き刺さった。
「グ……!?」
イグニールの動きが完全に止まった。
槍は致命傷には程遠い。だが、喉という急所に刺さった異物は彼の呼吸と魔力の流れを確実に阻害していた。
好機!
これ以上ない千載一遇の好機!
俺は最後の力を振り絞り、再びイグニールの懐へと飛び込んだ。
そして、喉に刺さった槍の柄を両手で固く握りしめる。
「お前のその力、根こそぎ貰い受ける!」
俺は全体重をかけ、槍をさらに奥深くへとねじ込んでいく。
同時に、俺の身体から黒い闘気が立ち上った。
それは俺がゴブリンロードとなってから、まだ一度も使ったことのない新たな種族スキル。
「――魔王の覇気!」
俺の全身から放たれた純粋な支配の意志。
それは物理的な力ではない。相手の精神、魂そのものに直接干渉する王の力。
「ぐ……おお……!?」
イグニールの巨大な身体がびくりと痙攣した。
彼の瞳に初めて、恐怖とも畏怖ともつかない未知の感情が浮かび上がった。
彼は自分の魂が、格下であるはずの俺の覇気に侵食されていくのを感じていたのだ。
精神的な支配と物理的な急所への攻撃。
二重の苦痛に、空の王者の意識が、一瞬だけ遠のいた。
そして、その一瞬がこの戦いの全てを決定づけた。
眼下で繰り広げられる陽動部隊の激しい戦闘の音が、まるで別世界の出来事のように遠く聞こえる。この崖の上は俺と、目の前に立つ漆黒の王のためだけに用意された決闘の舞台だった。
ワイバーンロードは、その巨体から想像もつかないほど静かな佇まいをしていた。荒々しい闘気を放つガロンとは違う。その存在そのものが絶対的な圧力となって、俺の全身を締め付けてくる。まるで深海の底にいるような重苦しい感覚。
「虫ケラよ。最後に我が名を名乗る栄誉を与えてやろう」
ロードの声が再び脳内に響く。
「我が名はイグニール。このグラーヴェ大森林を、古より治めし空の覇者なり」
イグニール。その名には王としての絶対的な自負と、長い年月を生きてきた者の深い叡智が感じられた。こいつはただの強力な魔物ではない。俺と同じ、一つの種族を率いる王なのだ。
「俺の名はゴブ。この森の新たな王となる者だ」
俺もまた臆することなく名乗りを返した。
その瞬間、イグニールの纏う空気が変わった。
「面白い。ならば、その資格があるか、その身で示してみせよ!」
イグニールが動いた。
それはもはや飛行ではなかった。地を蹴り、巨大な質量が弾丸となって俺に襲いかかる。ワイバーンの地上戦。俺の予測通り、その動きは空を舞う時ほどの俊敏さはない。
だが、その一撃の重さはグレートボアの突進さえも霞ませるほどの圧倒的な破壊力を秘めていた。
俺は【跳躍】で真横に飛び、その突撃を回避する。俺が先ほどまで立っていた場所の岩盤が、イグニールの爪の一撃で豆腐のように粉砕された。
間髪入れず、鞭のようにしなる巨大な尻尾が横薙ぎに俺を襲う。
俺は地面に伏せてそれをやり過ごし、懐へと潜り込んだ。
「もらった!」
俺は長剣に【怪力】スキルを乗せ、イグニールの比較的柔らかいと思われる腹部へと渾身の一撃を突き立てた。
ガギィィィィン!
甲高い金属音と共に俺の手が痺れた。長剣は彼の漆黒の鱗に浅い傷一つつけることさえできず、弾き返されたのだ。
「無駄だ」
イグニールの声には憐れみさえ含まれていた。
「我が鱗は竜族の血を引く者のみが持つ魔鋼鱗。並の鋼など爪楊枝にも劣るわ」
その言葉と同時にイグニールの巨大な前足が、俺の身体を蝿のように叩き潰そうと振り下ろされた。
俺は咄嗟に後方へ飛び退き、距離を取る。
正攻法ではダメージを与えられない。
ブレスで焼かれた背中がズキズキと痛む。体力もMPも、もう残り少ない。
長期戦は不利だ。
ならば、どうする。
俺はこれまでに得た全てのスキルを頭の中で再構築する。
毒、溶解液、突進、魔法……。
そうだ。一つ、試してみる価値のある手がある。
それは俺が持つスキルの中でも最も地味で、そして最も陰湿なスキル。
俺はイグニールから距離を取りながら円を描くように動き始めた。そして、その移動の軌跡に沿って口から【溶解液】を地面に撒き散らしていく。
「ほう? 逃げ回りながら小便でも撒き散らしているのか? 潔く死を――」
イグニールが俺を嘲笑いながら追ってきた、その時だった。
彼が俺が溶解液を撒いた地面を踏み抜いた瞬間、その足が僅かに、しかし確実に滑った。
溶解液は彼の魔鋼鱗を溶かすことはできない。
だが、彼が立つ足場、岩盤の表面を僅かに溶かし、潤滑剤のように変えることはできたのだ。
「何っ!?」
巨大な身体がバランスを崩す。
その一瞬の隙。
俺は隠し持っていた最後の投げ槍を、彼の顔面、その巨大な眼球めがけて全力で投擲した。
「小賢しい!」
イグニールは体勢を崩しながらも咄嗟に頭を振り、槍を回避しようとする。槍は彼の眼球を逸れ、硬い額の鱗に当たってカンと音を立てて弾かれた。
失敗か。
俺が奥歯を噛み締めた、その瞬間。
弾かれた投げ槍は不規則な回転をしながら彼の喉元、ブレスを吐くために僅かに開いていた鱗の隙間へと、偶然にも突き刺さった。
「グ……!?」
イグニールの動きが完全に止まった。
槍は致命傷には程遠い。だが、喉という急所に刺さった異物は彼の呼吸と魔力の流れを確実に阻害していた。
好機!
これ以上ない千載一遇の好機!
俺は最後の力を振り絞り、再びイグニールの懐へと飛び込んだ。
そして、喉に刺さった槍の柄を両手で固く握りしめる。
「お前のその力、根こそぎ貰い受ける!」
俺は全体重をかけ、槍をさらに奥深くへとねじ込んでいく。
同時に、俺の身体から黒い闘気が立ち上った。
それは俺がゴブリンロードとなってから、まだ一度も使ったことのない新たな種族スキル。
「――魔王の覇気!」
俺の全身から放たれた純粋な支配の意志。
それは物理的な力ではない。相手の精神、魂そのものに直接干渉する王の力。
「ぐ……おお……!?」
イグニールの巨大な身体がびくりと痙攣した。
彼の瞳に初めて、恐怖とも畏怖ともつかない未知の感情が浮かび上がった。
彼は自分の魂が、格下であるはずの俺の覇気に侵食されていくのを感じていたのだ。
精神的な支配と物理的な急所への攻撃。
二重の苦痛に、空の王者の意識が、一瞬だけ遠のいた。
そして、その一瞬がこの戦いの全てを決定づけた。
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