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第8話:運命との遭遇
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「若き賢者」という、身に余る二つ名が定着して一年が過ぎた。
俺が十三歳になった今、その呼び名は領地内に留まらず、王都の社交界でも囁かれるようになっていた。その結果、俺の元には貴族からの見合い話や、学者からの討論の申し込みが山のように舞い込むようになった。
当然、全て断っている。
これ以上目立ちたくない。俺はただ、来るべき学園入学までの数年間を、静かに、ひたすら自己鍛錬に費やしたいのだ。
そんなわけで、俺は最近、日課の訓練場所を屋敷の訓練場から、領地の外れにある広大な森に移していた。
人目を避けるにはうってつけの場所だ。それに、実戦形式の訓練には森の方が都合が良い。木々の間を駆け抜け、魔物の気配を探り、仮想の敵を想定して剣を振るう。
この三年間、一日たりとも休むことなく続けてきた訓練のおかげで、俺の身体能力と魔力制御技術は、同年代の子供とは比較にならないレベルにまで達していた。
「……ふっ!」
鋭い呼気と共に、木剣を振るう。風を切り裂く音は、本物の刃と遜色ない。俺の振り抜いた剣先から放たれた真空の刃が、十数メートル先の樫の木に深々と突き刺さった。
もし原作のアレンが見たら、腰を抜かすに違いない。だが、俺はまだ満足していなかった。
破滅の運命に抗うには、これくらいでは足りない。俺が目指すのは、物語の強制力そのものを捻じ伏せるほどの、圧倒的な力だ。
その日も、俺はいつも通り森の奥深くで一人、訓練に励んでいた。
集中力を高め、周囲の気配を探る。風の音。木の葉の擦れる音。遠くで鳴く鳥の声。その全てに意識を溶け込ませていく。
その時だった。
微かな音を、俺の耳が拾った。
金属がぶつかり合う音。低い唸り声。そして、か細い悲鳴。
間違いなく、誰かが魔物と交戦している。
「……面倒事はごめんだが」
俺は舌打ち一つし、音のする方へと駆け出した。
見捨てるという選択肢はない。もしここで誰かが死ねば、公爵家の管理責任が問われる。それは巡り巡って、俺の破滅フラグになりかねない。
木々の間をすり抜け、茂みを飛び越える。常人なら目にも留まらない速さで、俺は現場へと急いだ。
やがて視界が開け、小さな広場に出る。
そこに広がっていた光景を見て、俺は息を呑んだ。
そして、全身の血が凍りつくのを感じた。
十数匹のゴブリン。緑色の醜悪な小鬼たちが、下卑た笑い声を上げながら、じりじりと包囲網を狭めている。
その中心で、二人の騎士らしき男が必死に応戦していたが、多勢に無勢。すでに深手を負い、その動きは見るからに鈍い。
そして、彼らが守るように背後にかばっているのは、一台の簡素な馬車。その傍らには、一人の少女が恐怖に震えながら、地面に座り込んでいた。
亜麻色の長い髪。まだ幼いながらも、聖性すら感じさせる整った顔立ち。恐怖に見開かれたエメラルドグリーンの瞳から、大粒の涙が零れ落ちている。
その姿を見た瞬間、俺の脳裏に、前世の記憶が雷のように突き刺さった。
ゲームのイベントスチル。ゴブリンに囲まれ、絶望する少女のCG。
間違いない。
彼女こそ、乙女ゲーム『エターナル・ファンタジア』のメインヒロインの一人。
平民の身でありながら、その身に聖なる力を宿し、後に「聖女」として覚醒する少女。
そして、断罪イベントにおいて、涙ながらに俺の罪を告発する張本人。
リリアーナ・フォン・シルフィード。
「……なんてこった」
最悪だ。
なぜ、今、ここで。
原作の知識が蘇る。これは、アレンが初めてリリアーナと遭遇するイベントだ。
ゲームの中では、いくつかの分岐が存在した。アレンが彼女を見捨てて立ち去るルート。あるいは、助けはするものの「平民の分際で俺に助けられるとは、有り難く思え」と暴言を吐き、彼女に深い心の傷と、アレンへの強い不信感を植え付けるルート。
どちらを選んでも、結局は破滅への布石にしかならない、クソイベントだ。
ゴブリンの一匹が、ついに騎士の防御をかいくぐり、リリアーナへと飛びかかった。
「きゃあああっ!」
少女の悲鳴が、森に木霊する。
もう一人の騎士が、身を挺して彼女を庇い、その背中をゴブリンの汚れた棍棒に強打された。鈍い音と共に、騎士が地面に崩れ落ちる。
もう、考える時間はなかった。
ここで彼女を見捨てれば、確実にバッドエンドだ。助けるしかない。
だが、どう助ける?恩着せがましくすれば、原作と同じ轍を踏む。かといって、何も言わずに去れば、それはそれで不審だ。
どうすれば、俺の破滅フラグを立てずに、この場を切り抜けられる?
思考がぐるぐると渦を巻く。
だが、リリアーナの絶望に満ちた瞳と目が合った瞬間、そんな計算は全て吹き飛んだ。
助けなければ。
理屈じゃない。ただ、目の前で怯える少女を、死なせるわけにはいかない。
それは、俺の平穏な老後のため。そして、心のどこかにまだ残っている、山田健一としての、けして大きくはない善意のためだった。
俺は木剣を強く握りしめ、茂みから飛び出した。
「そこまでだ、下衆ども」
静かに、しかし森の隅々まで響き渡るような声で告げる。
全てのゴブリンと、そして絶望の淵にいたリリアーナの視線が、一斉に俺へと注がれた。
逆光を背に立つ、銀髪の少年。
彼らの目に、俺の姿はどう映っただろうか。
そんなことを考える余裕もなく、俺はただ、目の前の脅威を排除することに意識を集中させた。
俺が十三歳になった今、その呼び名は領地内に留まらず、王都の社交界でも囁かれるようになっていた。その結果、俺の元には貴族からの見合い話や、学者からの討論の申し込みが山のように舞い込むようになった。
当然、全て断っている。
これ以上目立ちたくない。俺はただ、来るべき学園入学までの数年間を、静かに、ひたすら自己鍛錬に費やしたいのだ。
そんなわけで、俺は最近、日課の訓練場所を屋敷の訓練場から、領地の外れにある広大な森に移していた。
人目を避けるにはうってつけの場所だ。それに、実戦形式の訓練には森の方が都合が良い。木々の間を駆け抜け、魔物の気配を探り、仮想の敵を想定して剣を振るう。
この三年間、一日たりとも休むことなく続けてきた訓練のおかげで、俺の身体能力と魔力制御技術は、同年代の子供とは比較にならないレベルにまで達していた。
「……ふっ!」
鋭い呼気と共に、木剣を振るう。風を切り裂く音は、本物の刃と遜色ない。俺の振り抜いた剣先から放たれた真空の刃が、十数メートル先の樫の木に深々と突き刺さった。
もし原作のアレンが見たら、腰を抜かすに違いない。だが、俺はまだ満足していなかった。
破滅の運命に抗うには、これくらいでは足りない。俺が目指すのは、物語の強制力そのものを捻じ伏せるほどの、圧倒的な力だ。
その日も、俺はいつも通り森の奥深くで一人、訓練に励んでいた。
集中力を高め、周囲の気配を探る。風の音。木の葉の擦れる音。遠くで鳴く鳥の声。その全てに意識を溶け込ませていく。
その時だった。
微かな音を、俺の耳が拾った。
金属がぶつかり合う音。低い唸り声。そして、か細い悲鳴。
間違いなく、誰かが魔物と交戦している。
「……面倒事はごめんだが」
俺は舌打ち一つし、音のする方へと駆け出した。
見捨てるという選択肢はない。もしここで誰かが死ねば、公爵家の管理責任が問われる。それは巡り巡って、俺の破滅フラグになりかねない。
木々の間をすり抜け、茂みを飛び越える。常人なら目にも留まらない速さで、俺は現場へと急いだ。
やがて視界が開け、小さな広場に出る。
そこに広がっていた光景を見て、俺は息を呑んだ。
そして、全身の血が凍りつくのを感じた。
十数匹のゴブリン。緑色の醜悪な小鬼たちが、下卑た笑い声を上げながら、じりじりと包囲網を狭めている。
その中心で、二人の騎士らしき男が必死に応戦していたが、多勢に無勢。すでに深手を負い、その動きは見るからに鈍い。
そして、彼らが守るように背後にかばっているのは、一台の簡素な馬車。その傍らには、一人の少女が恐怖に震えながら、地面に座り込んでいた。
亜麻色の長い髪。まだ幼いながらも、聖性すら感じさせる整った顔立ち。恐怖に見開かれたエメラルドグリーンの瞳から、大粒の涙が零れ落ちている。
その姿を見た瞬間、俺の脳裏に、前世の記憶が雷のように突き刺さった。
ゲームのイベントスチル。ゴブリンに囲まれ、絶望する少女のCG。
間違いない。
彼女こそ、乙女ゲーム『エターナル・ファンタジア』のメインヒロインの一人。
平民の身でありながら、その身に聖なる力を宿し、後に「聖女」として覚醒する少女。
そして、断罪イベントにおいて、涙ながらに俺の罪を告発する張本人。
リリアーナ・フォン・シルフィード。
「……なんてこった」
最悪だ。
なぜ、今、ここで。
原作の知識が蘇る。これは、アレンが初めてリリアーナと遭遇するイベントだ。
ゲームの中では、いくつかの分岐が存在した。アレンが彼女を見捨てて立ち去るルート。あるいは、助けはするものの「平民の分際で俺に助けられるとは、有り難く思え」と暴言を吐き、彼女に深い心の傷と、アレンへの強い不信感を植え付けるルート。
どちらを選んでも、結局は破滅への布石にしかならない、クソイベントだ。
ゴブリンの一匹が、ついに騎士の防御をかいくぐり、リリアーナへと飛びかかった。
「きゃあああっ!」
少女の悲鳴が、森に木霊する。
もう一人の騎士が、身を挺して彼女を庇い、その背中をゴブリンの汚れた棍棒に強打された。鈍い音と共に、騎士が地面に崩れ落ちる。
もう、考える時間はなかった。
ここで彼女を見捨てれば、確実にバッドエンドだ。助けるしかない。
だが、どう助ける?恩着せがましくすれば、原作と同じ轍を踏む。かといって、何も言わずに去れば、それはそれで不審だ。
どうすれば、俺の破滅フラグを立てずに、この場を切り抜けられる?
思考がぐるぐると渦を巻く。
だが、リリアーナの絶望に満ちた瞳と目が合った瞬間、そんな計算は全て吹き飛んだ。
助けなければ。
理屈じゃない。ただ、目の前で怯える少女を、死なせるわけにはいかない。
それは、俺の平穏な老後のため。そして、心のどこかにまだ残っている、山田健一としての、けして大きくはない善意のためだった。
俺は木剣を強く握りしめ、茂みから飛び出した。
「そこまでだ、下衆ども」
静かに、しかし森の隅々まで響き渡るような声で告げる。
全てのゴブリンと、そして絶望の淵にいたリリアーナの視線が、一斉に俺へと注がれた。
逆光を背に立つ、銀髪の少年。
彼らの目に、俺の姿はどう映っただろうか。
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