ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第98·99話:人生最大の選択

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国王による前代未聞の『英雄の重婚許可宣言』。
それは祝賀会の主役であるはずの俺の意思を完全に置き去りにしたまま、大広間を新たな熱狂の渦へと叩き込んだ。
貴族たちは「さすがは陛下、ご英断!」「アレン大公にふさわしい、新たなる伝説の始まりだ!」と無責任に囃し立てている。
俺はもはや笑うしかなかった。乾いた虚ろな笑いが口から漏れた。
俺の人生は、一体誰のものなんだ。

跪いていた三人のヒロインたちは、ゆっくりと立ち上がった。その瞳にはもはや俺に選んでもらうというか弱い光はない。代わりに自らの手で勝利を掴み取ろうとする闘争の炎が燃え盛っていた。
「……面白いわね。望むところよ」
セレスティーナが不敵な笑みを浮かべて、他の二人を睨みつけた。
「正妻となるのは、この国を背負う王家の血を引くこの私。当然の理屈でしょう?」
「非合理的です」
ルナが即座に反論する。
「伴侶という関係性において最も重要なのは知的レベルの同質性。アレンの思考に唯一ついていける私が正妻となるのが、最も生産性が高い」
「お二人とも、お待ちくださいまし!」
リリアーナも一歩も引かない。
「アレン様が最もお求めなのは安らぎですわ! その心を癒せるのはこの私だけ! 愛の深さこそが正妻の資格です!」

三竦みの論争。
壇上はもはや祝賀の場ではなく、公開討論会の様相を呈していた。
国王は、その様子を実に楽しそうに腕を組んで眺めている。
俺は、その神々の戦いを他人事のようにぼんやりと見つめていた。
もう、どうにでもなれ。
俺の心は完全に諦観の境地に達していた。

だが、そんな俺の諦めを打ち砕く者がいた。
「――アレン様」
俺の背後から、静かな、しかし凛とした声がした。
振り返ると、そこにはいつの間にか俺の専属メイドであるアンナが控えていた。
彼女は俺にしか聞こえないような小さな声で言った。
「……アレン様。逃げてはなりません」
その言葉に、俺はハッとした。

「貴方様はこれまで、ずっとご自身の運命から逃げようとしてこられました。ですがその度に、貴方様の優しさと強さが人々を惹きつけ、貴方様をこの場所まで導いたのです」
アンナの瞳は、真っ直ぐに俺を見つめていた。
それは俺がこの世界に来て、最初に優しくした一人の少女の瞳だった。
「もう逃げる場所はございません。どうか、お決めください。貴方様ご自身の手で。貴方様の、本当のお心を」
その言葉はまるで俺の心の奥底を見透かしているかのようだった。

そうだ。
俺は、ずっと逃げてきた。
破滅の運命から。ヒロインたちの好意から。そして自分自身の本当の気持ちから。
俺は彼女たちが怖かったのだ。
彼女たちのあまりにも大きく、そして純粋な愛を受け止めることが。
だが、もう逃げられない。
俺は英雄として、大公として、そして何より一人の男として選択をしなければならない。

俺はゆっくりと息を吸った。
そして、三人の美しい、そして俺にとってかけがえのない少女たちの前に進み出た。
俺の動きに、三人の論争がぴたりと止まる。
会場の全ての視線が再び俺に集中した。
国王も貴族たちも、固唾を飲んで俺の言葉を待っている。
人生最大の選択。

俺はまず、セレスティーナの前に立った。
その燃えるような青い瞳を見つめ返す。
「セレス。君は太陽だ。気高く、強く、そして常に俺の道を照らしてくれた。君がいなければ俺はとっくに闇に飲まれていただろう」
次に、ルナの前に立つ。
そのガラス玉のような、しかし誰よりも深く俺を理解する瞳を見つめる。
「ルナ。君は星だ。静かに、しかし確実に俺に真実を示してくれた。君がいなければ俺は何度も道を見失っていたはずだ」
そして最後に、リリアーナの前に立つ。
その慈愛に満ちたエメラルドグリーンの瞳を見つめる。
「リリアーナ。君は月だ。どんな時も優しく俺の心を包み込んでくれた。君がいなければ俺の心はとっくに壊れていた」

俺は三人の手を取った。
その温かい、そして少しだけ震えている三つの手を。
そして俺は告げた。
俺のたった一つの答えを。

「俺には、選べない」

その言葉に、三人の顔がわずかに曇った。
だが、俺は続けた。
「太陽も、星も、月も、この世界には全てが必要だ。どれか一つでも欠ければ世界は成り立たない」
俺は三人の手を強く握りしめた。
「俺の世界も同じだ。セレスティーナ、ルナ、リリアーナ。君たちの誰か一人でも欠けた未来など、俺には考えられない」

それはあまりにもずるい答えだったかもしれない。
だが、それは俺の偽らざる本心だった。
俺はもう逃げないと決めたのだ。
この三つの巨大な愛を、全て受け止めると。

俺の覚悟を、三人は静かに受け止めていた。
その瞳にもはや争いの炎はなかった。
代わりにそこには安堵と喜びと、そしてこれから始まる新たな物語への期待の光が宿っていた。
会場は再び万雷の、そして今度は温かい祝福の拍手に包まれた。
国王は満足げに頷いている。
俺は三人の美しい伴侶(予定)に囲まれながら、少しだけ照れくさく、しかし晴れやかな気持ちで笑った。
俺の胃はもう痛まなかった。
その代わりに俺の心は、温かい、そして少しだけ騒がしい幸福で満たされていた。
人生最大の選択。
それは俺の平穏な老後を完全に諦めるという選択だった。
そしてそれこそが、俺にとっての最高のハッピーエンドなのかもしれないと、俺はようやく気づいたのだった。
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