ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第16話:社交界という戦場

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王都に来てから、一月が過ぎた。
俺の生活は、もはや平穏とはかけ離れたものになっていた。
朝はセレスティーナとの剣の稽古で始まり、日中はルナによる知の尋問が続く。夜になればリリアーナからの熱情的な手紙が届き、俺の精神を削りに来る。
三人の断罪者(ヒロイン)たちは、それぞれ異なる方法で俺の胃にダメージを与え続けていた。もはや俺は、自分が破滅回避のために行動しているのか、それとも胃痛の原因を増やしているだけなのか、分からなくなっていた。

そんなある日、逃れられない運命が、新たな形で俺の前に立ちはだかった。
国王主催の夜会。
王国の有力貴族が一堂に会する、年に一度の重要な社交行事だ。当然、セレスティーナ王女の婚約者となった俺にも、参加の勅命が下った。
「嫌です」
俺は父に即答した。
「馬鹿者。これは陛下の御命令だぞ。断れるわけがなかろう」
「病気ということにはなりませんか。仮病とか」
「誰のせいで、お前の健康管理が屋敷の一大関心事になっていると思っている。無理だ」
父はにべもなく俺の懇願を切り捨てた。
そうだった。最近の俺の胃痛を心配したアンナが、屋敷中の使用人に「アレン様は心労でお倒れになるかもしれない」と吹聴して回った結果、俺の食事から健康管理まで、異常なレベルで徹底管理されるようになっていたのだ。完璧に健康体である。

かくして俺は、寸分の隙もなく仕立てられた豪奢な礼服に身を包み、社交界という名の戦場へと引きずり出された。
王城の大広間は、シャンデリアの眩い光に照らされ、着飾った貴族たちの喧騒で満ちていた。美しいドレスを纏った令嬢たち。威厳のある勲章を胸につけた貴族たち。誰もが笑顔の仮面を被り、その裏で腹を探り合っている。
俺は壁の花に徹するつもりだった。だが、そのささやかな望みは、会場に入った瞬間に打ち砕かれた。

「アレン。こちらへ」
会場の中心で、ひときわ輝く存在感を放っていたセレスティーナが、俺を手招きしたのだ。
燃えるような真紅のドレスを纏った彼女は、まさに「剣姫」の名にふさわしい、凛とした美しさだった。その隣に立つだけで、会場中の視線が嫌でも集まってくる。
「遅かったじゃない。私のエスコート役が、主役より後に来るなんて感心しないわ」
彼女は楽しそうに俺の腕を取った。周囲から、嫉妬と羨望の入り混じった視線が突き刺さる。やめてくれ。俺はただ、生きていたいだけなんだ。

「あれが、噂の『若き賢者』か」
「なんとまあ、お小さい。あのような子供が王女殿下の婚約者とは」
「だが、その才覚は本物だとか。クラインフェルト公も、ご満悦だろうな」
聞こえてくる囁き声が、俺の胃をギリギリと締め付ける。
俺は愛想笑いを浮かべながら、ひたすら時間が過ぎるのを待った。
だが、戦場というものは、決して兵士を休ませてはくれないらしい。

「これはこれは、アレン・フォン・クラインフェルト卿ではございませんか」
ねっとりとした、不快な声が聞こえた。
振り返ると、派手な装飾の礼服を着た、少し太り気味の若い男が立っていた。その顔には、作り物めいた笑みが張り付いている。
バルガス子爵家嫡男、ゲルハルト・フォン・バルガス。
原作ゲームにおける、典型的な嫌味ライバルキャラクターだ。彼はセレスティーナに密かな好意を寄せており、その婚約者であるアレンを目の敵にしている。そして、ことあるごとに絡んできては、アレンの悪評を広めるための噛ませ犬として活躍する、重要な役割を担っていた。
来たか。原作イベントのお出ましだ。

「お噂はかねがね。田舎領地で起きた干ばつを、偶然にも予見なされたとか。いやはや、まことにお見事な『幸運』ですな」
ゲルハルトは、俺の功績をあからさまに皮肉ってみせた。周囲の貴族たちが、面白そうにこちらを窺っている。
セレスティーナの眉が、ぴくりと動いた。彼女が何か言う前に、俺は一歩前に出た。
「お褒めにあずかり、光栄です。バルガス卿」
俺は完璧な貴公子の笑みを浮かべた。
「私のしたことなど、幸運と、民の努力の賜物。卿のような由緒あるお家柄の方に評価していただけるとは、望外の喜びにございます」
煽られたら、乗らない。相手を立てつつ、柳に風と受け流す。これが、社交界における最も穏便な対処法のはずだ。

しかし、ゲルハルトはそれで引き下がるほど、物分かりの良い男ではなかった。原作通りだ。
俺の大人な対応が、逆に彼のプライドを傷つけたらしい。その顔が、侮辱されたかのように微かに歪む。
「ふん。口先だけは達者なようだ。だが、その若さで得た名声が、どれほど脆いものか、思い知らせてやる必要があるようだな」
彼はわざとらしく、声を大きくした。会場の注目が、さらに俺たちへと集まる。
「クラインフェルト卿。貴方は魔法にも長けていると伺いました。どうです?この場で、我々と余興と参りましょうではないか」
ゲルハルトはニヤリと笑い、俺を挑発する。
その目は、もはや獲物を見つけた蛇のように、執拗な光を宿していた。
まずい。一番避けたかった、面倒な展開になってきた。
俺は内心で悪態をつきながら、どうやってこの場を切り抜けるか、思考をフル回転させていた。
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