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第七十話 皇帝陛下との謁見
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皇帝による、突然の婚約の祝福宣言。
それは、夜会の出席者たちを驚かせたが、最も衝撃を受けていたのは、当事者であるエリアーナ自身だった。
(……婚約者)
まだ、実感が湧かない。
カインからは、プロポーズとも言える愛の告白を受けていた。だが、それが帝国の絶対君主によって、こうも公式に、華々しく認められるとは、夢にも思っていなかった。
万雷の拍手の中、エリアーナはカインの隣で、ただ夢見心地のまま、微笑み続けるしかなかった。
夜会が、一度落ち着きを取り戻し、貴族たちが再び談笑を始めた頃。
一人の侍従が、カインとエリアーナの元へやってきた。
「公爵閣下、エリアーナ様。陛下が、別室にてお二人をお待ちでございます」
皇帝からの、個人的な謁見の申し出。
カインは、わずかに眉をひそめた。あの老獪な皇帝が、何を考えているのか。だが、断るわけにはいかない。
「分かった。案内しろ」
カインは、エリアーナの手を取り、侍従の後に続いた。
通されたのは、玉座の間とは違う、皇帝の私的な謁見室だった。豪華ではあるが、どこか落ち着いた雰囲気の部屋。そこには、皇帝ジークフリートが、一人だけで二人を待っていた。
「陛下」
カインが礼を取ると、皇帝は「うむ、楽にせよ」と、鷹揚に手を振った。
「堅苦しい話ではない。ただ、今宵の主役と、少しばかり話がしてみたくなっただけよ」
その視線は、穏やかにエリアーナに向けられている。だが、その瞳の奥には、夜会の時よりもさらに鋭い、探るような光が宿っていた。
皇帝は、エリアーナに、優しく語りかけた。
「エリアーナ嬢。改めて、礼を言う。お主のおかげで、我が帝国は救われた。そして何より……」
皇帝は、ちらりとカインに視線を送る。
「我が、この可愛げのない甥の、長年の苦しみをも、救ってくれた。この恩は、言葉では言い尽くせぬ」
「もったいないお言葉でございます、陛下。私にとりましても、カインは……かけがえのない、大切な人でございますから」
エリアーナは、はっきりと答えた。その声には、揺るぎない愛情が込められている。
その、臆することのない態度に、皇帝は満足げに頷いた。
「……カインが、お主に懸想するのも、無理はないな」
皇帝は、ふむ、と顎髭を撫でながら、本題に入った。
「エリアーナ嬢。お主のその力……『精霊の愛し子』とか言ったか。それは、一体、どのようなものなのか。朕に、少しばかり教えてはくれぬか」
それは、皇帝として、当然の問いだった。
国を救うほどの、未知の力。その正体を、為政者として把握しておく必要がある。
エリアーナは、カインの顔を、窺うように見上げた。カインは、静かに頷き、目で「話していい」と合図を送る。
エリアーナは、覚悟を決めた。
彼女は、自分の力のことを、正直に、そして誠実に語り始めた。
聖女ではないこと。
自分の願いに、世界の精霊たちが応えてくれること。
その力は、破壊のためではなく、癒やし、育み、護るためのものであること。
彼女の言葉は、飾り気がなく、どこまでも真摯だった。その声を聞いているだけで、心が洗われるような、不思議な感覚があった。
皇帝は、黙って、その全てに耳を傾けていた。
そして、エリアーナが話し終えると、深く、長い息をついた。
「……なるほどな」
皇帝の表情は、いつになく真剣だった。
「お主の力は、まさに神からの贈り物。この、戦乱の絶えぬ大陸に、安寧をもたらすための、奇跡の力やもしれんな」
そして、彼は、エリアーナの瞳を真っ直ぐに見つめて、言った。
「エリアーナ嬢。お主に、一つ、頼みがある」
「……頼み、でございますか?」
「うむ。カインの妻となるだけでは、お主の器は、あまりにも大きすぎる。どうか、このヴァルハイト帝国の、そしていずれは、この大陸全体の『光』となってはくれまいか」
それは、皇帝からの、個人的な願いだった。
彼の言葉には、長年、この大陸の平和を願い続けてきた、一人の為政者としての、切実な響きがあった。
エリアーナは、その言葉の重さに、圧倒された。
帝国の光。大陸の光。
そんな、大それた役割が、自分に務まるのだろうか。
彼女が、戸惑っていると、隣から、静かだが、力強い声が響いた。
「陛下」
カインだった。
「彼女に、重責を負わせるのはおやめいただきたい。彼女は、帝国の光である前に、俺の、ただ一人の女です」
その声には、エリアーナを護るという、絶対的な意志が込められていた。皇帝の頼みであろうと、彼女に過度な負担をかけることは、断じて許さない、と。
その、剥き出しの独占欲に、皇帝は、呆れたように、しかしどこか楽しそうに、声を上げて笑った。
「はっはっは! そうであったな! すまん、すまん。どうやら、この老いぼれは、少しばかり気が急いてしまったらしい」
皇帝は、笑いを収めると、穏やかな目で二人を見つめた。
「……良いだろう。お主たちの好きにするがいい。だが、エリアーナ嬢。これだけは、覚えておいてほしい」
皇帝の表情が、再び真剣なものへと戻る。
「お主が、この帝国にいる限り、帝国は、お主の力を、決して悪用はせぬ。そして、お主の意志に反することを、強要することもない。この、皇帝ジークフリートの名において、固く誓おう」
それは、帝国の絶対君主からの、最大限の約束だった。
エリアーナの力を認め、その人格を尊重し、そして彼女を護り抜くという、国家としての誓い。
「……ありがたき、お言葉にございます」
エリアーナは、深々と、頭を下げた。
この国に来て、本当によかった。
この人たちに出会えて、本当によかった。
心の底から、そう思った。
謁見は、終わった。
部屋を退出する間際、皇帝が、カインにだけ聞こえるように、そっと囁いた。
「……カインよ。良い嫁を、見つけたな。必ず、幸せにするのだぞ」
「……言われるまでも、ありません」
カインは、ぶっきらぼうに、しかしどこか誇らしげに答えた。
皇帝との謁見は、エリアーナの、帝国における立場を、完全に不動のものとした。
彼女は、もはやただの公爵家の婚約者ではない。
皇帝自らが、その存在を認め、そしてその未来を祝福した、帝国にとって、かけがえのない宝となったのだ。
その事実が、数日後に訪れる、エルミールの使節団との対決において、何よりも強力な盾となることを、カインは確信していた。
それは、夜会の出席者たちを驚かせたが、最も衝撃を受けていたのは、当事者であるエリアーナ自身だった。
(……婚約者)
まだ、実感が湧かない。
カインからは、プロポーズとも言える愛の告白を受けていた。だが、それが帝国の絶対君主によって、こうも公式に、華々しく認められるとは、夢にも思っていなかった。
万雷の拍手の中、エリアーナはカインの隣で、ただ夢見心地のまま、微笑み続けるしかなかった。
夜会が、一度落ち着きを取り戻し、貴族たちが再び談笑を始めた頃。
一人の侍従が、カインとエリアーナの元へやってきた。
「公爵閣下、エリアーナ様。陛下が、別室にてお二人をお待ちでございます」
皇帝からの、個人的な謁見の申し出。
カインは、わずかに眉をひそめた。あの老獪な皇帝が、何を考えているのか。だが、断るわけにはいかない。
「分かった。案内しろ」
カインは、エリアーナの手を取り、侍従の後に続いた。
通されたのは、玉座の間とは違う、皇帝の私的な謁見室だった。豪華ではあるが、どこか落ち着いた雰囲気の部屋。そこには、皇帝ジークフリートが、一人だけで二人を待っていた。
「陛下」
カインが礼を取ると、皇帝は「うむ、楽にせよ」と、鷹揚に手を振った。
「堅苦しい話ではない。ただ、今宵の主役と、少しばかり話がしてみたくなっただけよ」
その視線は、穏やかにエリアーナに向けられている。だが、その瞳の奥には、夜会の時よりもさらに鋭い、探るような光が宿っていた。
皇帝は、エリアーナに、優しく語りかけた。
「エリアーナ嬢。改めて、礼を言う。お主のおかげで、我が帝国は救われた。そして何より……」
皇帝は、ちらりとカインに視線を送る。
「我が、この可愛げのない甥の、長年の苦しみをも、救ってくれた。この恩は、言葉では言い尽くせぬ」
「もったいないお言葉でございます、陛下。私にとりましても、カインは……かけがえのない、大切な人でございますから」
エリアーナは、はっきりと答えた。その声には、揺るぎない愛情が込められている。
その、臆することのない態度に、皇帝は満足げに頷いた。
「……カインが、お主に懸想するのも、無理はないな」
皇帝は、ふむ、と顎髭を撫でながら、本題に入った。
「エリアーナ嬢。お主のその力……『精霊の愛し子』とか言ったか。それは、一体、どのようなものなのか。朕に、少しばかり教えてはくれぬか」
それは、皇帝として、当然の問いだった。
国を救うほどの、未知の力。その正体を、為政者として把握しておく必要がある。
エリアーナは、カインの顔を、窺うように見上げた。カインは、静かに頷き、目で「話していい」と合図を送る。
エリアーナは、覚悟を決めた。
彼女は、自分の力のことを、正直に、そして誠実に語り始めた。
聖女ではないこと。
自分の願いに、世界の精霊たちが応えてくれること。
その力は、破壊のためではなく、癒やし、育み、護るためのものであること。
彼女の言葉は、飾り気がなく、どこまでも真摯だった。その声を聞いているだけで、心が洗われるような、不思議な感覚があった。
皇帝は、黙って、その全てに耳を傾けていた。
そして、エリアーナが話し終えると、深く、長い息をついた。
「……なるほどな」
皇帝の表情は、いつになく真剣だった。
「お主の力は、まさに神からの贈り物。この、戦乱の絶えぬ大陸に、安寧をもたらすための、奇跡の力やもしれんな」
そして、彼は、エリアーナの瞳を真っ直ぐに見つめて、言った。
「エリアーナ嬢。お主に、一つ、頼みがある」
「……頼み、でございますか?」
「うむ。カインの妻となるだけでは、お主の器は、あまりにも大きすぎる。どうか、このヴァルハイト帝国の、そしていずれは、この大陸全体の『光』となってはくれまいか」
それは、皇帝からの、個人的な願いだった。
彼の言葉には、長年、この大陸の平和を願い続けてきた、一人の為政者としての、切実な響きがあった。
エリアーナは、その言葉の重さに、圧倒された。
帝国の光。大陸の光。
そんな、大それた役割が、自分に務まるのだろうか。
彼女が、戸惑っていると、隣から、静かだが、力強い声が響いた。
「陛下」
カインだった。
「彼女に、重責を負わせるのはおやめいただきたい。彼女は、帝国の光である前に、俺の、ただ一人の女です」
その声には、エリアーナを護るという、絶対的な意志が込められていた。皇帝の頼みであろうと、彼女に過度な負担をかけることは、断じて許さない、と。
その、剥き出しの独占欲に、皇帝は、呆れたように、しかしどこか楽しそうに、声を上げて笑った。
「はっはっは! そうであったな! すまん、すまん。どうやら、この老いぼれは、少しばかり気が急いてしまったらしい」
皇帝は、笑いを収めると、穏やかな目で二人を見つめた。
「……良いだろう。お主たちの好きにするがいい。だが、エリアーナ嬢。これだけは、覚えておいてほしい」
皇帝の表情が、再び真剣なものへと戻る。
「お主が、この帝国にいる限り、帝国は、お主の力を、決して悪用はせぬ。そして、お主の意志に反することを、強要することもない。この、皇帝ジークフリートの名において、固く誓おう」
それは、帝国の絶対君主からの、最大限の約束だった。
エリアーナの力を認め、その人格を尊重し、そして彼女を護り抜くという、国家としての誓い。
「……ありがたき、お言葉にございます」
エリアーナは、深々と、頭を下げた。
この国に来て、本当によかった。
この人たちに出会えて、本当によかった。
心の底から、そう思った。
謁見は、終わった。
部屋を退出する間際、皇帝が、カインにだけ聞こえるように、そっと囁いた。
「……カインよ。良い嫁を、見つけたな。必ず、幸せにするのだぞ」
「……言われるまでも、ありません」
カインは、ぶっきらぼうに、しかしどこか誇らしげに答えた。
皇帝との謁見は、エリアーナの、帝国における立場を、完全に不動のものとした。
彼女は、もはやただの公爵家の婚約者ではない。
皇帝自らが、その存在を認め、そしてその未来を祝福した、帝国にとって、かけがえのない宝となったのだ。
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