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第12話:断罪者との婚約
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王都までの道のりは、俺にとって苦行以外の何物でもなかった。
豪華な公爵家の馬車は、揺れも少なく快適そのもの。しかし、向かいに座る父ルドルフの、期待に満ちた視線が絶えず俺に突き刺さる。
「アレン。王都では粗相のないようにな。お前の評判はすでに、陛下のお耳にも達している。クラインフェルト家の跡継ぎとして、恥ずかしくない振る舞いをしろ」
「……はい、父上」
俺は頷きながら、窓の外に流れる景色に目をやった。
恥ずかしくない振る舞い、か。それができれば苦労はしない。王都は俺にとって、処刑台へ続くレッドカーペットのようなものだ。一歩足を踏み外せば、即ゲームオーバー。そんな場所で、平静を装い続けなければならないのだから。
胃が、出発の時よりもさらに強く痛んだ。
数日後、馬車はついに王都に到着した。
高くそびえる城壁。活気にあふれる人々。整然と立ち並ぶ美しい街並み。そのどれもが、田舎の領地とは比べ物にならないほど洗練され、壮麗だった。
だが、俺の目には、その全てが灰色に見えた。この華やかな都のどこかに、俺の破滅を決定づける人物たちがいる。そう思うだけで、息が詰まりそうだった。
俺たちが滞在する王都の屋敷で旅装を解き、正装に着替えると、すぐに王城からの使者がやってきた。謁見の時間が来たのだ。
父に連れられ、白亜の城へと足を踏み入れる。磨き上げられた大理石の廊下。壁に飾られた歴代国王の肖像画。すれ違う近衛騎士たちの、一糸乱れぬ動き。その全てが、この国の中心たる威厳を示していた。
やがて、巨大な謁見の間の扉が開かれる。
広大な空間の最も奥。一段高くなった玉座に、このエルドラド王国の国王、アルベルト・フォン・エルドラドが鎮座していた。壮年を迎え、威厳と理性を兼ね備えた、賢王の雰囲気を漂わせる人物だ。
その傍らには、まだ年若い少女が一人、静かに佇んでいた。
父と共に進み出て、玉座の前で深く膝をつく。
「面を上げよ、クラインフェルト公爵。そして、その子がアレンか」
穏やかだが、よく通る声だった。俺は顔を上げ、国王と視線を合わせる。
「は。我が息子、アレンにございます」
「うむ。噂に違わぬ、聡明そうな顔つきをしておるな」
国王は満足げに頷くと、俺に直接言葉をかけた。
「アレン・フォン・クラインフェルト。其方の功績は、王国中に鳴り響いておるぞ。干ばつを予見し、民を飢えから救ったその知恵と慈悲、まこと見事であった」
「もったいないお言葉にございます、陛下。全ては、父の指導と、領民たちの尽力あってのこと。私一人の力など、取るに足らぬものにございます」
俺は、練習してきた完璧な模範解答を口にした。謙虚に、しかし卑屈になりすぎず。公爵家の子息としての品格を保った、完璧な受け答え。
国王は俺の返答に、ほう、と感心したように息を漏らした。周囲に控える大臣たちからも、小さなどよめきが起こる。
「謙遜するでない。其方の才は、まぎれもなくこの国の宝だ」
国王は機嫌よく笑うと、傍らに立つ少女に視線を移した。
「紹介しよう。我が娘、セレスティーナだ。セレス、挨拶を」
促され、少女が一歩前に進み出た。
その瞬間、俺は息をすることを忘れた。
燃えるような真紅の髪。勝ち気な光を宿す、空のように澄んだ青い瞳。まだ十三歳とは思えぬほど整った顔立ちは、気高く、そして近寄りがたいほどの美しさを放っていた。
彼女こそ、この国の第一王女、セレスティーナ・エル・エルドラド。
王国騎士団すら一目置く剣の腕を持つことから「剣姫」の異名を取り、そして何より、原作ゲームにおいて俺を断罪する中心人物。ヒロインの一人であり、俺の破滅を誰よりも強く望むはずの、最大の敵だった。
セレスティーナは、値踏みするような冷たい視線を俺に向けた。その瞳には、好奇心と、わずかな敵愾心が混じっているように見えた。
「……お初にお目にかかります、アレン・フォン・クラインフェルト卿。我が父が、貴方のことを大変高く評価しておりましたわ。お会いできて、光栄ですこと」
その声は鈴を転がすように美しかったが、言葉の端々には棘があった。明らかに、俺を試している。
やばい。地雷だ。ここで少しでも驕った態度を見せれば、即座に好感度がマイナスに振り切れる。
俺は再び、深く頭を下げた。
「セレスティーナ王女殿下におかれましても、ご健勝のこと、お慶び申し上げます。殿下の武勇の噂は、遠くクラインフェルトの地にも届いております。このアレン、殿下にお会いできたことこそ、生涯の誉れにございます」
俺は彼女のプライドを最大限にくすぐる言葉を選んだ。女性としてではなく、一人の優れた武人として称える。これが、この手の高慢なキャラクターには一番効くはずだ。
案の定、セレスティーナの眉がわずかに動いた。俺への警戒心が、少しだけ解けたように見えた。
「うむ、良い心がけだ」
俺たちのやり取りを見て、国王は満足そうに頷いた。
そして、彼は謁見の間にいる全ての者たちに向けて、爆弾を投下した。
「本日、両名をここに呼んだのは、他でもない。この国の未来のため、二人の婚約を正式に発表するためである!」
……は?
国王の言葉が、脳に届くまで数秒かかった。
こんやく?誰と誰の?俺と、目の前の断罪者の?
冗談だろう。悪夢だ。これは悪夢に違いない。
俺は顔面蒼白になりながら、助けを求めるように父を見た。
父は、そんな俺の視線に気づくことなく、感無量の面持ちで深く頭を下げている。
「陛下!これ以上ない、光栄にございます!」
おい、やめろ。何を喜んでいるんだ、この親父は。息子が処刑台への片道切符を受け取ったというのに。
「アレン・フォン・クラインフェルトよ」
国王が、にこやかに俺の名を呼ぶ。
「我が娘、セレスティーナを、生涯をかけて支え、守ってくれるな」
俺は、何も答えられなかった。
声が出ない。思考が完全に停止している。
断罪者との、婚約。
それは、破滅へのカウントダウンが始まったことを告げる、死刑宣告に他ならなかった。
どうする。どうすればいい。この最悪の未来を、どうすれば回避できる?
謁見の間に響く祝福の拍手を聞きながら、俺はただ、終わりの見えない絶望の淵へと、静かに沈んでいくのを感じていた。
豪華な公爵家の馬車は、揺れも少なく快適そのもの。しかし、向かいに座る父ルドルフの、期待に満ちた視線が絶えず俺に突き刺さる。
「アレン。王都では粗相のないようにな。お前の評判はすでに、陛下のお耳にも達している。クラインフェルト家の跡継ぎとして、恥ずかしくない振る舞いをしろ」
「……はい、父上」
俺は頷きながら、窓の外に流れる景色に目をやった。
恥ずかしくない振る舞い、か。それができれば苦労はしない。王都は俺にとって、処刑台へ続くレッドカーペットのようなものだ。一歩足を踏み外せば、即ゲームオーバー。そんな場所で、平静を装い続けなければならないのだから。
胃が、出発の時よりもさらに強く痛んだ。
数日後、馬車はついに王都に到着した。
高くそびえる城壁。活気にあふれる人々。整然と立ち並ぶ美しい街並み。そのどれもが、田舎の領地とは比べ物にならないほど洗練され、壮麗だった。
だが、俺の目には、その全てが灰色に見えた。この華やかな都のどこかに、俺の破滅を決定づける人物たちがいる。そう思うだけで、息が詰まりそうだった。
俺たちが滞在する王都の屋敷で旅装を解き、正装に着替えると、すぐに王城からの使者がやってきた。謁見の時間が来たのだ。
父に連れられ、白亜の城へと足を踏み入れる。磨き上げられた大理石の廊下。壁に飾られた歴代国王の肖像画。すれ違う近衛騎士たちの、一糸乱れぬ動き。その全てが、この国の中心たる威厳を示していた。
やがて、巨大な謁見の間の扉が開かれる。
広大な空間の最も奥。一段高くなった玉座に、このエルドラド王国の国王、アルベルト・フォン・エルドラドが鎮座していた。壮年を迎え、威厳と理性を兼ね備えた、賢王の雰囲気を漂わせる人物だ。
その傍らには、まだ年若い少女が一人、静かに佇んでいた。
父と共に進み出て、玉座の前で深く膝をつく。
「面を上げよ、クラインフェルト公爵。そして、その子がアレンか」
穏やかだが、よく通る声だった。俺は顔を上げ、国王と視線を合わせる。
「は。我が息子、アレンにございます」
「うむ。噂に違わぬ、聡明そうな顔つきをしておるな」
国王は満足げに頷くと、俺に直接言葉をかけた。
「アレン・フォン・クラインフェルト。其方の功績は、王国中に鳴り響いておるぞ。干ばつを予見し、民を飢えから救ったその知恵と慈悲、まこと見事であった」
「もったいないお言葉にございます、陛下。全ては、父の指導と、領民たちの尽力あってのこと。私一人の力など、取るに足らぬものにございます」
俺は、練習してきた完璧な模範解答を口にした。謙虚に、しかし卑屈になりすぎず。公爵家の子息としての品格を保った、完璧な受け答え。
国王は俺の返答に、ほう、と感心したように息を漏らした。周囲に控える大臣たちからも、小さなどよめきが起こる。
「謙遜するでない。其方の才は、まぎれもなくこの国の宝だ」
国王は機嫌よく笑うと、傍らに立つ少女に視線を移した。
「紹介しよう。我が娘、セレスティーナだ。セレス、挨拶を」
促され、少女が一歩前に進み出た。
その瞬間、俺は息をすることを忘れた。
燃えるような真紅の髪。勝ち気な光を宿す、空のように澄んだ青い瞳。まだ十三歳とは思えぬほど整った顔立ちは、気高く、そして近寄りがたいほどの美しさを放っていた。
彼女こそ、この国の第一王女、セレスティーナ・エル・エルドラド。
王国騎士団すら一目置く剣の腕を持つことから「剣姫」の異名を取り、そして何より、原作ゲームにおいて俺を断罪する中心人物。ヒロインの一人であり、俺の破滅を誰よりも強く望むはずの、最大の敵だった。
セレスティーナは、値踏みするような冷たい視線を俺に向けた。その瞳には、好奇心と、わずかな敵愾心が混じっているように見えた。
「……お初にお目にかかります、アレン・フォン・クラインフェルト卿。我が父が、貴方のことを大変高く評価しておりましたわ。お会いできて、光栄ですこと」
その声は鈴を転がすように美しかったが、言葉の端々には棘があった。明らかに、俺を試している。
やばい。地雷だ。ここで少しでも驕った態度を見せれば、即座に好感度がマイナスに振り切れる。
俺は再び、深く頭を下げた。
「セレスティーナ王女殿下におかれましても、ご健勝のこと、お慶び申し上げます。殿下の武勇の噂は、遠くクラインフェルトの地にも届いております。このアレン、殿下にお会いできたことこそ、生涯の誉れにございます」
俺は彼女のプライドを最大限にくすぐる言葉を選んだ。女性としてではなく、一人の優れた武人として称える。これが、この手の高慢なキャラクターには一番効くはずだ。
案の定、セレスティーナの眉がわずかに動いた。俺への警戒心が、少しだけ解けたように見えた。
「うむ、良い心がけだ」
俺たちのやり取りを見て、国王は満足そうに頷いた。
そして、彼は謁見の間にいる全ての者たちに向けて、爆弾を投下した。
「本日、両名をここに呼んだのは、他でもない。この国の未来のため、二人の婚約を正式に発表するためである!」
……は?
国王の言葉が、脳に届くまで数秒かかった。
こんやく?誰と誰の?俺と、目の前の断罪者の?
冗談だろう。悪夢だ。これは悪夢に違いない。
俺は顔面蒼白になりながら、助けを求めるように父を見た。
父は、そんな俺の視線に気づくことなく、感無量の面持ちで深く頭を下げている。
「陛下!これ以上ない、光栄にございます!」
おい、やめろ。何を喜んでいるんだ、この親父は。息子が処刑台への片道切符を受け取ったというのに。
「アレン・フォン・クラインフェルトよ」
国王が、にこやかに俺の名を呼ぶ。
「我が娘、セレスティーナを、生涯をかけて支え、守ってくれるな」
俺は、何も答えられなかった。
声が出ない。思考が完全に停止している。
断罪者との、婚約。
それは、破滅へのカウントダウンが始まったことを告げる、死刑宣告に他ならなかった。
どうする。どうすればいい。この最悪の未来を、どうすれば回避できる?
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