デバフ専門の支援術師は勇者パーティを追放されたので、呪いのアイテム専門店を開きます

第八十四話 世界の夜明け

ノアが解き放った六つの力が合わさった光の奔流は、優しく、しかし抗いがたい力で、闇に囚われた少女セレスティアを包み込んだ。

『やめろ……！ 我が闇が、溶けていく……！』

彼女の背後で、巨大な影の怪物ノクスが、苦悶の叫びを上げる。仲間たちの想いが込められた光は、ただ闇を消し去るのではない。その根源であるセレスティアの絶望と孤独を、内側から癒し、温めていく。

セレスティアの脳裏に、様々な光景が蘇る。

光の一族に生まれながら、光を発することができない自分。一族の者たちからの、冷たい視線と、失望のため息。たった一人、薄暗い塔の中で、「お前は一族の恥だ」と囁かれ続けた日々。

（そうだ……。私は、光を失ったんじゃない。最初から、光なんて持っていなかったんだ……）

絶望が、彼女の心を再び闇に染めようとする。

だが、その時。

彼女の心に、別の声が響いた。それは、ノアの声だった。

『君は、一人じゃない』

クロエの、力強い声が聞こえる。『お前の痛みは、私が受け止めてやる』
エリオの、探求する声が聞こえる。『どんな謎にも、必ず答えはある』
ミオ、ジン、カイ、アカリ……。仲間たちの声が、次々と彼女の心に届く。

彼らもまた、自分と同じように、力に苦しみ、孤独の中にいた。でも、彼らは闇に呑まれなかった。仲間と出会い、支え合い、自らの力を希望へと変えたのだ。

（私にも……なれるのかな……）

セレスティアの心に、ほんの、ほんの小さな光が灯った。それは、誰かに必要とされたい、誰かと繋がりたいという、純粋な願いの光だった。

その光に、ノアが紡いだ六つの力が、呼応した。

「今だ、セレスティアさん！ 君の光を、見せてくれ！」

ノアの叫びが、彼女の最後の背中を押した。

「……あああああああああっ！」

セレスティアの全身から、眩いほどの、純白の光が迸った。それは、今まで誰も見たことのない、神々しいまでの『光の呪い』の、真の姿だった。

彼女の光は、闇を滅ぼす破壊の光ではない。それは、全てのものを照らし、癒し、そして、あるべき場所へと導く、慈愛の光だった。

『馬鹿な……。光とは、闇を滅ぼす存在のはず……。なぜ、私を……赦すのだ……』

ノクスは、その温かい光に包まれながら、戸惑いの声を上げた。

「あなたも、寂しかったのね」

セレスティアの声は、もう絶望に染まってはいなかった。

「もう大丈夫。私が、ずっと一緒にいるから。あなたは、もう一人じゃない」

彼女は、自分自身の影であったノクスを、優しく抱きしめた。光と影。二つは、敵対するのではなく、一つに溶け合い、完全な調和を取り戻していく。

部屋を満たしていた闇は、完全に消え去った。後には、七色の光を放つセレスティアと、その足元に、まるで忠実な僕のように静かに控える、小さな影だけが残されていた。

戦いは、終わった。

仲間たちは、息を呑んで、その光景を見つめていた。

セレスティアは、ゆっくりとノアたちの元へ歩み寄ると、深々と頭を下げた。

「ありがとう、皆さん。あなたたちのおかげで、私は、私の光を取り戻すことができました」

その笑顔は、まさに女神のようだった。

こうして、最後の『原初の呪い』の継承者が、仲間となった。七つの力が、ついに一つに集ったのだ。

その瞬間。

ノアたちの脳内に、直接、声が響いた。それは、懐かしい、そして威厳に満ちた声。原初の呪術師、アルカナの声だった。

『よくぞ、集った。我が愛しき子供たちよ』

アルカナは語り始めた。魔王の、本当の目的を。

魔王は、ただ世界を支配したいのではない。彼は、自らが受け継いだ『支配の呪い』の力で、全ての感情、全ての個性を消し去り、世界を完全な「無」に帰そうとしているのだという。争いも、悲しみも、喜びさえもない、完全な静寂の世界。それが、彼の歪んだ理想郷だった。

『彼を止められるのは、多様な個性を持ち、互いに支え合う、お前たち七つの力だけだ。さあ、行くがいい。我が最後の希望たちよ。決戦の地は、世界の果て、全てが始まった場所、『創生の祭壇』だ』

アルカナの言葉と共に、ノアたちの体に、それぞれの紋章が光り輝き、新たな力が宿るのを感じた。

世界の存亡をかけた、最後の戦いが始まろうとしていた。

一行は、王都の人々に見送られ、最後の旅へと出発する。その顔には、もう迷いも恐れもない。

ノアは、空を見上げた。追放されたあの日から始まった、長い、長い旅。それは、絶望から希望へ、孤独から絆へと至る、彼自身の物語だった。

「行こう、みんな。世界を、救いに」

ノアの言葉に、六人の仲間たちが、力強く頷いた。

【ノアの箱舟】は、七つの原初の力を乗せ、世界の夜明けを目指して、最後の航海へと乗り出す。

彼らの伝説は、これから、本当のクライマックスを迎える。