偽りの聖女と罵られたので、隣国の訳あり公爵様と結託して祖国を滅ぼします~本当の力に目覚めた私を今更返せと言われても、もう遅いのです~

夏見ナイ

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第六十八話 皇帝主催の夜会

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エルミール王国からの使節団の到着が、数日後に迫っていた。
帝都全体が、その動向を固唾を飲んで見守る中、ヴァルハイト帝国の皇帝ジークフリートは、動いた。
彼は、カインの予想通り、帝国を救った祝勝と、エリアーナの公式なお披露目を兼ねた、大規模な夜会を、白金の宮殿で催すことを発表した。
それは、エルミールの使節団が到着する、まさに前日の夜。
皇帝の、老獪な政治的駆け引きだった。
エルミールの使者が「聖女を返還せよ」と口を開く前に、帝国の全ての貴族と、諸外国の使節たちの前で、エリアーナがヴァルハイト帝国の、そしてカイン・ド・ヴァルハイトの、かけがえのない至宝であることを、既成事実として知らしめる。
そのための、壮大な舞台装置だった。

夜会の当日。
公爵邸は、朝から慌ただしい雰囲気に包まれていた。
侍女頭のゲルダを筆頭に、侍女たちが総出で、エリアーナの身支度に取り掛かっている。
「エリアーナ様、今宵のドレスは、こちらでございます」
ゲルダが、恭しく広げて見せたのは、一枚のドレスだった。
エリアーナは、それを見て、息を呑んだ。
それは、夜空そのものを、そのまま絹布に織り込んだかのような、深い藍色のドレスだった。上質なシルクの生地には、銀糸で繊細な星々の刺繍が施され、動くたびに、まるで本物の星屑がまたたくように、きらきらと輝く。
胸元は上品に開かれ、スカートは、幾重にも重ねられたオーガンジーが、優雅なドレープを描いていた。
「……美しい」
エリアーナは、思わずため息をついた。
「皇帝陛下主催の、公式な夜会。未来の公爵妃殿下のお披露目の場でございます。これくらいでなければ、ヴァルハイト家の威信に関わります」
ゲルダは、きっぱりと言った。だが、その瞳には、自分の手で美しく飾り立てたエリアーナを見つめる、誇らしげな色が浮かんでいる。
髪は、美しく結い上げられ、そこに飾られたのは、カインから贈られた、月光のように輝く髪飾り。首元には、同じく彼からの贈り物である、銀細工のチョーカーが輝いていた。
エリアーナが、鏡の前に立つ。
そこに映っていたのは、もはや、かつての虐げられた令嬢の姿ではなかった。
内から溢れ出る自信と、精霊たちからの祝福のオーラ。そして、愛されることで得た、女性としての輝き。それらが、豪華なドレスや宝飾品と相まって、彼女を、誰もがひれ伏すほどの、圧倒的な美しさを持つ貴婦人へと変えていた。
「……素晴らしい。これならば、宮殿のどんな姫君も、霞んで見えましょう」
ゲルダは、満足げに頷いた。

夜。白金の宮殿は、まばゆいばかりの光で満たされていた。
帝国の有力貴族たちが、着飾った夫人や令嬢を伴って、次々と集まってくる。彼らの話題は、もちろん一つだけ。
「聞いたか? 今宵、あの『帝国の女神』が、初めて公の場に姿を現されるそうだ」
「ヴァルハイト公爵閣下の、婚約者殿だ。一体、どれほどの御方なのだろうな」
「何しろ、あの呪われた公爵閣下の、あの痣を消し去ったというのだ。ただの人間であるはずがない」
期待と、好奇心と、そして少しの畏怖。様々な感情が、大広間の中で渦巻いていた。
その、全ての視線が、一斉に、大広間の入り口へと注がれた。
ファンファーレが、高らかに鳴り響く。
そして、侍従が、朗々とその名を告げた。
「ヴァルハイト公爵、カイン・ド・ヴァルハイト閣下、並びに、エリアーナ・フォン・リーゼンガング様、ご入場!」
現れた二人の姿に、会場は、水を打ったように静まり返った。
そして、次の瞬間、どよめきが、波のように広がった。
カインは、黒を基調とした、帝国軍最高位の豪奢な礼服に身を包んでいた。胸には、数々の勲章が輝いている。そして、その素顔。呪いの痣が消え去った、神々しいまでの美貌は、噂には聞いていたものの、実際に目にすると、その衝撃は計り知れない。
そして、その彼の腕に、優雅にエスコートされている、一人の女性。
夜空を纏ったかのような、神秘的なドレス。銀色の髪は、シャンデリアの光を浴びて、まるで月の光輪のように輝いている。そして、その類稀なる美しさ。
だが、人々が最も心を奪われたのは、彼女が纏う、不思議なオーラだった。
ただ、そこにいるだけで、周囲の空気が清められ、心が安らぐような、清浄で、そしてどこまでも優しい気配。
誰もが、直感的に理解した。
この方こそが、本物の「奇跡」なのだ、と。
二人は、全ての視線を受けながら、ゆっくりと、そして堂々と、広間の中央へと進んでいく。
その姿は、まるで、夜の神とその后が、地上に舞い降りてきたかのようだった。
嫉妬も、羨望も、入り込む隙がない。
ただ、絶対的な美と、圧倒的な存在感だけが、そこにあった。
貴族たちは、皆、我を忘れて、その光景に見惚れていた。
カインは、エリアーナの耳元で、そっと囁いた。
「どうだ。怖いか?」
「いいえ」
エリアーナは、しっかりと前を見据え、微笑んだ。
「あなたが、隣にいてくださいますから」
その手は、カインの腕を、確かに掴んでいる。
もう、彼女は、誰の視線にも怯えなかった。
この帝国で、最も強く、そして誰よりも自分を愛してくれる人が、すぐそばにいる。その事実が、彼女に、何ものにも代えがたい勇気を与えてくれていた。
皇帝主催の夜会。
それは、帝国の社交界に、新たな伝説が刻まれた、歴史的な一夜の始まりだった。
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