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第95話 束の間の平和
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人間と魔王軍。
世界の二大勢力が、奇しくも同時に俺に対する「静観」の姿勢を取ったことで、グラーヴェ大森林には再び静寂が訪れた。
それは、ワイバーンを討伐した直後の、内政に集中できた時期の平穏とはまた質の違う、嵐の前の静けさだった。
俺は、斥候網からもたらされる両陣営の情報を日々分析していた。
アークライト王国は国境の砦に兵力を集中させ、守りを固めている。だが、その裏では対竜兵器の開発や魔法研究が国を挙げて進められているという噂もあった。彼らは決して屈服したわけではない。牙を研ぎ、次なる機会を虎視眈々と狙っているのだ。
一方、魔王軍の動きは完全に途絶えた。
ザラキエルという男が現れて以来、森には魔族の気配一つ感じられない。だが、俺には分かっていた。彼らのような狡猾な存在が何の意図もなく俺たちを放置するはずがない。彼らは水面下で、俺たちの全てを監視し分析しているに違いない。
グラーヘイムは、巨大な檻の中にいるようだった。
檻の外から二頭の飢えた猛獣が、我々という獲物をじっと見つめている。その緊張感は目には見えない圧力となって、都の空気全体を支配していた。
だが、俺はその圧力をむしろ歓迎していた。
この緊張感こそが、俺の国をさらに強くする。
「訓練の手を緩めるな!」
練兵場にはガロンの檄が飛ぶ。
兵士たちはいつ来るか分からぬ決戦の日に備え、一日も休むことなく自らを鍛え上げていた。人間との戦いで得た教訓を元に、対人戦闘を想定したより実践的な訓練が繰り返される。
「文字を覚えることは、世界を知ることです!」
リリアの小さな学校では、子供たちの朗読の声が響く。
読み書き算盤。それはこの国の未来を担う、次世代への最も重要な投資だった。
大鍛冶場からは槌音が途絶えることはない。
大農園では新たな作物の栽培が試みられ、食料の備蓄は着実に増え続けていた。
都の誰もが、この平和が永遠に続くものではないことを肌で感じていた。
そして、その平和を守るために自分たちが何をすべきかを理解していた。
国全体が、一つの巨大な意志を持って来るべき日に備えている。その一体感は、俺の【魔王の覇気】による支配だけでは決して生み出せないものだった。
俺は、王としてその成長を静かに見守っていた。
そして、俺自身もまた歩みを止めてはいなかった。
来るべき総力戦において、最終的に勝敗を決するのは個の武力ではない。だが、王の圧倒的な力は戦局を覆し、兵士たちの心を支える絶対的な象徴となる。
俺は夜ごと、竜翼軍団を率いて夜空を駆けた。
【飛翔】スキルはもはや俺の身体の一部となり、翼を使わずとも自在に空を舞うことができた。
【竜の息吹】は、その威力を一点に収束させる訓練を繰り返した。広範囲を薙ぎ払うのではなく、針の穴を通すような精度で敵の急所だけを撃ち抜くために。
そして、俺は剣を振るい続けた。
アラン・フォン・ヴァイスの、あの洗練され尽くした剣技。
その残像を脳内で何度も再生し、自らのものとするために。
俺の【剣術】スキルはもはやLv1ではなかった。日々の修練によって、それは着実に練度を増し、新たな領域へと足を踏み入れようとしていた。
季節は巡った。
グラーヘイムに二度目の冬が訪れ、そして新たな春が芽吹こうとしていた。
この一年で、俺の国は見違えるように成長した。
人口は増え、領土は広がり、文化は芽生えた。
ゴブリンロードである俺を頂点に、オークの将軍が軍を率い、エルフの賢者が内政を支える。
それはこの世界のどこにも存在しない、唯一無二の多種族国家だった。
春の訪れを祝うささやかな祭りの日。
俺は城壁の上から、眼下に広がる平和な都の光景を眺めていた。
「……ボス。良い国になりましたな」
いつの間にか隣にガロンが立っていた。
彼の顔には将軍としての威厳と、この国を愛する一人の民としての穏やかな表情が浮かんでいる。
「……ああ。だが、まだ足りん」
俺は答えた。
「この平和はまだ借り物だ。人間と魔王軍。彼らの『静観』という気まぐれな善意の上に成り立っている、脆い平和だ」
「では、我々はどうすれば……」
「こちらから仕掛ける」
俺はきっぱりと言った。
「もはや待つのは終わりだ。我々が何者であるかを、この世界に我々自身の口から宣言する時が来た」
俺の視線は、遥か彼方、人間と魔王軍が支配する世界の中心を見据えていた。
「国を興す」
俺の言葉にガロンは息を呑んだ。
「魔物の王が治める第三の国家。その建国を全世界に宣言する。そして我々の存在を認めさせる。対話で応じるならばそれでよし。だが、もし力でそれを否定しようとするならば――」
俺の目に、ゴブリンロードとしての獰猛な光が宿った。
「――世界の全てを敵に回してでも、我々は我々のやり方で生き残る」
束の間の平和は終わる。
俺自身の手によって。
それは嵐の前の静けさなどではない。
嵐そのものを、この俺が呼び起こすのだ。
世界の歴史が、大きく、そして激しく動き出そうとしていた。
世界の二大勢力が、奇しくも同時に俺に対する「静観」の姿勢を取ったことで、グラーヴェ大森林には再び静寂が訪れた。
それは、ワイバーンを討伐した直後の、内政に集中できた時期の平穏とはまた質の違う、嵐の前の静けさだった。
俺は、斥候網からもたらされる両陣営の情報を日々分析していた。
アークライト王国は国境の砦に兵力を集中させ、守りを固めている。だが、その裏では対竜兵器の開発や魔法研究が国を挙げて進められているという噂もあった。彼らは決して屈服したわけではない。牙を研ぎ、次なる機会を虎視眈々と狙っているのだ。
一方、魔王軍の動きは完全に途絶えた。
ザラキエルという男が現れて以来、森には魔族の気配一つ感じられない。だが、俺には分かっていた。彼らのような狡猾な存在が何の意図もなく俺たちを放置するはずがない。彼らは水面下で、俺たちの全てを監視し分析しているに違いない。
グラーヘイムは、巨大な檻の中にいるようだった。
檻の外から二頭の飢えた猛獣が、我々という獲物をじっと見つめている。その緊張感は目には見えない圧力となって、都の空気全体を支配していた。
だが、俺はその圧力をむしろ歓迎していた。
この緊張感こそが、俺の国をさらに強くする。
「訓練の手を緩めるな!」
練兵場にはガロンの檄が飛ぶ。
兵士たちはいつ来るか分からぬ決戦の日に備え、一日も休むことなく自らを鍛え上げていた。人間との戦いで得た教訓を元に、対人戦闘を想定したより実践的な訓練が繰り返される。
「文字を覚えることは、世界を知ることです!」
リリアの小さな学校では、子供たちの朗読の声が響く。
読み書き算盤。それはこの国の未来を担う、次世代への最も重要な投資だった。
大鍛冶場からは槌音が途絶えることはない。
大農園では新たな作物の栽培が試みられ、食料の備蓄は着実に増え続けていた。
都の誰もが、この平和が永遠に続くものではないことを肌で感じていた。
そして、その平和を守るために自分たちが何をすべきかを理解していた。
国全体が、一つの巨大な意志を持って来るべき日に備えている。その一体感は、俺の【魔王の覇気】による支配だけでは決して生み出せないものだった。
俺は、王としてその成長を静かに見守っていた。
そして、俺自身もまた歩みを止めてはいなかった。
来るべき総力戦において、最終的に勝敗を決するのは個の武力ではない。だが、王の圧倒的な力は戦局を覆し、兵士たちの心を支える絶対的な象徴となる。
俺は夜ごと、竜翼軍団を率いて夜空を駆けた。
【飛翔】スキルはもはや俺の身体の一部となり、翼を使わずとも自在に空を舞うことができた。
【竜の息吹】は、その威力を一点に収束させる訓練を繰り返した。広範囲を薙ぎ払うのではなく、針の穴を通すような精度で敵の急所だけを撃ち抜くために。
そして、俺は剣を振るい続けた。
アラン・フォン・ヴァイスの、あの洗練され尽くした剣技。
その残像を脳内で何度も再生し、自らのものとするために。
俺の【剣術】スキルはもはやLv1ではなかった。日々の修練によって、それは着実に練度を増し、新たな領域へと足を踏み入れようとしていた。
季節は巡った。
グラーヘイムに二度目の冬が訪れ、そして新たな春が芽吹こうとしていた。
この一年で、俺の国は見違えるように成長した。
人口は増え、領土は広がり、文化は芽生えた。
ゴブリンロードである俺を頂点に、オークの将軍が軍を率い、エルフの賢者が内政を支える。
それはこの世界のどこにも存在しない、唯一無二の多種族国家だった。
春の訪れを祝うささやかな祭りの日。
俺は城壁の上から、眼下に広がる平和な都の光景を眺めていた。
「……ボス。良い国になりましたな」
いつの間にか隣にガロンが立っていた。
彼の顔には将軍としての威厳と、この国を愛する一人の民としての穏やかな表情が浮かんでいる。
「……ああ。だが、まだ足りん」
俺は答えた。
「この平和はまだ借り物だ。人間と魔王軍。彼らの『静観』という気まぐれな善意の上に成り立っている、脆い平和だ」
「では、我々はどうすれば……」
「こちらから仕掛ける」
俺はきっぱりと言った。
「もはや待つのは終わりだ。我々が何者であるかを、この世界に我々自身の口から宣言する時が来た」
俺の視線は、遥か彼方、人間と魔王軍が支配する世界の中心を見据えていた。
「国を興す」
俺の言葉にガロンは息を呑んだ。
「魔物の王が治める第三の国家。その建国を全世界に宣言する。そして我々の存在を認めさせる。対話で応じるならばそれでよし。だが、もし力でそれを否定しようとするならば――」
俺の目に、ゴブリンロードとしての獰猛な光が宿った。
「――世界の全てを敵に回してでも、我々は我々のやり方で生き残る」
束の間の平和は終わる。
俺自身の手によって。
それは嵐の前の静けさなどではない。
嵐そのものを、この俺が呼び起こすのだ。
世界の歴史が、大きく、そして激しく動き出そうとしていた。
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