ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

文字の大きさ
10 / 97

第10話:最初の勘違い

しおりを挟む
森の静寂の中、俺とリリアーナたちはしばし無言で見つめ合っていた。
騎士は俺の治癒魔法に驚き、リリアーナは依然として夢見るような瞳で俺を見つめている。この気まずい空気を、何とかしなければならない。

「……まずは、ここを離れましょう。ゴブリンの血の匂いに釣られて、他の魔物が寄ってこないとも限りません」
俺は努めて冷静にそう提案した。
生き残った騎士がハッと我に返り、慌てて立ち上がる。
「お、おおせの通りにございます!して、失礼ながらお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。このご恩、主であるシルフィード子爵家に必ずやご報告せねばなりませぬ」
シルフィード子爵家。やはり、彼女は貴族の令嬢だったか。
ここで偽名を名乗るわけにもいかない。俺は腹を括り、再び優雅に一礼した。
「これは失礼いたしました。私はアレン・フォン・クラインフェルトと申します」

その名を聞いた瞬間、騎士の顔が驚愕に染まった。
「ク、クラインフェルト……公爵家のアレン様!?まさか、あの『若き賢者』様でいらっしゃいましたか!」
騎士は信じられないといった様子で俺の顔と、辺りに転がるゴブリンの死骸を交互に見ている。噂に名高い神童が、子供とは思えぬほどの武勇をも併せ持っている。その事実が、彼の常識を揺さぶっているのだろう。
リリアーナも、俺の名前を聞いてエメラルドグリーンの瞳を大きく見開いた。その頬が、ぽっと微かに赤らむ。
彼女も俺の噂を知っていたのか。これは好都合だ。話が早い。

「あなたが、リリアーナ・フォン・シルフィード様ですね」
今度は俺が、彼女の名前を口にする番だった。
リリアーナはビクッと肩を震わせ、さらに顔を赤くした。
「な、なぜ私の名前を……」
「騎士殿が先ほど、そうお呼びになっていましたので」
俺は当たり障りのない嘘をついた。本当はゲーム知識で知っていたのだが、そんなことは口が裂けても言えない。
さて、ここからが本番だ。
断罪イベントで俺に同情票を入れてもらうためには、ここで最大限の好印象を与えておく必要がある。将来への先行投資だ。
俺は一世一代の覚悟を決め、リリアーナの前に進み出ると、恭しく片膝をついた。

「リリアーナ様。このアレン、貴女様にお会いできたこと、心より光栄に存じます」
まずはお決まりの貴族の挨拶。
そして俺は、とどめの一言を放った。
「――未来の聖女様に、この身を捧げる機会を賜れたのですから」

その瞬間、リリアーナの呼吸が止まったのが分かった。
彼女の顔から、さっと血の気が引いていく。その瞳は、先ほどまでの比ではないほど大きく見開かれ、ただ俺の顔を凝視していた。
よし、効いている。
俺は内心でガッツポーズをした。
彼女が聖なる力を秘めていることは、ゲームの最重要設定の一つだ。しかし、この時点ではまだ彼女自身もその力の正体を完全には理解しておらず、ごく一部の人間にしか打ち明けていない、という隠し設定があった。
それを俺が知っている。この事実は、彼女に強烈なインパクトを与えたはずだ。「この人はただ者ではない」と。これで俺は彼女にとって、特別な存在として記憶されるだろう。断罪イベントで情状酌量を訴えてくれる可能性が、飛躍的に高まったに違いない。完璧な一手だ。

俺の完璧な計算通り、リリアーナは大きな衝撃を受けていた。
だが、その衝撃のベクトルは、俺の想像とは百八十度違う方向へと向かっていた。

(聖女様……?なぜ、この方はご存知なの……?)
リリアーナの心は、激しく揺さぶられていた。
自分の身に不思議な力が宿っていることは、幼い頃から自覚していた。だが、そのことを打ち明けたのは、両親と、ごく親しい教会の神父だけだ。公爵家の、それもまだ若いアレン様が知っているはずがない。
(まさか……この方にも、神のお告げが?)
彼女の脳裏に、一つの考えが閃光のように走る。
この出会いは、偶然ではない。神が仕組まれた、運命なのだ。
絶望の淵に現れた、銀色の髪の少年。圧倒的な力で悪を滅し、私に慈愛の微笑みを向ける。そして、私の最も深い秘密を知っている。
(この方こそが、私を導くために遣わされた、光の御使い……)

思考がそこまで至った瞬間、リリアーナの中で何かが弾けた。
恐怖も混乱も消え失せ、代わりに胸を満たしたのは、今まで感じたことのない熱い感情。それは憧れであり、畏敬であり、そして何よりも強烈な、恋心だった。
彼女の頬が、耳まで真っ赤に染まる。潤んだ瞳には、熱っぽい光が宿っていた。

「……あ、あなた様こそ……」
リリアーナは震える声で呟きながら、おもむろに俺の手を取った。
その華奢な両手で、俺の手をぎゅっと握りしめる。
「え?」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。なんだ、この展開は。
「あなた様こそ、私の……私の運命の方です!」
「は?」
リリアーナは熱に浮かされたような表情で、俺にそう宣言した。
その瞳は真剣そのものだ。冗談を言っているようには、とても見えない。

待て、待ってくれ。
何かがおかしい。俺の計算と、全く違う反応が返ってきている。
俺の脳内で、けたたましく警報が鳴り響いた。
これはまずい。これは非常にまずい流れではないか。
俺は破滅フラグを回避しに来たはずだ。なのに、今、目の前で別の、もっと厄介で面倒くさそうなフラグが、天高く打ち立てられようとしている。
「あ、あの、リリアーナ様……?何を……」
「アレン様!」
俺の言葉を遮り、彼女はさらに言葉を続ける。
「私、決めました!この命、あなた様に捧げます!未来の聖女として、必ずやアレン様のお力になってみせますわ!」
その瞳には、一点の曇りもない。狂信的とすら言えるほどの、純粋な決意が燃え盛っていた。

俺は完全に思考を停止させた。
どうしてこうなった。
俺はただ、生き延びたいだけなんだ。ヒロインと恋愛関係になるなんて、断罪イベントの直行ルートじゃないか。
その後、俺がどうやってリリアーナたちを街道まで送り届けたのか、よく覚えていない。
ただ、別れ際に彼女が「必ず、必ずまたお会いしに参りますわ!アレン様!」と、満面の笑みで手を振っていたことだけは、やけに鮮明に記憶に残っている。
騎士は騎士で、「若き賢者様は、聖女様の運命をも見通しておられたか……。なんという御方だ」と一人で感涙にむせんでいた。

一人、夕暮れの森にぽつんと取り残された俺は、その場に崩れ落ちた。
「……終わった」
良かれと思って放った会心の一手が、最悪の悪手だった。
俺は、断罪者の一人であるリリアーナに、特大の恋愛フラグを叩き立ててしまったのだ。
破滅への道筋が、また一つ、くっきりと描かれてしまった。

「俺の平穏な老後は、どこだ……」
俺の悲痛な叫びは、誰に聞かれることもなく、静かな森に虚しく響き渡った。
胃の痛みが、もはや限界に達していた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた

歩く魚
ファンタジー
働きたくない元社畜、異世界で見つけた最適解は――「助成金で生きる」ことだった。 剣と魔法の世界に転生したシンは、冒険者として下積みを積み、ついに夢を叶える。 それは、国家公認の助成金付き制度――ギルド経営によって、働かずに暮らすこと。 そして、その傍で自らの歪んだ性癖を満たすため、誰に頼まれたわけでもない人助けを続けていたがーー 「ご命令と解釈しました、シン様」 「……あなたの命、私に預けてくれるんでしょ?」 次第にギルドには、主人公に執着するメンバーたちが集まり始め、気がつけばギルドは、愛の重い最強集団になっていた。

チートスキルより女神様に告白したら、僕のステータスは最弱Fランクだけど、女神様の無限の祝福で最強になりました

Gaku
ファンタジー
平凡なフリーター、佐藤悠樹。その人生は、ソシャゲのガチャに夢中になった末の、あまりにも情けない感電死で幕を閉じた。……はずだった! 死後の世界で彼を待っていたのは、絶世の美女、女神ソフィア。「どんなチート能力でも与えましょう」という甘い誘惑に、彼が願ったのは、たった一つ。「貴方と一緒に、旅がしたい!」。これは、最強の能力の代わりに、女神様本人をパートナーに選んだ男の、前代未聞の異世界冒険譚である! 主人公ユウキに、剣や魔法の才能はない。ステータスは、どこをどう見ても一般人以下。だが、彼には、誰にも負けない最強の力があった。それは、女神ソフィアが側にいるだけで、あらゆる奇跡が彼の味方をする『女神の祝福』という名の究極チート! 彼の原動力はただ一つ、ソフィアへの一途すぎる愛。そんな彼の真っ直ぐな想いに、最初は呆れ、戸惑っていたソフィアも、次第に心を動かされていく。完璧で、常に品行方正だった女神が、初めて見せるヤキモチ、戸惑い、そして恋する乙女の顔。二人の甘く、もどかしい関係性の変化から、目が離せない! 旅の仲間になるのは、いずれも大陸屈指の実力者、そして、揃いも揃って絶世の美女たち。しかし、彼女たちは全員、致命的な欠点を抱えていた! 方向音痴すぎて地図が読めない女剣士、肝心なところで必ず魔法が暴発する天才魔導士、女神への信仰が熱心すぎて根本的にズレているクルセイダー、優しすぎてアンデッドをパワーアップさせてしまう神官僧侶……。凄腕なのに、全員がどこかポンコツ! 彼女たちが集まれば、簡単なスライム退治も、国を揺るがす大騒動へと発展する。息つく暇もないドタバタ劇が、あなたを爆笑の渦に巻き込む! 基本は腹を抱えて笑えるコメディだが、物語は時に、世界の運命を賭けた、手に汗握るシリアスな戦いへと突入する。絶体絶命の状況の中、試されるのは仲間たちとの絆。そして、主人公が示すのは、愛する人を、仲間を守りたいという想いこそが、どんなチート能力にも勝る「最強の力」であるという、熱い魂の輝きだ。笑いと涙、その緩急が、物語をさらに深く、感動的に彩っていく。 王道の異世界転生、ハーレム、そして最高のドタバタコメディが、ここにある。最強の力は、一途な愛! 個性豊かすぎる仲間たちと共に、あなたも、最高に賑やかで、心温まる異世界を旅してみませんか? 笑って、泣けて、最後には必ず幸せな気持ちになれることを、お約束します。

鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった

仙道
ファンタジー
異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました

夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。 スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。 ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。 驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。 ※カクヨムで先行配信をしています。

異世界転移から始まるハーレム生活〜チートスキルを貰った俺は、妹と共に無双する〜

昼寝部
ファンタジー
 2XXX年、X月。  俺、水瀬アキトは戦争の絶えない地球で『戦場の悪魔』と呼ばれ、数多の戦で活躍していた。  そんな日々を過ごしていた俺は、ひょんなことから妹と一緒に異世界へ転移することになった。  その世界にはダンジョンが存在しており、ライトノベルなどで登場する世界観と類似していた。  俺たちはその世界で過ごすため女神様からチートスキルを貰い、冒険者となって異世界での生活を満喫することにした。  これは主人公の水瀬アキトと妹のカナデが異世界へ転移し、美少女たちに囲まれながら異世界で無双するお話し。

処理中です...