ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第23話:主人公への先行投資

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俺の希望の星、カイル・アークライト。
彼を無事に物語の主役の座に就かせ、ヒロインたちを押し付ける。それが、俺の新たな最優先課題となった。
だが、闇雲に動くのは得策ではない。下手に俺が直接接触すれば、カイルの運命を捻じ曲げてしまうどころか、新たな破滅フラグを立てる危険性すらある。
行動は、慎重に、かつ秘密裏に行わなければならない。

「ゲルハルト。君に頼みたいことがある」
俺は新商品開発ギルドの執務室に、今や俺の最も忠実な信奉者となったゲルハルトを呼び出した。
「はっ!このゲルハルト、アレン様のためならば、いかなるご命令も!」
彼は膝をつき、感涙にむせびながら俺の言葉を待っている。彼のこの過剰な忠誠心は、こういう時には非常に役に立つ。
「王都南区のスラム街に、カイルという少年がいるはずだ。彼の素性と日々の暮らしについて、誰にも気づかれぬよう、詳しく調べてほしい」
「カイル……。承知いたしました!必ずや、アレン様のお眼鏡にかなう情報をお持ちいたします!」
ゲルハルトは俺の意図など微塵も理解していないだろうが、それでいい。彼は「アレン様が次に目をつけた逸材に違いない」「何という深謀遠慮だ」とでも勘違いしているはずだ。彼は俺の期待通り、有能な駒として完璧に動いてくれた。

数日後、ゲルハルトがもたらした報告書の内容は、俺の顔を曇らせるには十分すぎるものだった。
報告によれば、カイルは両親を流行り病で亡くした孤児だった。彼はスラム街の他の孤児たちと身を寄せ合い、日雇いの力仕事や、時にはゴミ漁りをして、その日のパンをどうにか手に入れているという。
その劣悪な環境の中でも、彼は決して希望を失っていなかった。弱き者を助け、年下の子供たちの面倒を見、夜になれば拾ってきた棒きれを剣に見立てて、黙々と素振りを繰り返しているらしい。
まさに、主人公の鑑。
だが、問題はそこではなかった。

「……これでは、才能が開花する前に潰れてしまう」
俺は報告書を握りしめ、呻いた。
スラム街は、病と暴力が渦巻く無法地帯だ。衛生状態は劣悪で、いつまた新たな病が流行してもおかしくない。カイル自身も、度々チンピラに絡まれ、その度に返り討ちにしているようだが、いつか命を落とさないとも限らない。
こんな環境で、彼が無事に十五歳まで成長し、王立魔法学園に入学できる確率がどれほどあるだろうか。
俺の平穏な老後が、スラム街の治安と衛生問題に懸かっている。冗談ではない。

待っているだけではダメだ。俺が、彼の育つ環境を整える必要がある。
だが、どうやって?
クラインフェルト家の名を大っぴらに使ってスラム街の再開発をすれば、目立ちすぎる。それは、俺が最も避けたいことだ。
ならば、方法は一つ。
「謎の篤志家」になるしかない。

俺は再びゲルハルトを呼んだ。
「商業ギルドを通じて、聖教会に多額の寄付をしたい。私の名前は、決して出すな。寄付金の使途は、王都南区の環境改善事業に限定するように」
「は、はあ……。匿名で、でございますか?」
「そうだ。これは、誰にも知られてはならない、先行投資だ」
俺は意味深に呟いた。ゲルハルトは「な、なるほど……!先行投資……!さすがはアレン様、どこまでもお見通しで……!」と、また一人で勝手に感動して打ち震えている。
話が早くて助かる。

俺は、自分の個人資産の中から、城の一つや二つは軽く買えるほどの金額を、迷わず叩き込んだ。もちろん、胃はキリキリと痛んだ。俺の平穏な老後のための資金が、ここで消えていくのだから。だが、これは必要経費だ。未来への保険金だと思えば、安いもの……いや、安くはないが、払うしかない。

突然、商業ギルド経由で聖教会にもたらされた、莫大な匿名の寄付金。
そのニュースは、瞬く間に王都の話題をさらった。
「一体どこの大富豪だ?」
「何の見返りも求めず、スラムの民のために……。まるで聖人のようなお方だ」
王都の人々は、顔も知らぬ「謎の聖人」の噂で持ちきりになった。

聖教会は、その潤沢な資金を元に、大規模な慈善事業を開始した。
スラム街には、温かい食事が無料で提供される炊き出し所が作られ、孤児たちのための新しい宿舎と学び舎が建設された。腕の良い医者を雇った診療所も開かれ、病に苦しむ人々を救った。
さらに、寄付金の一部は衛兵隊にも渡り、南区の巡回が強化された。これにより、治安は劇的に改善された。

俺はゲルハルトからの報告で、スラム街が日に日に活気を取り戻していく様子を知った。
そして、カイルもまた、その恩恵を受けていた。
彼は新設された孤児院に保護され、もうゴミを漁る必要はなくなった。日中の重労働からも解放された彼は、有り余る時間を全て、剣の修行に注ぎ込むことができるようになったという。
「よし……!」
俺は報告書を読み終え、満足げに頷いた。
計画は、完璧に進んでいる。
これでカイルは、何の憂いもなくその才能を伸ばすことができるだろう。そして、いずれ王立魔法学園の特待生として、華々しく歴史の表舞台に登場するはずだ。
その時こそ、俺がヒロインたちを彼に押し付け、この胃痛地獄から解放される時だ。

俺は、まだ見ぬ未来の親友の健やかな成長を祈りながら、ほくそ笑んだ。
自分の行動が、王都で「謎の聖人」伝説を生み出し、巡り巡って俺自身の首を絞める新たな勘違いの火種になっていることなど、この時の俺は全く想像していなかった。
ただ、先行投資の成功を確信し、少しだけ軽くなった胃の調子に、ささやかな喜びを感じていただけだった。
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