ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第9話:聖女救出

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俺の登場に、ゴブリンたちの動きが止まった。
下卑た唸り声を上げ、その濁った目で俺を品定めしている。やがて、相手が武器らしい武器も持たない、ただの子供だと認識したのだろう。一匹が嘲るようにキキ、と甲高い声を上げたのを皮切りに、数匹が俺めがけて殺到してきた。

「坊主、逃げろ!」
深手を負った騎士の一人が、悲鳴のような声を上げた。
だが、俺は動かない。
迫り来るゴブリンたちの動きが、やけにゆっくりと見えた。汚れた棍棒の軌道、振り下ろされる錆びた短剣の角度。その全てが、手に取るように分かる。
三年間、死の恐怖に追われ続けた鍛錬は、俺の動体視力と反射神経を人間離れした領域へと引き上げていた。

最初の一匹が、俺の間合いに入る。
俺は最小限の動きでその棍棒を躱し、すれ違いざまに木剣を奴の脇腹へと叩き込んだ。ゴッ、と鈍い音が響く。ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく、くの字に折れ曲がって吹き飛んだ。
続けざまに襲いかかる二匹の短剣を、木剣の側面で受け流す。そのまま流れるような動きで回転し、遠心力を乗せた一撃を、奴らの首筋にそれぞれ見舞った。骨が砕ける嫌な感触。二匹のゴブリンは白目を剥いて、地面に崩れ落ちた。
ものの数秒の出来事だった。

「な……」
騎士たちが息を呑むのが分かった。リリアーナは、恐怖で声を出すことすら忘れたかのように、ただ俺の姿を見つめている。
ゴブリンたちの間に、明らかな動揺が走った。子供だと思って侮っていた相手が、自分たちの仲間を赤子の手をひねるように打ち倒したのだ。彼らの獣じみた本能が、目の前の存在が危険だと警鐘を鳴らしている。
だが、多勢であるという事実が、彼らに愚かな選択をさせた。
「ギギィィィ!」
リーダー格と思しき一回り大きなゴブリンが咆哮を上げる。それを合図に、残っていた十数匹のゴブリンが、一斉に俺へと襲いかかってきた。

「愚かな」
俺は静かに呟き、後方へと跳躍した。
剣技だけで相手をするのは、さすがに骨が折れる。ならば、使うべきはもう一つの力。
俺は右手を静かに前方へとかざした。
「――風よ、集え」
無詠唱。ただ、魔力に意思を込めるだけ。
俺の掌の前に、空気が渦を巻き始める。大気が圧縮され、目に見えない刃が形成されていく。
「穿て、『エア・スラッシュ』」
放たれたのは、三日月状の真空の刃。それは唸りを上げて直進し、ゴブリンたちの密集する中心で炸裂した。
悲鳴と絶叫が森に響き渡る。風の刃はゴブリンたちの貧弱な体を紙のように切り裂き、その勢いのまま後方の木々を薙ぎ倒して、ようやく消滅した。
一度の魔法で、ゴブリンの半数近くが戦闘不能に陥る。

だが、俺は攻撃を止めない。
「――土よ、目覚めよ」
地面が震え、ゴブリンたちの足元から無数の鋭い岩の槍が突き出した。『ストーン・スピア』。これもまた、基礎的な属性魔法だ。
しかし、俺が放つ魔法は、その規模と威力が教科書のものとはまるで違う。一本一本の槍は兵士が使うランスのように太く鋭く、ゴブリンたちを容赦なく串刺しにしていく。
「ギ……ガ……」
生き残った数匹が、恐怖に顔を引きつらせ、逃げ出そうと背中を向けた。
その背中に、俺は容赦なく火球を叩き込む。
ほんの数分前まで殺意の塊だった小鬼の群れは、今やただの肉塊となって、静かになった広場に転がっていた。

森に、再び静寂が戻る。
俺は木剣を肩に担ぎ、ゆっくりとリリアーナたちの方へと向き直った。
やった。助けることができた。
これで破滅フラグは一つ、回避できたはずだ。
安堵した瞬間、どっと緊張の糸が切れた。
(やばい、どうしよう。この後どうすればいいんだ?)
内心、俺はパニックに陥っていた。
原作のクソみたいな台詞は絶対に言えない。かといって、何を話せばいい?助けた理由を聞かれたらどう答える?「たまたま通りかかった」で押し通せるか?そもそも、俺は公爵家の嫡男だ。こんな森の奥に一人でいること自体が不自然極まりない。
思考が空転する。冷や汗が背中を伝った。

だが、俺の体は、俺の意思とは無関係に動いていた。
三年間、貴族として叩き込まれた完璧な所作。それが、極度の緊張状態に置かれた俺の体を、半ば自動的に操り始めたのだ。
俺はリリアーナたちの前まで優雅に歩み寄ると、その場で完璧な貴族の一礼をした。
「お怪我はございませんか、ご婦人方。そして騎士殿」
口から滑り出たのは、自分でも驚くほど落ち着き払った、涼やかな声だった。
内心のパニックとは裏腹に、表情は穏やかな微笑みをたたえている。我ながら、完璧な貴公子の仮面だった。

リリアーナも、生き残った騎士も、ただ呆然と俺を見上げるだけだった。
彼らの頭の中では、目の前で起きた惨劇と、それを引き起こした銀髪の美少年とが、うまく結びついていないのだろう。
俺は構わず、負傷した騎士に近づいた。
「傷を見せていただけますか。簡単な治癒魔法なら使えます」
騎士はハッと我に返り、慌てて首を横に振った。
「い、いえ!滅相もございません!それよりも、お嬢様を……リリアーナ様をお守りせねば……」
「ご心配なく。脅威は全て排除いたしました。今はご自身の傷を癒すことをお考えください」
俺は有無を言わさず騎士の腕を取り、その傷口に掌をかざす。淡い緑の光が溢れ、見る見るうちに傷が塞がっていく。初級のヒールだが、気休め程度にはなるだろう。

全ての応急処置を終えた後、俺は改めてリリアーナに向き直った。
彼女はまだ、夢でも見ているかのような表情で、俺の顔をじっと見つめている。そのエメラルドグリーンの瞳が、微かに潤んでいた。
「ここは危険です。私が安全な街道までお送りいたしましょう。馬車は……動きますかな?」
俺はあくまで事務的に、しかし声には優しさを滲ませて問いかける。
完璧な対応だ。これなら不審に思われることも、恩着せがましいと思われることもないはずだ。
そう、俺は思っていた。

しかし、リリアーナの心に宿っていたのは、感謝や安堵といった感情だけではなかった。
絶望の淵に、突如として現れた銀色の救世主。
子供とは思えぬ圧倒的な力で、悪を薙ぎ払う姿。
そして、全てが終わった後に見せた、慈愛に満ちた優しい微笑み。
その全てが、彼女の心に、一つの強烈な印象を焼き付けていた。
まるで、古の物語に語られる英雄か、あるいは神の使いそのものではないか、と。
この少年は、一体何者なのだろう。
この出会いは、神がお与えになった運命なのではないだろうか。

そんな勘違いが彼女の中で急速に膨れ上がっていることなど、破滅回避に必死な俺が気づくはずもなかった。
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