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第100話(完結):俺の平穏な老後はどこだ?
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あれから数年が過ぎた。
俺、アレン・フォン・クラインフェルトはエルドラド王国初代大公として、そして王国宰相として相変わらず目の回るような日々を送っていた。
俺の執務室の隣には、いつの間にか三つの小さな執務机が当然のように設置されている。そこには俺の三人の妻たちが、それぞれの仕事に勤しんでいた。
「アレン。北部の干ばつ対策予算だが、もう少し魔術的な治水技術に予算を割くべきだ。私が試算したところ、長期的なコストはそちらの方が…」
「まあルナさん。まずは民の暮らしが第一ですわ。緊急の食料支援こそ優先すべきです。アレン様、いかが思われますか?」
「二人とも落ち着きなさい。アレンは今、帝国との外交文書に目を通しているのよ。彼の集中を乱さないでちょうだい」
セレスティーナ、ルナ、リリアーナ。
あの壇上のプロポーズ事件の後、俺は結局、国王が制定したトンデモ法案の第一号適用者となり、三人と同時に結婚した。
もちろん誰が正妻になるかでまたひと悶着あった。だが最終的に「アレンの隣にいる時間が最も長い者が正妻(仮)」という極めて曖昧な協定が結ばれ、彼女たちは俺の執務室に常駐するという暴挙に出たのだ。
結果として俺の仕事場は、王国で最も優秀で、最も美しく、そして最も騒がしい頭脳集団の巣窟と化した。
国政は驚くほど円滑に進んだ。王女としてのカリスマを持つセレスティーナ、天才的な頭脳を持つルナ、そして聖女として民の心を掴むリリアーナ。彼女たちの補佐は完璧で、俺の負担はむしろ以前より軽くなったかもしれない。
だが、俺の精神的な平穏は完全に失われた。
「アレン、今日の昼食は私が作った特製薬膳スープよ。貴方の胃に優しいはず」
「いいえアレン様。こちらのお粥の方がきっとお口に合いますわ」
「分析の結果、今の彼に必要なのは糖分による脳の活性化です。このチョコレートを」
昼休みになれば俺の食事を巡る仁義なき戦いが始まる。
俺は三人の妻たちの顔を立てるため薬膳スープでお粥を流し込み、デザートにチョコレートを食べるという奇妙な食生活を強いられていた。
おかげで俺の胃は常に混乱状態だった。
そんなある日、一人の男が長い旅から帰ってきた。
「アレン様!ただいま戻りました!」
日に焼け、精悍さを増した顔。その瞳には世界の広さを知った者の自信と落ち着きが宿っていた。
カイル・アークライトだった。
彼は数年にわたる武者修行の旅を終え、一回りも二回りも大きな男となって俺の前に帰ってきたのだ。
「カイル!無事だったか!」
俺は心からの喜びと共に、親友の帰還を歓迎した。
再会を祝う宴の席。
カイルは旅の途中で出会ったという快活なエルフの女性を、俺たちに紹介した。
「俺、彼女と結婚しようと思うんです」
照れながらも幸せそうにそう報告するカイル。
仲間たちは皆、心からの祝福を送った。
俺ももちろん嬉しかった。だが、その幸福そうな親友の姿は同時に俺の心の奥底にある感情を呼び覚ました。
(……羨ましい)
たった一人を愛し、愛される。そのシンプルで温かい幸福。
俺がかつて夢見た平穏な人生。
それを親友が俺の代わりに手に入れたのだ。
宴が終わり、俺は一人で執務室のバルコニーで夜風に当たっていた。
カイルは幸せそうだったな。
それに比べて俺は……。
そんな感傷に俺が浸っていた、その時だった。
そっと俺の肩に柔らかなショールがかけられた。
「夜は冷えるわよ、アレン」
セレスティーナだった。
「……貴方が一人でいると、ろくなことを考えていないから」
ルナが温かい紅茶を差し出してくる。
「アレン様。カイルさんは幸せそうですけれど、私にはアレン様といる今この時の方が、何倍も幸せですわ」
リリアーナが俺の背中にそっと寄り添った。
三人の温かさ。
俺は静かに目を閉じた。
そうだ。
俺が手に入れたものは平穏ではなかったかもしれない。
だが決して不幸ではなかった。
むしろ世界中の誰よりも贅沢で、騒がしく、そして幸福な人生を俺は手に入れたのかもしれない。
「……ありがとう、皆」
俺の小さな感謝の言葉は、夜の闇に優しく溶けていった。
数年後。
大公として、宰相として王国を支え、歴史に名を残すアレンの姿があった。
彼の隣には常に三人の美しい妻たちの姿があった。
女王として国を導くセレスティーナ。
大魔導師として世界の真理を探求するルナ。
聖女として全ての人々を癒すリリアーナ。
そして王国騎士団の総長となった親友カイル。
彼らは伝説の『聖人アレンと四人の勇者』として、後世まで長く長く語り継がれることになる。
だが、そんな歴史の教科書には決して書かれることのない一つの真実があった。
それは伝説の聖人がその輝かしい功績の裏で、妻たちの熾烈な愛情表現に生涯胃を痛め続けていたという、あまりにも人間的で、そして滑稽な真実。
俺は今日もまた三人の妻たちに囲まれ、書類の山と格闘している。
「アレン、今夜は私の部屋に来なさい!」
「いいえ、アレン様!今夜こそ私と!」
「……スケジュール上、今夜は私の番です。論理的に考えて」
終わりのない争い。
俺は天を仰ぎ、そして心の底から叫んだ。
その声は、もちろん誰にも届かない。
「……どうしてこうなった!?俺の平穏な老後は、一体どこにあるんだーーーっ!?」
Fin.
俺、アレン・フォン・クラインフェルトはエルドラド王国初代大公として、そして王国宰相として相変わらず目の回るような日々を送っていた。
俺の執務室の隣には、いつの間にか三つの小さな執務机が当然のように設置されている。そこには俺の三人の妻たちが、それぞれの仕事に勤しんでいた。
「アレン。北部の干ばつ対策予算だが、もう少し魔術的な治水技術に予算を割くべきだ。私が試算したところ、長期的なコストはそちらの方が…」
「まあルナさん。まずは民の暮らしが第一ですわ。緊急の食料支援こそ優先すべきです。アレン様、いかが思われますか?」
「二人とも落ち着きなさい。アレンは今、帝国との外交文書に目を通しているのよ。彼の集中を乱さないでちょうだい」
セレスティーナ、ルナ、リリアーナ。
あの壇上のプロポーズ事件の後、俺は結局、国王が制定したトンデモ法案の第一号適用者となり、三人と同時に結婚した。
もちろん誰が正妻になるかでまたひと悶着あった。だが最終的に「アレンの隣にいる時間が最も長い者が正妻(仮)」という極めて曖昧な協定が結ばれ、彼女たちは俺の執務室に常駐するという暴挙に出たのだ。
結果として俺の仕事場は、王国で最も優秀で、最も美しく、そして最も騒がしい頭脳集団の巣窟と化した。
国政は驚くほど円滑に進んだ。王女としてのカリスマを持つセレスティーナ、天才的な頭脳を持つルナ、そして聖女として民の心を掴むリリアーナ。彼女たちの補佐は完璧で、俺の負担はむしろ以前より軽くなったかもしれない。
だが、俺の精神的な平穏は完全に失われた。
「アレン、今日の昼食は私が作った特製薬膳スープよ。貴方の胃に優しいはず」
「いいえアレン様。こちらのお粥の方がきっとお口に合いますわ」
「分析の結果、今の彼に必要なのは糖分による脳の活性化です。このチョコレートを」
昼休みになれば俺の食事を巡る仁義なき戦いが始まる。
俺は三人の妻たちの顔を立てるため薬膳スープでお粥を流し込み、デザートにチョコレートを食べるという奇妙な食生活を強いられていた。
おかげで俺の胃は常に混乱状態だった。
そんなある日、一人の男が長い旅から帰ってきた。
「アレン様!ただいま戻りました!」
日に焼け、精悍さを増した顔。その瞳には世界の広さを知った者の自信と落ち着きが宿っていた。
カイル・アークライトだった。
彼は数年にわたる武者修行の旅を終え、一回りも二回りも大きな男となって俺の前に帰ってきたのだ。
「カイル!無事だったか!」
俺は心からの喜びと共に、親友の帰還を歓迎した。
再会を祝う宴の席。
カイルは旅の途中で出会ったという快活なエルフの女性を、俺たちに紹介した。
「俺、彼女と結婚しようと思うんです」
照れながらも幸せそうにそう報告するカイル。
仲間たちは皆、心からの祝福を送った。
俺ももちろん嬉しかった。だが、その幸福そうな親友の姿は同時に俺の心の奥底にある感情を呼び覚ました。
(……羨ましい)
たった一人を愛し、愛される。そのシンプルで温かい幸福。
俺がかつて夢見た平穏な人生。
それを親友が俺の代わりに手に入れたのだ。
宴が終わり、俺は一人で執務室のバルコニーで夜風に当たっていた。
カイルは幸せそうだったな。
それに比べて俺は……。
そんな感傷に俺が浸っていた、その時だった。
そっと俺の肩に柔らかなショールがかけられた。
「夜は冷えるわよ、アレン」
セレスティーナだった。
「……貴方が一人でいると、ろくなことを考えていないから」
ルナが温かい紅茶を差し出してくる。
「アレン様。カイルさんは幸せそうですけれど、私にはアレン様といる今この時の方が、何倍も幸せですわ」
リリアーナが俺の背中にそっと寄り添った。
三人の温かさ。
俺は静かに目を閉じた。
そうだ。
俺が手に入れたものは平穏ではなかったかもしれない。
だが決して不幸ではなかった。
むしろ世界中の誰よりも贅沢で、騒がしく、そして幸福な人生を俺は手に入れたのかもしれない。
「……ありがとう、皆」
俺の小さな感謝の言葉は、夜の闇に優しく溶けていった。
数年後。
大公として、宰相として王国を支え、歴史に名を残すアレンの姿があった。
彼の隣には常に三人の美しい妻たちの姿があった。
女王として国を導くセレスティーナ。
大魔導師として世界の真理を探求するルナ。
聖女として全ての人々を癒すリリアーナ。
そして王国騎士団の総長となった親友カイル。
彼らは伝説の『聖人アレンと四人の勇者』として、後世まで長く長く語り継がれることになる。
だが、そんな歴史の教科書には決して書かれることのない一つの真実があった。
それは伝説の聖人がその輝かしい功績の裏で、妻たちの熾烈な愛情表現に生涯胃を痛め続けていたという、あまりにも人間的で、そして滑稽な真実。
俺は今日もまた三人の妻たちに囲まれ、書類の山と格闘している。
「アレン、今夜は私の部屋に来なさい!」
「いいえ、アレン様!今夜こそ私と!」
「……スケジュール上、今夜は私の番です。論理的に考えて」
終わりのない争い。
俺は天を仰ぎ、そして心の底から叫んだ。
その声は、もちろん誰にも届かない。
「……どうしてこうなった!?俺の平穏な老後は、一体どこにあるんだーーーっ!?」
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