ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第18話:見えざる経済戦争

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夜会での一件以来、ゲルハルト・フォン・バルガスからの直接的な嫌がらせは鳴りを潜めた。
しかし、それで彼が諦めたわけではないことを、俺はすぐに知ることになる。彼は戦いの舞台を、社交界の華やかな場から、水面下の陰湿な経済活動へと移したのだ。

異変に最初に気づいたのは、王都の屋敷の執事だった。
「アレン様。奇妙なことに、我がクラインフェルト家と取引のある商家数件から、立て続けに契約の見直しを申し入れられております」
書斎でルナとの魔術談義(という名の尋問)に付き合わされていた俺は、その報告に顔を上げた。
「契約の見直し?理由は何だ」
「それが、どうにも歯切れが悪く……。どうやら、バルガス子爵家から、何らかの圧力がかかっている模様です」
やはり、あの男か。
俺は内心で舌打ちした。

バルガス子爵家は、代々商業ギルドの幹部を輩出している家柄だ。その影響力は、王都の経済界において無視できないものがある。ゲルハルトは、その立場を利用して、クラインフェルト家に繋がる金の流れを断ち切ろうとしているのだ。
直接的な武力や権力ではなく、経済的な締め付けによって俺を追い詰め、評判を失墜させる。夜会で恥をかかされた彼らしい、陰湿で回りくどい報復だった。
「父上には、この件は?」
「はい。旦那様は『静観せよ』と。アレン様がどう動かれるか、見極めたいご様子です」
また試されているのか。
俺はこめかみを押さえた。胃痛の種が、尽きることを知らない。

「経済、ですか。興味深い」
それまで黙って話を聞いていたルナが、感情の読めない瞳で俺を見た。
「アレン。貴方は、この状況をどう打開するのですか?魔術では、金の流れは止められません」
彼女の問いは、純粋な知的好奇心から来るものだ。この天才魔導師にとって、俺が直面している問題は、解き明かすべき新たなパズルの一つでしかない。

「……そうですね。金の流れが止められるなら、新たな流れを作ればいいだけの話です」
俺は静かに答えた。
幸い、俺の頭の中には、前世の知識という宝の山がある。この世界の人間がまだ知らない、画期的な商品やサービスのアイデアが、無数に眠っているのだ。
俺は執事を呼び、いくつかの指示を出した。
「王都で一番腕の良いガラス職人と、腕利きの時計職人を、それぞれ数名、秘密裏に集めてくれ。報酬は言い値で構わない」
「は、はあ……。承知いたしました」
執事は訝しげな顔をしながらも、俺の指示に従って下がっていった。
ルナが、興味深そうに俺に尋ねる。
「ガラスと時計。それで、何をするつもりです?」
「見ていれば分かりますよ、先生。ささやかな、錬金術をお見せします」
俺は不敵に笑ってみせた。内心では、胃がねじ切れそうなほどのプレッシャーを感じていたが。

数日後。屋敷の一室に集められた職人たちの前で、俺は一枚の設計図を広げた。
それは、前世の知識を元に俺が描き起こした、ある道具の設計図だった。
「こ、これは……?」
職人たちが、図面を食い入るように見つめる。
「ガラスのレンズを組み合わせ、遠くのものを大きく見せる道具……『望遠鏡』と、小さなものを拡大して見る道具……『顕微鏡』だ」
この世界にも、レンズの原型となるものは存在する。だが、それを組み合わせて実用的な道具にするという発想は、まだなかった。
職人たちは、最初は半信半疑だった。だが、俺が示した詳細な設計図と、その理論的な裏付けを説明するうちに、彼らの目は次第にプロとしての輝きを放ち始めた。
「面白い!こんな仕組み、考えたこともなかった!」
「これがあれば、星の動きも、もっと詳しく観察できるかもしれん!」
彼らの創作意欲に、火がついた。

同時に、俺はもう一つの計画を進めていた。
クラインフェルト領から、ある特産品を大量に取り寄せたのだ。それは、この世界では薬草の一種としてしか認識されていない、ある植物の実。
そう、コーヒー豆だ。
俺は屋敷の料理人に、焙煎の仕方から淹れ方まで、前世の知識を叩き込んだ。そして、完成した漆黒の液体を、王都の有力な商人たちを招いた席で振る舞った。
「こ、これは……!?香ばしい香りと、深い苦味……。しかし、飲んだ後は頭がすっきりと冴える!」
初めてコーヒーを口にした商人たちは、その未知の味と覚醒作用に、たちまち虜になった。
俺は彼らに、この「黒い水薬(コーヒー)」の独占販売権をちらつかせ、クラインフェト家との新たな協力関係を打診した。バルガス家の圧力に揺れていた商人たちが、色めき立つ。

望遠鏡と顕微鏡は、貴族や学者たちの知的好奇心を刺激し、爆発的な需要を生んだ。
コーヒーは、商人や文官たちの仕事の能率を上げ、瞬く間に王都の新たな流行となった。
どちらも、バルガス家の影響が及ばない、全く新しい市場だ。
俺が作り出した新たな金の流れは、あっという間に大きな奔流となり、バルガス家の妨害によって生じた損失など、些細なものに思えるほどの利益をクラインフェルト家にもたらした。

商業ギルドは、この新たな市場の主導権を握ろうと躍起になった。だが、製造方法も販売網も、全てクラインフェルト家が押さえている。彼らは俺に頭を下げ、協力を請うしかなかった。
結果として、バルガス子爵家の経済的な影響力は、相対的に大きく低下することになった。ゲルハルトが仕掛けた見えざる経済戦争は、彼の完敗という形で、あっけなく幕を閉じたのだ。

「……アレン。貴方は、本当に面白い」
一連の騒動の顛末を全て見届けたルナが、感嘆とも呆れともつかない声で呟いた。
「魔術の深淵を覗く知性を持ちながら、俗世の経済まで動かしてしまう。貴方の頭の中は、一体どういう構造になっているのですか」
「さあ、どうでしょうね」
俺は肩をすくめてみせた。
また、俺の評価が上がってしまった。それも、全く望んでいない方向で。
俺はただ、陰湿な嫌がらせから自分の身と家の財産を守りたかっただけなのだ。
だが、周囲の目には、俺が「敵対者の経済的妨害を、新たな発明と市場開拓によって鮮やかに粉砕した、恐るべき策略家」と映っているらしかった。
俺の胃痛は、もはや慢性的な持病として、完全に体に定着してしまっていた。
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