デバフ専門の支援術師は勇者パーティを追放されたので、呪いのアイテム専門店を開きます

夏見ナイ

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第五十話 王国の盾と呪いの武具

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アントニオ子爵の失脚により、王都の貴族たちは【ノアの箱舟】を畏怖と敬意をもって見るようになった。表立った妨害はなくなり、ノアたちの元には、様々なギルドや貴族からの依頼がひっきりなしに舞い込むようになった。邸宅での生活は、ようやく落ち着きを取り戻したかに見えた。

「どうも、きな臭い」

昼下がりの応接室で、ルナが紅茶のカップを置き、窓の外を見つめながら呟いた。

「この平穏は、嵐の前の静けさに過ぎん。我々は、王という大きな傘の下に入ったが、それは同時に、国の厄介事を押し付けられる立場になったということだ」

彼女の言葉を証明するかのように、邸宅の扉が慌ただしく叩かれた。現れたのは、王宮からの使者だった。

「ノア・アークライト殿! 緊急の御前会議です!至急、登城願います!」

使者の切羽詰まった様子から、ただ事ではないことが窺えた。

王城の作戦会議室は、重苦しい緊張感に満ちていた。国王アルトリウスを中心に、宰相、騎士団長、魔術師団長といった、この国の最高幹部たちが顔を揃えている。その末席に、ノアたちの姿もあった。

「報告します! 王都の北方、『嘆きの平原』に、大規模な魔物の軍団が出現! その数、およそ五千!」

斥候からの報告に、会議室がどよめく。

「五千だと!? ただのスタンピードではないぞ!」
「軍団は統率が取れており、まっすぐに王都を目指しております。これは、魔王軍による侵攻と見て間違いありません!」

騎士団長が、苦々しく報告を続けた。

「直ちに迎撃部隊を編成する! 騎士団の第一、第二連隊を平原に展開させ、敵の進軍を食い止めるのだ!」

勇ましく号令する騎士団長。だが、その声には焦りの色が隠せない。

「お待ちください、団長」

その時、静かに口を開いたのはエリオだった。

「斥候の報告によれば、敵軍はゴブリンやオークといった雑多な魔物の混成部隊。にもかかわらず、これほど統率が取れているのは異常です。後方に、強力な指揮官がいるはず。ただ正面からぶつかるだけでは、こちらの消耗が激しくなるだけです」
「小僧、貴様に何が分かる! 兵法の基本は、敵戦力の迎撃と撃滅だ!」

騎士団長は、若輩の魔術師からの口出しに、不快感を露わにした。会議室の空気は、さらに険悪になる。

その時、今まで黙って話を聞いていたノアが、静かに立ち上がった。

「僕に、考えがあります」

全ての視線が、ノアへと集中する。ルナに「喋るな」と言われていたが、これは黙っているべき場面ではないと、彼は判断した。

「騎士団の皆さん一人一人の力を、底上げするんです。僕の力で」
「力を底上げするだと? どうやって」

騎士団長が、訝しげに問い返す。

「皆さんがお使いの武具や防具に、僕が『呪い』をかけます。そうすれば、兵士一人一人の生存率と戦闘能力は、飛躍的に向上するはずです」

呪い。その言葉に、会議室の空気が凍りついた。特に、伝統と名誉を重んじる騎士たちの間から、明確な拒絶のどよめきが起こる。

「ふざけるな! 我らが誇りとする、王家から下賜されたこの鎧に、不吉な呪いをかけるだと!?」
「我らの武勇は、日々の鍛錬の賜物! そのような得体の知れない力に頼るなど、騎士の恥だ!」

騎士たちの激しい反発。それは、ノアも予想していたことだった。

「黙れ、貴様ら」

その喧騒を、国王アルトリウスの静かだが、有無を言わせぬ一言が鎮めた。

「ノア・アークライトよ。其方の提案、詳しく聞こう」

ノアは、国王の真剣な眼差しを受け止め、はっきりと告げた。

「例えば、この盾。これに『軽量化』の呪いをかければ、防御力はそのままに、盾の重さを半分にできます。代償として、盾が持ち主の手から離れると、途端に元の何倍もの重さになりますが」
「あるいは、この剣。これに『必中』の呪いをかければ、振り下ろした剣は、敵の急所へと吸い込まれるように導かれるでしょう。代償として、一度振るうと、持ち主は激しい疲労感に襲われますが」

ノアは、具体的な例を次々と挙げていく。それは、騎士たちの常識を覆す、革新的な装備の提案だった。デメリットはある。だが、それを補って余りあるほどのメリットが、そこにはあった。

反発していた騎士たちも、次第にその言葉に引き込まれていく。

国王は、満足げに頷いた。

「面白い。実に面白い。よかろう、ノア・アークライト。其方の力を、この国の盾となる騎士団に貸すがよい。これは、王命である」

国王の鶴の一声で、全ては決まった。反発していた騎士たちも、王命とあれば従うしかない。

「騎士団の装備開発部と、錬金術ギルドに、全面的に協力させよう。必要なものは何でも言え。時間は、ないぞ」

王国の命運が、ノアの両肩に託された。彼は、これから始まるであろう、不眠不休の錬成作業を覚悟する。

会議室を出た後、ルナがノアの隣に並んだ。

「結局、喋ったな、お前」
「ごめん。でも、言うべきだと思ったんだ」
「分かっているさ。見事な口上だったぞ、店の主」

ルナは、ふっと笑った。

王国の騎士団という、巨大な組織。彼らの誇りと、ノアの呪いの力。二つの相容れないはずのものが、今、魔王軍という共通の脅威を前に、一つになろうとしていた。その化学反応が、吉と出るか、凶と出るか。それはまだ、誰にも分からなかった。
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