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第四十六話 覚醒と精霊の顕現
グリフォンの背に乗り、エリアーナは夜空を駆けた。
眼下に広がる帝都の街並みは、彼女の放った光によって、不気味な静けさを取り戻していた。浄化の光を浴びた魔獣たちは、その凶暴性を失い、ただ戸惑うように街路に佇んでいる。人々の悲鳴は止み、代わりに、奇跡を目の当たりにした者たちの、畏敬に満ちた囁き声が聞こえてくるようだった。
だが、南の空はまだ赤く燃えている。
オルデン平原。カインが戦う場所。
そこだけが、まだ悪夢の中から抜け出せずにいた。
(待っていて、カイン様)
エリアーナは、胸の前で強く両手を握りしめた。
彼女の心は、不思議なほどに澄み渡っていた。覚醒した力は、彼女の五感を鋭敏にし、世界のあらゆる声を聞かせてくれる。
風の声。大地の声。そして、遥か遠くの戦場で、苦しみ、傷ついていく兵士たちの、魂の悲鳴。
その全てが、自分の痛みとして感じられた。
助けなければ。
その想いが、エリアーナの身体に、さらなる力を与えていく。
オルデン平原の上空にたどり着いた時、エリアーナは息を呑んだ。
そこは、まさしく地獄だった。
おびただしい数の魔獣の死骸。折れた剣。砕けた鎧。そして、力尽きて倒れる騎士たち。
その中で、カインとジークハルトを中心とした僅かな手勢が、絶望的な防戦を続けていた。
カインは、黒いローブの魔術師マルバスが操る、巨大なヒュドラと死闘を繰り広げている。彼の放つ黒雷がヒュドラの身体を焼くが、切断された首はすぐさま再生し、終わりが見えない。カインの動きにも、明らかに疲労の色が見え始めていた。
「閣下!」
ジークハルトが、カインを援護しようとする。だが、その彼の周りにも、無数の強化された魔獣たちが群がり、近づくことさえできない。
このままでは、全滅する。
エリアーナが、そう直感した瞬間だった。
マルバスが、高笑いを上げた。
「終わりですな、公爵殿! 貴方の騎士団も、もはや風前の灯!」
彼は、ヒュドラに新たな命令を下す。九つの頭が、一斉に最大の標的―――カイン・ド・ヴァルハイト―――へと狙いを定めた。
九つの口から、同時に、全てを溶解させる毒のブレスが放たれようとしていた。
絶体絶命。
誰もが、カインの死を覚悟した。
「させません!!」
天空から、凛とした声が響き渡った。
戦場にいる全ての者たちが、驚いて空を見上げる。
そこにいたのは、神々しい金色の光を纏い、グリフォンに跨る一人の少女だった。
その姿は、まるで戦場に舞い降りた、戦乙女ヴァルキリーのようだった。
「エリアーナ!?」
カインが、信じられないというように、彼女の名を叫んだ。
「なぜ、ここに……! 来るなと、言ったはずだ!」
その声には、怒りよりも、彼女の身を案じる必死な響きがあった。
エリアーナは、空中でカインを見下ろし、穏やかに、しかし力強く微笑んだ。
「もう、守られるだけではありません。私も、あなた様と一緒に、戦います」
その宣言と共に、彼女は両腕を広げた。
そして、その魂に、この世界の根源へと語りかける。
『来たれ、我が友よ! その大いなる翼で、邪悪を打ち払え!』
彼女の呼びかけに、世界が応えた。
戦場を吹き荒れていた、血生臭い風が、一瞬にして止む。
代わりに、どこまでも清浄で、そして力強い大気の奔流が、エリアーナの元へと収束していく。
「な、なんだ、これは……!?」
マルバスが、狼狽の声を上げた。
空気が、渦を巻く。その渦の中心で、光の粒子が集まり、一つの巨大な姿を形作り始めた。
それは、半透明の身体を持つ、巨大な鳥の姿だった。その翼は、空全体を覆い尽くすほどに大きく、その瞳は、賢者のように深い青色に輝いている。
風の精霊王、その化身。
古の時代にしか姿を現さなかったと言われる、伝説の存在が、エリアーナの呼びかけに応じ、顕現したのだ。
風の精霊王は、エリアーナの傍らに優雅に舞い降りると、敬意を示すように、そっとその頭を垂れた。
エリアーナは、それだけでは終わらない。
彼女は、今度は大地に向かって、その願いを告げた。
『目覚めよ、古の守護者! その揺るぎなき力で、我らが兵を護りたまえ!』
ゴゴゴゴゴ……!
大地が、激しく震えた。
騎士たちが立っている地面が、次々と隆起していく。それは、ただの土くれではない。硬い岩盤が、まるで意思を持ったかのように、騎士たちの盾となるべく、その身を変形させていくのだ。
やがて、隆起した岩盤は、一体の巨大なゴーレムの姿となった。その身体は、どんな攻撃も通さないであろう、金剛石のように硬質に輝いている。
大地の精霊が、エリアーナの願いを聞き届け、最強の守護者を生み出した瞬間だった。
ゴーレムは、騎士たちの前に仁王立ちすると、押し寄せる魔獣の群れを、その巨大な拳で次々と薙ぎ払っていった。
風の精霊王と、大地のゴーレム。
天と地を司る、二つの巨大な力が、エリアーナの左右に控え、彼女に絶対の忠誠を誓っていた。
その神々しいまでの光景に、戦場にいた誰もが、言葉を失っていた。
騎士たちは、武器を手に持ったまま、その場に膝をつき、祈りを捧げ始めた。
魔獣たちは、その圧倒的な存在感を前に、戦意を完全に喪失し、ただ怯えてひれ伏すだけだった。
「馬鹿な……ありえない……! 精霊王を、顕現させるだと……!?」
マルバスは、顔面蒼白になり、がたがたと震えていた。
「貴様、一体、何者だ……!?」
エリアーナは、その問いには答えなかった。
彼女は、ただ静かに、カインを見つめる。そして、優しく微笑んだ。
「カイン様。あとは、お任せください」
その言葉は、もはやか弱い令嬢のものではなかった。
世界を、その手に抱く、女神の宣言だった。
エリアーナ・フォン・リーゼンガングは、この日、この瞬間、完全に覚醒した。
偽りの聖女と罵られた少女は、今、世界を救う、真の奇跡の担い手となったのだ。
眼下に広がる帝都の街並みは、彼女の放った光によって、不気味な静けさを取り戻していた。浄化の光を浴びた魔獣たちは、その凶暴性を失い、ただ戸惑うように街路に佇んでいる。人々の悲鳴は止み、代わりに、奇跡を目の当たりにした者たちの、畏敬に満ちた囁き声が聞こえてくるようだった。
だが、南の空はまだ赤く燃えている。
オルデン平原。カインが戦う場所。
そこだけが、まだ悪夢の中から抜け出せずにいた。
(待っていて、カイン様)
エリアーナは、胸の前で強く両手を握りしめた。
彼女の心は、不思議なほどに澄み渡っていた。覚醒した力は、彼女の五感を鋭敏にし、世界のあらゆる声を聞かせてくれる。
風の声。大地の声。そして、遥か遠くの戦場で、苦しみ、傷ついていく兵士たちの、魂の悲鳴。
その全てが、自分の痛みとして感じられた。
助けなければ。
その想いが、エリアーナの身体に、さらなる力を与えていく。
オルデン平原の上空にたどり着いた時、エリアーナは息を呑んだ。
そこは、まさしく地獄だった。
おびただしい数の魔獣の死骸。折れた剣。砕けた鎧。そして、力尽きて倒れる騎士たち。
その中で、カインとジークハルトを中心とした僅かな手勢が、絶望的な防戦を続けていた。
カインは、黒いローブの魔術師マルバスが操る、巨大なヒュドラと死闘を繰り広げている。彼の放つ黒雷がヒュドラの身体を焼くが、切断された首はすぐさま再生し、終わりが見えない。カインの動きにも、明らかに疲労の色が見え始めていた。
「閣下!」
ジークハルトが、カインを援護しようとする。だが、その彼の周りにも、無数の強化された魔獣たちが群がり、近づくことさえできない。
このままでは、全滅する。
エリアーナが、そう直感した瞬間だった。
マルバスが、高笑いを上げた。
「終わりですな、公爵殿! 貴方の騎士団も、もはや風前の灯!」
彼は、ヒュドラに新たな命令を下す。九つの頭が、一斉に最大の標的―――カイン・ド・ヴァルハイト―――へと狙いを定めた。
九つの口から、同時に、全てを溶解させる毒のブレスが放たれようとしていた。
絶体絶命。
誰もが、カインの死を覚悟した。
「させません!!」
天空から、凛とした声が響き渡った。
戦場にいる全ての者たちが、驚いて空を見上げる。
そこにいたのは、神々しい金色の光を纏い、グリフォンに跨る一人の少女だった。
その姿は、まるで戦場に舞い降りた、戦乙女ヴァルキリーのようだった。
「エリアーナ!?」
カインが、信じられないというように、彼女の名を叫んだ。
「なぜ、ここに……! 来るなと、言ったはずだ!」
その声には、怒りよりも、彼女の身を案じる必死な響きがあった。
エリアーナは、空中でカインを見下ろし、穏やかに、しかし力強く微笑んだ。
「もう、守られるだけではありません。私も、あなた様と一緒に、戦います」
その宣言と共に、彼女は両腕を広げた。
そして、その魂に、この世界の根源へと語りかける。
『来たれ、我が友よ! その大いなる翼で、邪悪を打ち払え!』
彼女の呼びかけに、世界が応えた。
戦場を吹き荒れていた、血生臭い風が、一瞬にして止む。
代わりに、どこまでも清浄で、そして力強い大気の奔流が、エリアーナの元へと収束していく。
「な、なんだ、これは……!?」
マルバスが、狼狽の声を上げた。
空気が、渦を巻く。その渦の中心で、光の粒子が集まり、一つの巨大な姿を形作り始めた。
それは、半透明の身体を持つ、巨大な鳥の姿だった。その翼は、空全体を覆い尽くすほどに大きく、その瞳は、賢者のように深い青色に輝いている。
風の精霊王、その化身。
古の時代にしか姿を現さなかったと言われる、伝説の存在が、エリアーナの呼びかけに応じ、顕現したのだ。
風の精霊王は、エリアーナの傍らに優雅に舞い降りると、敬意を示すように、そっとその頭を垂れた。
エリアーナは、それだけでは終わらない。
彼女は、今度は大地に向かって、その願いを告げた。
『目覚めよ、古の守護者! その揺るぎなき力で、我らが兵を護りたまえ!』
ゴゴゴゴゴ……!
大地が、激しく震えた。
騎士たちが立っている地面が、次々と隆起していく。それは、ただの土くれではない。硬い岩盤が、まるで意思を持ったかのように、騎士たちの盾となるべく、その身を変形させていくのだ。
やがて、隆起した岩盤は、一体の巨大なゴーレムの姿となった。その身体は、どんな攻撃も通さないであろう、金剛石のように硬質に輝いている。
大地の精霊が、エリアーナの願いを聞き届け、最強の守護者を生み出した瞬間だった。
ゴーレムは、騎士たちの前に仁王立ちすると、押し寄せる魔獣の群れを、その巨大な拳で次々と薙ぎ払っていった。
風の精霊王と、大地のゴーレム。
天と地を司る、二つの巨大な力が、エリアーナの左右に控え、彼女に絶対の忠誠を誓っていた。
その神々しいまでの光景に、戦場にいた誰もが、言葉を失っていた。
騎士たちは、武器を手に持ったまま、その場に膝をつき、祈りを捧げ始めた。
魔獣たちは、その圧倒的な存在感を前に、戦意を完全に喪失し、ただ怯えてひれ伏すだけだった。
「馬鹿な……ありえない……! 精霊王を、顕現させるだと……!?」
マルバスは、顔面蒼白になり、がたがたと震えていた。
「貴様、一体、何者だ……!?」
エリアーナは、その問いには答えなかった。
彼女は、ただ静かに、カインを見つめる。そして、優しく微笑んだ。
「カイン様。あとは、お任せください」
その言葉は、もはやか弱い令嬢のものではなかった。
世界を、その手に抱く、女神の宣言だった。
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