ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第87·88話:最後の呪い

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勝利の安堵感に包まれた、その一瞬の隙。
魔神の最後の怨念が凝縮された黒い閃光は、誰の目にも止まらぬ速さで俺の胸へと迫っていた。
それは物理的な攻撃ではなかった。
魂そのものを根源から蝕み消滅させる、純粋な『呪い』の奔流。
回避は不可能。
防御も間に合わない。
俺の脳裏が白く、何も映らなくなった。
(……ああ、結局死ぬのか)
皮肉なものだ。
ギロチンでの処刑は回避できても、神の呪いで死ぬのでは何も変わらない。
俺の二度目の人生もここで終わりか。
俺は静かに目を閉じた。

だが、その死の閃光が俺の胸を貫くことはなかった。
俺の目の前に三つの影が同時に飛び込んできたのだ。
真紅の炎。
瑠璃色の星屑。
そして、純白の聖光。
セレスティーナ、ルナ、そしてリリアーナ。
彼女たちはすでに限界のはずの体を最後の意志の力だけで動かし、俺の盾となるべくその身を投げ出したのだ。

「――させないわ!」
セレスティーナが咆哮した。
彼女の炎の剣が呪いの閃光をわずかに削り取る。
「――させません!」
ルナの杖が防御障壁を展開し、その勢いをさらに削ぎ落とす。
「――させませんわ!」
リリアーナの聖なる光が、呪いの邪悪な力を必死に中和しようとする。
三人の命を懸けた防御。
だが、神の最後の呪いはあまりにも強大すぎた。

三人の防御はガラスのように砕け散った。
彼女たちの体は木の葉のように吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
「きゃあっ!」
壁に叩きつけられ血を吐き、その場に崩れ落ちる三人の少女。
そして、勢いをわずかに弱めただけの黒い閃光が再び俺の目の前に迫っていた。
カイルが絶叫しながら駆け寄ってくるのが、スローモーションのように見えた。
「アレン様あああああっ!」

その絶望的な光景の中で。
俺の完全に麻痺していたはずの思考が、一つの絶対的な結論を弾き出した。
(――彼女たちを死なせるわけにはいかない)
俺が生き延びるために。
俺が平穏を得るために。
彼女たちが犠牲になるなどあってはならない。
それは俺が最も望まない結末。
俺が最も許せない未来。

俺の体が動いた。
思考よりも速く。
本能が叫んでいた。
守れ、と。

俺は崩れ落ちた三人の少女の前に立ちはだかった。
自らの体を盾とするように。
そして黒い閃光を真正面からその身に受け止めた。
ズドン、という音のない衝撃。
俺の視界が一瞬で黒く染まった。

「……あ……が……っ」
声にならない呻きが漏れた。
胸が焼けるように熱い。
いや、違う。
冷たい。
魂が凍りつくような絶対零度の冷気が、俺の体の中を駆け巡っていく。
体の感覚が消えていく。
足が言うことを聞かなくなり、俺はその場に膝から崩れ落ちた。
「アレン様!?」
「アレン!」
仲間たちの悲痛な叫び声が遠くに聞こえる。

俺の体は黒い不気味な光に包まれていた。
それは俺の生命力を、魔力を、魂そのものを貪り食らっていく。
意識が遠のいていく。
視界の端に、血を流しながら必死にこちらへ這い寄ってくる三人の少女の姿が見えた。
(……馬鹿だな、お前たち)
俺は心の中で呟いた。
(俺なんかを庇うから……)
だが、後悔はなかった。
これで良かったのかもしれない。
俺が悪役として全ての厄災をその身に引き受けて消える。
それこそがこの物語の、本来あるべき結末だったのかもしれない。

(……ああ、でも)
一つだけ心残りがあるとすれば。
(……平穏な老後を送りたかった、なあ……)
そのささやかな、しかし叶わなかった夢を最後に思い浮かべた。
そして俺の意識は、完全に闇へと沈んでいった。
最後の呪い。
それは俺の体を、そして俺の魂を完全に沈黙させた。
少なくとも、その場にいた誰もがそう思った。
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