ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第24話:聖教会の誤解

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俺が匿名で行ったスラム街への寄付は、予想以上の波紋を広げていた。
王都の民は顔も知らぬ「謎の聖人」の噂で持ちきりになり、聖教会はその功績を大々的に称え、毎日の礼拝でその人物のために祈りを捧げるようになった。
俺としては、カイルの育成環境が整えばそれで良かったのだが、事態は俺の思惑とは少し違う方向へと転がり始めていた。

その日、俺は王都の屋敷に、聖教会からの使者を迎えていた。
やってきたのは、枢機卿という高位の聖職者だった。白金の豪奢な法衣を纏った老人は、俺を見るなり、深い感銘を受けたかのような表情で、厳かに口を開いた。
「アレン・フォン・クラインフェルト卿。直接お会いできて、光栄の至りにございます」
「……枢機卿様が、私に何かご用でしょうか」
俺は内心で首を傾げた。聖教会とクラインフェルト家は、特に深い付き合いはないはずだ。

「単刀直入に申し上げましょう」
枢機卿は、その慈愛に満ちた瞳で、俺を真っ直ぐに見つめた。
「先日の、スラム街への莫大な寄付。あれは、貴方様がなされたことでしょう?」
「……は?」
俺は思わず、素っ頓狂な声を上げた。
なぜ、バレている?ゲルハルトには、細心の注意を払うよう命じたはずだ。俺の名前は、絶対に表に出ない手筈だった。
俺の動揺を見て、枢機卿は「やはりそうでしたか」と、満足げに頷いた。

「お隠しになることはありません。我々は、神に仕える身。俗世の金の流れなど、手に取るように分かります。商業ギルドを経由した金の出所を辿れば、貴方様に行き着くのは、自明の理」
そんな馬鹿な。聖教会が、商業ギルドの帳簿を閲覧できる権限など持っているはずがない。
だが、枢機卿は確信に満ちた表情で、言葉を続けた。
「……それに、我々にはもう一つ、貴方様が『聖人』であるという、確たる証拠がございました」
「証拠……?」
「ええ。リリアーナ・フォン・シルフィード嬢です」

リリアーナ。
その名前が出た瞬間、俺の胃が警告音を発した。嫌な予感しかしない。
枢機卿は、うっとりとした表情で語り始めた。
「あの子は、我々聖教会にとっても、いずれ聖女となるべき大切な宝。その彼女が、貴方様に命を救われたと、涙ながらに我々に報告してくれました。森で魔物に襲われた絶望の淵に、光と共に現れた銀髪の救世主。その御方は、ご自身の名を『アレン』と名乗り、そして未来の聖女である彼女の運命を、すでに見通しておられた、と」

まずい。まずいぞ。
あの時の、俺の一世一代のハッタリが、こんなところで裏目に出ている。
リリアーナの報告は、聖教会の上層部に、俺がただ者ではないという強烈な印象を植え付けていたのだ。
「未来を予見し、民を飢饉から救う『若き賢者』。聖女の運命を見通し、その窮地を救う『光の御使い』。そして、その富を己のためでなく、最も貧しき者たちのために、名を隠して施しを与える『無名の聖人』」
枢機卿は、一つ一つ、俺の「功績」を指折り数える。
「これほど多くの奇跡が、一人の少年の身に重なる。これを、神の御業と言わずして、何と申しましょうか」

彼は、完全に、俺が神に選ばれた特別な存在だと信じ込んでいる。
違うんだ。俺はただ、死にたくないだけなんだ。
その心の叫びは、もちろん声にはならない。
俺が顔面蒼白で固まっていると、枢機卿は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。それは、聖教会の紋章が刻まれた、荘厳な感謝状だった。
「これは、我々聖教会からの、ささやかな感謝の印。異例のことでございますが、アレン・フォン・クラインフェルト卿に、聖教会最高の名誉である『聖騎士』の称号を、叙任したく存じます」

せ、聖騎士!?
冗談じゃない。そんなものになったら、目立ちすぎるどころの話ではない。王国の歴史に名が残ってしまう。それは、平穏な老後とは真逆の生き方だ。
「お待ちください、枢機卿様!それは誤解です!私は、そのような大それた人間では……!」
俺は必死に否定した。
だが、枢機卿は俺の謙遜を、さらなる美徳と受け取ったようだった。
「おお……。これほどの御業を成しながら、驕ることなく、どこまでも謙虚であられるとは。なんと、なんと素晴らしいお方だ!」
彼は感涙にむせび、俺の手を取って固く握りしめた。
話が、全く通じない。
この老人は、俺というフィルターを通して、自分たちの信じる神の姿を見ているのだ。俺が何を言おうと、それは全て「聖人アレン様の有り難いお言葉」として、ポジティブに変換されてしまう。

結局、俺は「聖騎士」の称号を、無理やり押し付けられる形で受け取らざるを得なかった。
枢機卿が感動の涙と共に帰っていくのを、俺は抜け殻のような状態で見送った。
屋敷の廊下を、ふらふらと歩く。
すれ違う使用人たちが、俺を見て、畏敬の眼差しで十字を切っている。
「アレン様が、聖騎士に……」
「やはり、あの方は神に選ばれし御方だったのだ……」
もはや、この屋敷はクラインフェルト家のものというより、新興宗教の教団施設のようだった。そして、俺はその御本尊様だ。

俺は自室にたどり着くと、鍵をかけ、ベッドに倒れ込んだ。
「……もう、疲れた」
ぽつりと、本音が漏れた。
破滅を回避するための行動が、次から次へと新たな誤解を生み、俺を「聖人」という神輿の上へと担ぎ上げていく。
このままでは、俺は平穏な老後どころか、生きながらにして神格化されてしまう。
そんな未来は、ギロチンで処刑されるのと同じくらい、ごめんだった。
俺は枕に顔を埋め、ただひたすらに、自分の胃の痛みがこれ以上悪化しないことだけを、心の中で祈り続けた。
皮肉にも、その姿は、本当に祈りを捧げる聖人のように見えたかもしれない。
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