偽りの聖女と罵られたので、隣国の訳あり公爵様と結託して祖国を滅ぼします~本当の力に目覚めた私を今更返せと言われても、もう遅いのです~

夏見ナイ

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第六十二話 偽りの儀式

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エルミール王国の王都は、絶望的な空気に包まれていた。
大地は乾ききって、ひび割れた亀の甲羅のようだ。かつては豊かな水を湛えていた王都の川も、今や細々とした流れとなり、淀んだ川底を覗かせている。井戸の水も枯れ始め、人々はわずかな水を求めて、日の出前から長い列を作っていた。
民衆の不満と不安は、日増しに高まっていた。
その矛先が向けられたのは、王家と、そして「聖女」リリアーナだった。
「聖女様は、一体何をしておられるのだ!」
「雨乞いの儀式は、どうなったんだ!」
「このままでは、我々は皆、干からびて死んでしまうぞ!」
そんな声が、街のあちこちで公然と囁かれるようになっていた。

王宮の中でも、重苦しい空気が漂っていた。
玉座の間で、王太子アルフォンスは、集まった貴族たちを前に、必死で平静を装っていた。
「皆、落ち着くのだ。この干ばつは、ただの天候不順に過ぎん。聖女リリアーナは、日夜、神に祈りを捧げておられる。いずれ、神の慈悲は我らの元に届くだろう」
その言葉は、あまりにも空虚だった。貴族たちの顔には、露骨な不信と、アルフォンスの指導力に対する失望の色が浮かんでいる。
その時、玉座の間の扉が開き、リリアーナが姿を現した。
その顔は、睡眠不足と心労で青白く、かつての天使のような輝きは失われている。彼女は、集まった貴族たちの前で、震える声で告げた。
「皆さま、ご心配をおかけしております。わたくし、再び神託を賜りました。三日後、王宮の最も高い塔の上で、わたくしが最後の祈りを捧げれば、必ずや恵みの雨が降る、と……」
それは、彼女にとって、起死回生を狙った最後の賭けだった。
アルフォンスは、その言葉にすがりつくように、声を張り上げた。
「聞いたか、皆! これこそ、真の聖女の力だ! 三日後、我々は奇跡を目の当たりにするだろう!」
だが、貴族たちの反応は冷ややかだった。もはや、誰も彼女たちの言葉を、素直に信じようとはしなかった。

三日後。
リリアーナの言う、運命の日が来た。
空は、皮肉なほどに青く澄み渡り、雲一つない。乾いた風が、王都の埃を巻き上げるだけだった。
王宮で最も高い「天祈の塔」。その頂上に、リリアーナは一人で立っていた。純白の儀式用のドレスは、今のやつれた彼女には、どこか不釣り合いに見える。
眼下には、王宮の広場を埋め尽くす、無数の民衆の姿があった。彼らは、最後の希望を託し、固唾を飲んで彼女の儀式を見守っている。その視線が、リリアーナの肩に重くのしかかった。
(どうして……どうして、こうなったの……?)
リリアーナの心は、恐怖と焦りでいっぱいだった。
エリアーナを追放した直後は、全てが順調だった。彼女の聖なる力は、日に日に増しているように感じられた。小さな奇跡を起こすたびに、人々は彼女を賞賛し、アルフォンスは彼女を溺愛した。
全てが、自分の思い通りだった。
だが、あの姉が国を去って、数ヶ月が過ぎた頃から、何かがおかしくなり始めたのだ。
自分の内から湧き出ていたはずの、聖なる力が、日に日に弱まっていく。以前は簡単にできた、花を長持ちさせるような奇跡さえ、今はうまくいかない。
まるで、力の源泉そのものが、枯れてしまったかのようだった。
彼女は、まだ気づいていない。
自分の力の正体が、聖女としての本来の力などではなく、ただ、そばにいたエリアーナから無意識のうちに漏れ出ていた、清浄な魔力のおこぼれを、かすめ取って使っていただけだったということに。
力の源であるエリアーナがいなくなった今、彼女の力が枯渇するのは、当然の結末だったのだ。
だが、リリアーナに、もう後戻りはできなかった。
ここで失敗すれば、全てを失う。
彼女は、震える手で天を仰ぎ、必死に祈りの言葉を紡ぎ始めた。
「おお、天にまします偉大なる神よ! どうか、我らが民に、慈悲の雨をお与えください!」
彼女は、ありったけの力を振り絞った。だが、その身体から放たれる聖なる光は、ろうそくの炎のように弱々しく、すぐに消えてしまう。
空は、沈黙したまま。
変化は、何も起きない。
一時間、二時間……。
リリアーナは、声を枯らし、祈り続けた。だが、無情にも、太陽は西の空へと傾いていくだけ。
広場の民衆の間に、失望のため息が広がり始めた。
「……やはり、駄目か」
「俺たちの聖女様は、偽物だったのか……」
「エリアーナ様を追放したから、神の怒りに触れたのだ!」
そんな声が、次第に大きくなっていく。
アルフォンスは、塔の下で、顔面蒼白になってその光景を見ていた。
「リリアーナ! どうした! 早く、奇跡を起こすのだ!」
彼の叫び声も、今のリリアーナには届かない。
やがて、民衆の失望は、怒りへと変わった。
「偽物の聖女め!」
「俺たちの水を返せ!」
誰かが投げた、一個の石ころ。
それが、合図だった。
次々と、石や、腐った野菜が、塔の上のリリアーナに向かって投げつけられ始めた。
「きゃっ!」
リリアーナは、小さな悲鳴を上げた。汚物が、彼女の純白のドレスを汚していく。
今まで、賞賛と羨望の眼差ししか浴びたことのなかった彼女が、初めて向けられる、剥き出しの憎悪。
その恐怖に、リリアーナの心は、完全に折れた。
彼女は、その場にへたり込み、子供のように泣きじゃくり始めた。
その無様な姿が、彼女の敗北を、決定的に物語っていた。
儀式は、大失敗に終わった。
それは、偽りの聖女の、終わりの始まり。
そして、エルミール王国という国そのものが、崩壊へと向かう、運命の序曲だった。
アルフォンスは、暴徒と化した民衆と、泣き崩れるリリアーナを前に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
自分の犯した過ちの大きさに、彼はまだ、気づいてさえいなかった。
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