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第41話:押しかけ夏休み
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学園の英雄。
その重すぎる称号を背負いながら、俺はどうにかこうにか、一学期を乗り切った。
テストの成績は、もちろん首席。手を抜こうにも、ルナからの「貴方がこの程度の問題で間違えるのは非合理的です」という無言の圧力と、セレスティーナからの「私の婚約者が凡庸な成績など許さないわ」という視線のレーザーを浴び続けた結果、全教科満点という最悪の結果を叩き出してしまった。
もはや、俺に逃げ場はない。
だが、そんな地獄のような日々にも、一筋の光はあった。
夏休みだ。
長い、長い夏休み。その間、俺は実家であるクラインフェルト領に戻ることができる。
ヒロインたちの顔も見なくて済む。学園の生徒たちの過剰な崇拝からも解放される。
ようやく訪れる、安息の日々。俺は領地で静養し、傷つききった胃を労わるのだ。
その希望だけを胸に、俺は終業式の日、誰よりも早く馬車に乗り込み、王都を後にした。
「お帰りなさいませ、アレン様!」
数ヶ月ぶりに帰ったクラインフェルトの屋敷は、俺を温かく迎えてくれた。
出迎えてくれたアンナは、俺の英雄譚をどこからか聞きつけたらしく、その瞳を潤ませて感涙にむせんでいた。
「ダンジョンで、一年生全員をお救いになったとか……!ああ、アレン様!貴方様は、やはりこのクラインフェルト領の、いえ、王国の光ですわ!」
「坊ちゃま!お痩せになりましたな!王都での心労、お察しいたします!」
執事や料理長、屋敷の使用人たちが、次々に俺の帰還を祝い、その身を案じてくれる。
学園での息が詰まるような日々とは違う、この心安らぐ空気。
「……ただいま、皆」
俺の口から、自然と笑みがこぼれた。
そうだ。ここが俺のホームだ。ここなら、俺は心穏やかに過ごせるはずだ。
その夜、俺は久しぶりに、胃の痛みを感じることなく眠りについた。
だが、俺の平穏は、たった一日で終わりを告げた。
夏休み二日目の午後。
俺が自室で読書に耽っていると、執事が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
「ア、アレン様!大変でございます!」
「どうした、落ち着け」
「王家と、聖教会、そしてアシュフォード辺境伯家の紋章を掲げた馬車が、三台同時に、ただいま屋敷の門を……!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の全身の血が凍りついた。
まさか。
いや、しかし、そんなはずは。
俺は信じたくない気持ちのまま、執事に案内されて玄関ホールへと向かった。
そこには、旅装を解いたばかりの、見慣れた、そして見たくなかった顔ぶれが勢揃いしていた。
「やあ、アレン。少し、屋敷が留守がちだと聞いたから、様子を見に来てあげたわ」
腕を組み、当然のような顔で言うセレスティーナ。
「アレン。貴方の領地における魔力流動は、王都とは異なる特性を持つ可能性がある。現地調査は、研究者として当然の責務です」
いつも通りの無表情で、しかし目は好奇心に輝いているルナ。
「アレン様……!お会いしとうございました……!夏休みの間、貴方様と離れて過ごすなど、私には耐えられません……!」
もはや本音を隠そうともしない、潤んだ瞳のリリアーナ。
そして、その後ろで、大きな荷物を抱えたカイルが、人の良い笑顔で手を振っていた。
「アレン様!夏休みも、ご指導よろしくお願いします!皆で、勉強会をしようってことになったんです!」
勉強会。
そのあまりにも健全で、しかし俺にとっては地獄の宣告に等しい言葉。
俺は、その場で崩れ落ちそうになるのを、必死で堪えた。
俺の安息所は、たった一日で、ヒロイン包囲網の最前線基地へと変貌を遂げたのだ。
「おお、これはこれは、王女殿下までようこそ!」
遅れて現れた父ルドルフは、俺の絶望など知る由もなく、満面の笑みで賓客たちを歓迎している。
「アレンよ、よくやった!我が息子ながら、見事な人脈だ!」
父は俺の肩を叩き、心底誇らしげに言った。違う。人脈じゃない。これはストーカー集団だ。
アンナを筆頭とする使用人たちも、「未来のお妃様候補が勢揃いだわ!」「どなたがアレン様の隣に立たれるのかしら!」と、大興奮で彼女たちの世話を焼き始めている。
屋敷中が、歓迎ムード一色。
俺の気持ちなど、誰も理解してはくれない。孤立無援。四面楚歌。
「さあ、アレン。早速、貴方の部屋を案内しなさい。勉強部屋に最適でしょう?」
セレスティーナが、俺の腕を掴む。
「待ってください。彼のプライベート空間に踏み込むのは、観測対象への過剰な干渉です。まずは、客間を」
ルナが、俺のもう片方の腕を掴む。
「あ、あの、アレン様!私が、お茶の準備を……!」
リリアーナが、俺の服の裾を掴む。
そして、カイルが、俺の背後から肩を掴んだ。
「アレン様!すごいですね!俺、こんな大きなお屋敷、初めてです!」
俺は、四方から体を拘束されながら、動くこともできず、ただ遠い目をした。
始まったばかりの夏休み。
それは、俺の胃にとって、過去最大級の試練となることを、俺は悟った。
俺の休みは、どこだ。
俺の平穏は、どこにあるんだ。
玄関ホールに響き渡る賑やかな声を聞きながら、俺の意識は、静かに、そしてゆっくりと、闇に沈んでいった。
その重すぎる称号を背負いながら、俺はどうにかこうにか、一学期を乗り切った。
テストの成績は、もちろん首席。手を抜こうにも、ルナからの「貴方がこの程度の問題で間違えるのは非合理的です」という無言の圧力と、セレスティーナからの「私の婚約者が凡庸な成績など許さないわ」という視線のレーザーを浴び続けた結果、全教科満点という最悪の結果を叩き出してしまった。
もはや、俺に逃げ場はない。
だが、そんな地獄のような日々にも、一筋の光はあった。
夏休みだ。
長い、長い夏休み。その間、俺は実家であるクラインフェルト領に戻ることができる。
ヒロインたちの顔も見なくて済む。学園の生徒たちの過剰な崇拝からも解放される。
ようやく訪れる、安息の日々。俺は領地で静養し、傷つききった胃を労わるのだ。
その希望だけを胸に、俺は終業式の日、誰よりも早く馬車に乗り込み、王都を後にした。
「お帰りなさいませ、アレン様!」
数ヶ月ぶりに帰ったクラインフェルトの屋敷は、俺を温かく迎えてくれた。
出迎えてくれたアンナは、俺の英雄譚をどこからか聞きつけたらしく、その瞳を潤ませて感涙にむせんでいた。
「ダンジョンで、一年生全員をお救いになったとか……!ああ、アレン様!貴方様は、やはりこのクラインフェルト領の、いえ、王国の光ですわ!」
「坊ちゃま!お痩せになりましたな!王都での心労、お察しいたします!」
執事や料理長、屋敷の使用人たちが、次々に俺の帰還を祝い、その身を案じてくれる。
学園での息が詰まるような日々とは違う、この心安らぐ空気。
「……ただいま、皆」
俺の口から、自然と笑みがこぼれた。
そうだ。ここが俺のホームだ。ここなら、俺は心穏やかに過ごせるはずだ。
その夜、俺は久しぶりに、胃の痛みを感じることなく眠りについた。
だが、俺の平穏は、たった一日で終わりを告げた。
夏休み二日目の午後。
俺が自室で読書に耽っていると、執事が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
「ア、アレン様!大変でございます!」
「どうした、落ち着け」
「王家と、聖教会、そしてアシュフォード辺境伯家の紋章を掲げた馬車が、三台同時に、ただいま屋敷の門を……!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の全身の血が凍りついた。
まさか。
いや、しかし、そんなはずは。
俺は信じたくない気持ちのまま、執事に案内されて玄関ホールへと向かった。
そこには、旅装を解いたばかりの、見慣れた、そして見たくなかった顔ぶれが勢揃いしていた。
「やあ、アレン。少し、屋敷が留守がちだと聞いたから、様子を見に来てあげたわ」
腕を組み、当然のような顔で言うセレスティーナ。
「アレン。貴方の領地における魔力流動は、王都とは異なる特性を持つ可能性がある。現地調査は、研究者として当然の責務です」
いつも通りの無表情で、しかし目は好奇心に輝いているルナ。
「アレン様……!お会いしとうございました……!夏休みの間、貴方様と離れて過ごすなど、私には耐えられません……!」
もはや本音を隠そうともしない、潤んだ瞳のリリアーナ。
そして、その後ろで、大きな荷物を抱えたカイルが、人の良い笑顔で手を振っていた。
「アレン様!夏休みも、ご指導よろしくお願いします!皆で、勉強会をしようってことになったんです!」
勉強会。
そのあまりにも健全で、しかし俺にとっては地獄の宣告に等しい言葉。
俺は、その場で崩れ落ちそうになるのを、必死で堪えた。
俺の安息所は、たった一日で、ヒロイン包囲網の最前線基地へと変貌を遂げたのだ。
「おお、これはこれは、王女殿下までようこそ!」
遅れて現れた父ルドルフは、俺の絶望など知る由もなく、満面の笑みで賓客たちを歓迎している。
「アレンよ、よくやった!我が息子ながら、見事な人脈だ!」
父は俺の肩を叩き、心底誇らしげに言った。違う。人脈じゃない。これはストーカー集団だ。
アンナを筆頭とする使用人たちも、「未来のお妃様候補が勢揃いだわ!」「どなたがアレン様の隣に立たれるのかしら!」と、大興奮で彼女たちの世話を焼き始めている。
屋敷中が、歓迎ムード一色。
俺の気持ちなど、誰も理解してはくれない。孤立無援。四面楚歌。
「さあ、アレン。早速、貴方の部屋を案内しなさい。勉強部屋に最適でしょう?」
セレスティーナが、俺の腕を掴む。
「待ってください。彼のプライベート空間に踏み込むのは、観測対象への過剰な干渉です。まずは、客間を」
ルナが、俺のもう片方の腕を掴む。
「あ、あの、アレン様!私が、お茶の準備を……!」
リリアーナが、俺の服の裾を掴む。
そして、カイルが、俺の背後から肩を掴んだ。
「アレン様!すごいですね!俺、こんな大きなお屋敷、初めてです!」
俺は、四方から体を拘束されながら、動くこともできず、ただ遠い目をした。
始まったばかりの夏休み。
それは、俺の胃にとって、過去最大級の試練となることを、俺は悟った。
俺の休みは、どこだ。
俺の平穏は、どこにあるんだ。
玄関ホールに響き渡る賑やかな声を聞きながら、俺の意識は、静かに、そしてゆっくりと、闇に沈んでいった。
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