ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第50話:望まぬ栄誉

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後夜祭の熱狂が冷めやらぬまま、学園は期末試験の期間へと突入した。
俺は、もはや抵抗する気力もなかった。周囲からの過剰な期待と、ヒロインたちからの監視の目。その中で手を抜くことなど不可能だった。結果、俺は全教科で学年トップの成績を叩き出し、俺の『完璧超人』伝説に、また新たな一行を書き加えてしまった。
そして、長いようで短かった一年が終わりを告げ、俺たちは二年次に進級した。

クラス替えはもちろんない。俺たちSクラスの五人は、変わらぬメンバーで、二年目の学園生活をスタートさせた。
俺は、心の中で固く誓っていた。
今年こそ、今年こそは、平穏に過ごしてみせる。
カイルを主人公として立て、ヒロインたちを彼に押し付け、俺は歴史の表舞台から静かにフェードアウトするのだ。
だが、そんな俺のささやかな願いを、学園というシステムは決して許してはくれなかった。

新学期が始まって早々、学園内に大きな掲示が出された。
『生徒会役員選挙公示』。
次代の学園を担う、生徒会長とその役員たちを決める、年に一度の選挙だ。
その掲示を見た瞬間、俺の胃は、危険を察知して激しく収縮した。
嫌な予感がする。
その予感は、悲しいことに、的中率が百パーセントに近かった。

翌日、俺が教室のドアを開けると、クラスメイトであるはずの四人が、まるで尋問官のように俺を待ち構えていた。
最初に口火を切ったのは、カイルだった。
「アレン様!聞きましたよ!次期生徒会長選挙、立候補されるんですよね!?」
その瞳は、一点の曇りもなく、純粋な期待でキラキラと輝いていた。
「……しないが?」
俺が即答すると、四人の顔に、一斉に「なぜ?」という疑問符が浮かんだ。

「何を言っているの、アレン」
セレスティーナが、呆れたように腕を組んだ。
「貴方以外に、この学園を率いるに相応しい者などいないでしょう。全校生徒が、それを望んでいるわ」
「合理的です」
ルナが、静かに頷く。
「貴方のリーダーシップと問題解決能力は、ダンジョンの一件で実証済みです。貴方が生徒会長になることが、この学園にとっての最適解です」
「そうですわ、アレン様……!」
リリアーナが、潤んだ瞳で訴えかけてくる。
「アレン様が生徒会長になられれば、この学園はもっと、愛と思いやりに満ちた、素晴らしい場所になるに違いありません……!」
三者三様の理由で、俺の生徒会長就任を、彼女たちは当然のこととして疑っていなかった。

俺は、頭を抱えたくなった。
生徒会長など、目立つ役職の最たるものではないか。学園の全ての行事を取り仕切り、常に全校生徒の矢面に立つ。そんなものになった日には、俺の平穏な老後は、完全に夢のまた夢と消える。
「断る」
俺は、強い意志を込めて、再び言った。
「私には、その器ではない。それに、私は人の上に立つより、誰かを支える方が性に合っている」
俺の必死の抵抗。だが、それはヒロインたちには全く響かなかった。
彼女たちは、俺がまたいつものように謙遜しているだけだと、勘違いしているのだ。

そして、その日の午後。俺の絶望は、決定的なものとなった。
学園長室に呼び出された俺は、白髭の学園長から、一枚の羊皮紙の束を見せられた。
「アレン君。見ての通りじゃ」
それは、嘆願書だった。
『次期生徒会長に、アレン・フォン・クラインフェルト様を、強く推薦いたします』
その下に、びっしりと、無数の署名が連なっていた。
「……これは?」
「全校生徒による、署名じゃよ。君を知る、ほぼ全ての生徒が、君の生徒会長就任を望んでおる。その数、実に全校生徒の九割以上。前代未聞のことじゃ」
学園長は、感極まったように声を震わせている。
「教師陣も、満場一致で君を推薦しておる。どうか、この学園のために、その力を貸してはくれんか」
Sクラスの仲間たち。全校生徒。そして、教師陣。
俺を取り巻く包囲網は、完璧に完成していた。俺に、逃げ場はなかった。

その夜。俺は自室のベッドの上で、本気で学園からの逃亡を計画していた。
だが、クラインフェルト公爵家の名誉を地に墜とすわけにはいかない。
胃が、灼けるように痛い。八方塞がりだ。
どうすればいい。このままでは、俺は強制的に、最も目立つ場所に引きずり出されてしまう。
俺が絶望の淵で天井を睨みつけていた、その時だった。
ふと、脳裏に一つのアイデアが、天啓のように閃いた。
そうだ。
俺がなれないのなら、誰かを推薦すればいい。
俺が全幅の信頼を置く、最高の人物を、俺の手で会長に仕立て上げるのだ。
そして、俺はその補佐役に収まる。
それならば、俺の「誰かを支える方が性に合っている」という言葉とも、矛盾しない。
これしかない。

翌日のSクラスの教室。
俺は、昨日とは打って変わって、晴れやかな、しかし悲壮な覚悟を秘めた顔で、仲間たちに向き直った。
「皆の気持ちは、よく分かった。学園長からも、お話を伺った。光栄なことだと思っている」
俺の言葉に、四人が期待の眼差しを向ける。
「だが、それでも、私は生徒会長にはなれない。なぜなら――」
俺は、そこで一度言葉を切り、ゆっくりとカイルの方へと歩み寄った。
そして、何も分からずきょとんとしている彼の両肩を、力強く、がっしりと掴んだ。

「――私よりも、この役に相応しい男が、ここにいるからだ!」
俺は、教室中に響き渡る声で、高らかに宣言した。
全員の視線が、俺と、俺に肩を掴まれたカイルに集中する。
カイル本人が、一番混乱していた。
「え?えええっ!?お、俺のことですか!?」
「そうだ、君だ、カイル!」
俺は、カイルの瞳を真っ直ぐに見つめ、一世一代の大演説を始めた。
「皆は、私にリーダーシップがあると言う。だが、本当のリーダーとは、権威や力で人を従わせる者ではない!その人柄で、その魂で、自然と人々を惹きつける者のことだ!カイル、君にはその力がある!平民でありながら、その実力と人柄で、多くの生徒たちの心を掴んでいる君こそ、真のリーダーに相応しい!」
俺の熱弁に、カイルは目を白黒させている。
ヒロインたちも、呆気にとられていた。

俺は、とどめを刺した。
「私は、彼の友人として、彼の隣に立ちたい。彼が道に迷えば、助言を与え、彼が重荷に苦しめば、その半分を背負う。私は、副会長として、生徒会長カイル・アークライトを、全力で支えたいのだ!」
俺の演説が終わると、教室は静まり返っていた。
やがて、セレスティーナが、ふっと息を漏らした。
「……馬鹿な男。最高の玉座を、自ら友人に譲るなんて」
その声には、呆れと、しかしそれ以上の深い感銘が込められていた。
「権力の委譲による、組織の活性化。そして、自らはナンバー2に収まることでの、実権の掌握……。高度な政治的判断です」
ルナが、真顔でトンデモない分析をしている。
「ああ、アレン様……!ご自身の栄誉よりも、ご友人を立てるなんて……!なんて、なんてお優しい……!」
リリアーナが、感涙にむせび泣いている。

そして、当のカイルは。
彼は、俺の熱い言葉に、その魂を完全に揺さぶられていた。
その瞳には、熱い涙が浮かんでいた。
「アレン様……!俺……!俺、やります!アレン様が、そこまで俺を信じてくれるなら!俺、生徒会長になって、この学園を、もっと良い場所にしてみせます!」
彼は、力強く、そう宣言した。
こうして、次期生徒会長はカイル・アークライト、そして副会長は俺、アレン・フォン・クラインフェルトという、最悪にして最高の布陣が、ここに誕生した。

俺は、生徒会長という最悪の未来を回避できたことに、心の底から安堵した。
だが、その安堵は、すぐに新たな絶望へと変わった。
俺のこの行動が、周囲に「権力に全く興味を示さない、清廉潔白な聖人」「友のために、最高の栄誉すら譲り渡す、器の大きい人格者」という、新たな、そして最強の勘違いを生み出してしまったことに、俺はまだ気づいていなかった。
副会長という、実質的な学園のナンバー2の地位。
それは、平穏とは程遠い、新たな胃痛地獄の始まりを告げる、ゴングの音に過ぎなかったのだ。
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