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第22話:未来の希望、その名は
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朝。俺は目覚めると、まず両手で腹を押さえた。
胃が、鉛のように重い。
リリアーナからの恋文、セレスティーナからの稽古の誘い、ルナからの学術的尋問。三方向からの猛攻は、王都に来てからさらに激しさを増していた。俺の平穏な生活は、最早過去の遺物と化している。
「アレン様、本日は王女殿下との乗馬の予定が入っております」
執事が告げる。俺はすでに胃液が逆流するような感覚を覚えながら、重い足取りで食堂へと向かった。
そこには、すでにルナが待ち構えている。彼女は朝食のパンを一口かじるごとに、俺が昨日話した魔力流動の最新理論について、鋭い質問を浴びせてきた。俺は冷めていく紅茶を飲み干し、必死に頭を回転させる。
「……貴方の提唱する『概念的マナフィールド』は、いまだ観測できていません。実証実験が必要です」
「先生、それは私の体を使って、という意味ではないですよね?」
「当然です。最高のサンプルが目の前にいるのに、利用しない手はないでしょう」
ルナは無表情なまま、真顔で恐ろしいことを言い放った。俺の胃が、さらに深く沈み込む。
そんな地獄のような日々を送る中、ふと俺は、ある人物の噂を耳にすることになった。
それは、父ルドルフが王都の貴族たちと酒を酌み交わしている、夜の書斎でのことだった。俺はいつも通り、壁に張り付いて盗み聞きをしていたのだ。今後起こる政変や、貴族間の力関係を探るためだ。
「……しかし公爵閣下。最近の王都の噂、耳にされましたかな?」
一人の子爵が、興奮した声で父に語りかけていた。
「何のことだ?」
「それが、平民の出でありながら、驚くべき剣の才を持つ若者がいると。まだ年端もいかぬ少年ながら、並の騎士など赤子の手をひねるように打ち破るとか」
「ほう。そのような者がおるのか」
父は興味深そうに相槌を打った。
「ええ。その少年の名、確か……カイル、とか申したと記憶しております。なんでも、スラム街の出身だとか」
その名前を聞いた瞬間、俺の全身に電流が走った。
カイル。
平民出身の少年。非凡な剣の才。スラム街。
その特徴は、前世の記憶に深く刻まれている、ある人物と完全に一致していた。
乙女ゲーム『エターナル・ファンタジア』の、正真正銘の主人公。
カイル・アークライト。
俺の破滅を回避し、平穏な老後を送るための、最後の希望。
彼こそが、この物語において、ヒロインたちの心を奪い、世界の危機を救うべき存在だったのだ。
俺は自分の存在が、本来の主人公の活躍の場を奪い、ヒロインたちの恋心を狂わせている原因ではないかと、薄々感づいていた。
ならば、本来の物語の筋道に戻すことができれば、俺は悪役としての役割から解放され、悠々自適な隠居生活を送れるのではないか?
俺は壁の向こうで、一人興奮を抑えきれずに震えた。
そうだ。彼にヒロインたちを押し付ければいい。
俺は、彼らの良き親友、良き理解者として振る舞う。そして、彼らが恋を育み、王国を救うのを、陰からそっと見守るのだ。
そうすれば、俺は悪役として断罪されることもなく、ヒロインたちからの重すぎる愛からも解放される。
完璧だ。これぞ、完璧な破滅回避計画の最終段階。
俺の心の奥底に、久しぶりに純粋な希望の光が差し込んだ。
胃の痛みも、その時だけは、少しだけ和らいだような気がした。
だが、その希望は、すぐに別の不安へと姿を変えた。
カイルはまだ、この時点ではただの「剣の才を持つ平民の少年」だ。
彼は本来、王立魔法学園に入学し、ヒロインたちと出会い、様々な事件を共に乗り越えることで、その能力を開花させていくはずだった。
しかし、俺はすでに学園に先回りし、ヒロインたちと出会い、なんならその心を掴みかけている。カイルが学園に入学する頃には、俺は彼女たちにとって、かけがえのない存在になっているだろう。
そんな状況で、彼らが原作通りにカイルに惹かれるだろうか?
さらに、スラム街の出身という彼が、貴族たちの集う王立魔法学園に入学するには、いくつもの壁があるはずだ。
原作では、学園関係者の目に留まり、特待生として入学する、という流れだったはずだが……。
俺が知る限り、この王都には、平民の才能を積極的に見出すような慈善家は存在しない。
となると、原作の学園入学イベントが発生しない可能性すらある。それでは、カイルとヒロインたちが結ばれる機会も失われてしまう。
「……まずい」
俺は思わず、声に出して呟いた。
まただ。また、俺のせいで、物語の歯車が狂い始めている。
希望が見えたと思ったら、すぐに新たな不安の種が湧いてくる。これが、転生悪役貴族の宿命なのか。
俺は再び、重苦しい胃痛に襲われた。
だが、今回はただ絶望するだけではなかった。
カイルが、俺の最後の希望であるならば、その希望を自らの手で掴み取るしかない。
俺は、カイルが学園に入学できるよう、そして彼がヒロインたちと出会い、結ばれるための舞台を整える必要がある。
そのためには、まず彼の存在を世間に知らしめ、その才能を評価してもらう必要があるだろう。
書斎の明かりが消え、父と貴族たちの話し声が遠のく。
俺は一人、壁にもたれかかったまま、カイルの噂についてさらに深く思考を巡らせた。
スラム街出身の少年が、非凡な剣の才を持つ。
その情報を、どうすればうまく利用できるか。
俺は、破滅回避のための新たな計画を、脳内で構築し始めた。
それは、まだ見ぬ未来の主人公への、壮大な先行投資となるだろう。
胃が、鉛のように重い。
リリアーナからの恋文、セレスティーナからの稽古の誘い、ルナからの学術的尋問。三方向からの猛攻は、王都に来てからさらに激しさを増していた。俺の平穏な生活は、最早過去の遺物と化している。
「アレン様、本日は王女殿下との乗馬の予定が入っております」
執事が告げる。俺はすでに胃液が逆流するような感覚を覚えながら、重い足取りで食堂へと向かった。
そこには、すでにルナが待ち構えている。彼女は朝食のパンを一口かじるごとに、俺が昨日話した魔力流動の最新理論について、鋭い質問を浴びせてきた。俺は冷めていく紅茶を飲み干し、必死に頭を回転させる。
「……貴方の提唱する『概念的マナフィールド』は、いまだ観測できていません。実証実験が必要です」
「先生、それは私の体を使って、という意味ではないですよね?」
「当然です。最高のサンプルが目の前にいるのに、利用しない手はないでしょう」
ルナは無表情なまま、真顔で恐ろしいことを言い放った。俺の胃が、さらに深く沈み込む。
そんな地獄のような日々を送る中、ふと俺は、ある人物の噂を耳にすることになった。
それは、父ルドルフが王都の貴族たちと酒を酌み交わしている、夜の書斎でのことだった。俺はいつも通り、壁に張り付いて盗み聞きをしていたのだ。今後起こる政変や、貴族間の力関係を探るためだ。
「……しかし公爵閣下。最近の王都の噂、耳にされましたかな?」
一人の子爵が、興奮した声で父に語りかけていた。
「何のことだ?」
「それが、平民の出でありながら、驚くべき剣の才を持つ若者がいると。まだ年端もいかぬ少年ながら、並の騎士など赤子の手をひねるように打ち破るとか」
「ほう。そのような者がおるのか」
父は興味深そうに相槌を打った。
「ええ。その少年の名、確か……カイル、とか申したと記憶しております。なんでも、スラム街の出身だとか」
その名前を聞いた瞬間、俺の全身に電流が走った。
カイル。
平民出身の少年。非凡な剣の才。スラム街。
その特徴は、前世の記憶に深く刻まれている、ある人物と完全に一致していた。
乙女ゲーム『エターナル・ファンタジア』の、正真正銘の主人公。
カイル・アークライト。
俺の破滅を回避し、平穏な老後を送るための、最後の希望。
彼こそが、この物語において、ヒロインたちの心を奪い、世界の危機を救うべき存在だったのだ。
俺は自分の存在が、本来の主人公の活躍の場を奪い、ヒロインたちの恋心を狂わせている原因ではないかと、薄々感づいていた。
ならば、本来の物語の筋道に戻すことができれば、俺は悪役としての役割から解放され、悠々自適な隠居生活を送れるのではないか?
俺は壁の向こうで、一人興奮を抑えきれずに震えた。
そうだ。彼にヒロインたちを押し付ければいい。
俺は、彼らの良き親友、良き理解者として振る舞う。そして、彼らが恋を育み、王国を救うのを、陰からそっと見守るのだ。
そうすれば、俺は悪役として断罪されることもなく、ヒロインたちからの重すぎる愛からも解放される。
完璧だ。これぞ、完璧な破滅回避計画の最終段階。
俺の心の奥底に、久しぶりに純粋な希望の光が差し込んだ。
胃の痛みも、その時だけは、少しだけ和らいだような気がした。
だが、その希望は、すぐに別の不安へと姿を変えた。
カイルはまだ、この時点ではただの「剣の才を持つ平民の少年」だ。
彼は本来、王立魔法学園に入学し、ヒロインたちと出会い、様々な事件を共に乗り越えることで、その能力を開花させていくはずだった。
しかし、俺はすでに学園に先回りし、ヒロインたちと出会い、なんならその心を掴みかけている。カイルが学園に入学する頃には、俺は彼女たちにとって、かけがえのない存在になっているだろう。
そんな状況で、彼らが原作通りにカイルに惹かれるだろうか?
さらに、スラム街の出身という彼が、貴族たちの集う王立魔法学園に入学するには、いくつもの壁があるはずだ。
原作では、学園関係者の目に留まり、特待生として入学する、という流れだったはずだが……。
俺が知る限り、この王都には、平民の才能を積極的に見出すような慈善家は存在しない。
となると、原作の学園入学イベントが発生しない可能性すらある。それでは、カイルとヒロインたちが結ばれる機会も失われてしまう。
「……まずい」
俺は思わず、声に出して呟いた。
まただ。また、俺のせいで、物語の歯車が狂い始めている。
希望が見えたと思ったら、すぐに新たな不安の種が湧いてくる。これが、転生悪役貴族の宿命なのか。
俺は再び、重苦しい胃痛に襲われた。
だが、今回はただ絶望するだけではなかった。
カイルが、俺の最後の希望であるならば、その希望を自らの手で掴み取るしかない。
俺は、カイルが学園に入学できるよう、そして彼がヒロインたちと出会い、結ばれるための舞台を整える必要がある。
そのためには、まず彼の存在を世間に知らしめ、その才能を評価してもらう必要があるだろう。
書斎の明かりが消え、父と貴族たちの話し声が遠のく。
俺は一人、壁にもたれかかったまま、カイルの噂についてさらに深く思考を巡らせた。
スラム街出身の少年が、非凡な剣の才を持つ。
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