出来損ないと虐げられた公爵令嬢、前世の記憶で古代魔法を再現し最強になる~私を捨てた国が助けを求めてきても、もう隣で守ってくれる人がいますので

夏見ナイ

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第7話 エネルギー変換理論

アネットを撃退した一件は、屋敷内に小さな波紋を広げた。
エリアーナが「不気味な術を使った」という噂は、使用人たちの間で尾ひれがついて囁かれた。誰もその正体を知らない。だからこそ、人々はそれを恐れた。結果として、エリアーナに積極的に関わろうとする者はいなくなった。
食事は黙って扉の前に置かれるようになり、侮蔑の言葉を投げかけられることもなくなった。彼女は、物理的にだけでなく、精神的にも「存在しない者」として扱われるようになったのだ。
以前の彼女なら、その完全な孤立に心を痛めただろう。しかし、今のエリアーナにとって、それは望ましい環境でしかなかった。誰にも邪魔されず、研究に没頭できる時間。これ以上の贅沢はない。
屋根裏部屋の研究室で、エリアーナは次なる課題に直面していた。
酢と重曹による化学反応は、確かに有効な護身術だった。だが、一度きりの使い捨てであり、威力も脅し程度にしかならない。もっと持続的で、制御可能なエネルギー源が必要だ。
火は強力なエネルギーだ。しかし、レンズと太陽光では天候に左右される。いつでもどこでも使えるわけではない。
「もっと普遍的で、変換しやすいエネルギー……」
梨花の記憶が、一つの答えを提示する。
電気。
現代日本では、全てのインフラを支える根源的なエネルギー。電気さえあれば、光も、熱も、音も、運動エネルギーさえも自在に生み出すことができる。
この世界に、電気という概念はおそらくない。人々はそれを「雷」という、神の怒りか竜の咆哮のような、天災の一種としてしか認識していないだろう。
だが、現象として存在する以上、そこには必ず法則がある。そして、利用できる可能性がある。
エリアー-ナは書庫から持ち出した三冊の本を広げた。特に、分厚い鉱物図鑑に狙いを定める。この世界の物質の特性を知ることが、第一歩だ。
図鑑には、様々な鉱石の挿絵と共に、その性質が記されていた。
『陽光石:太陽の光を浴びると、しばらくの間ほのかに光り続ける』
(蓄光性物質、か。燐光の一種ね。硫化亜鉛なんかに似ている)
『磁鉄鉱:鉄を引き寄せる不思議な力を持つ石』
(これは分かりやすい。天然の磁石。梨花の世界でも同じだ)
ページをめくるエリアーナの目は、単なる読書家のそれではない。未知の物質のスペックシートを読み解く、研究者の目だった。一つ一つの記述を、梨花の持つ化学と物理の知識に照らし合わせ、その本質を見抜いていく。
『火打石:硬い金属で叩くと、火花を散らす』
(圧電効果……ピエゾ効果ね。圧力によって電圧が発生し、火花放電を起こしているんだわ)
この世界の人々が「不思議な力」として片付けている現象のほとんどが、科学的に説明できる。エリアー-ナは、まるで答え合わせをするように、次々と鉱石の正体を暴いていった。
そして、ついに探し求めていた記述を見つけた。
それは、『雷溜石(らいりゅうせき)』と名付けられた、黒く鈍い輝きを放つ鉱石のページだった。
『雷が落ちた場所の地中深くに稀に産出される。魔力を蓄える性質があり、熟練の魔術師はこれを携帯用の魔力溜まりとして利用する。ただし、蓄えられる量には限りがあり、扱いも難しい』
魔力を蓄える。
エリアーナの心臓が、とくんと跳ねた。
これは、梨花の言葉で言うなら「蓄電」だ。つまり、この雷溜石はコンデンサ、あるいは二次電池(バッテリー)として機能するのではないか。
さらに読み進めると、もう一つ興味深い鉱石の記述があった。
『導魔銅(どうまどう):赤みがかった金属質の鉱石。魔力を非常によく通す性質を持つため、魔法陣の補助線や、魔道具の内部構造に用いられる』
魔力をよく通す。導電性の高い金属。つまり、銅線だ。
「魔力と、電気……」
エリアー-ナはペンを走らせ、二つの言葉を羊皮紙に書き出した。
この世界の魔術師たちは、魔力を魂や精神に類するものだと考えている。しかし、物理現象として捉えるなら、それは一種のエネルギー形態に過ぎない。
電気もまた、エネルギー形態の一つだ。電子の移動によって生じる。
もし、魔力と電気が、根源的には同じ「エネルギー」の異なる側面だとしたら?
あるいは、魔力というものが、生体が発する特殊な生体電場のようなものだとしたら?
仮説は次々と湧き出てくる。だが、現時点で重要なのはそこではなかった。
雷溜石(バッテリー)があり、導魔銅(導線)がある。そして、火打石(圧電素子)で最初の「電気」を起こすことができる。
これだけの材料があれば、組める。
――電子回路が。
「科学的な魔法陣……」
エリアーナの口から、その言葉が零れ落ちた。
この世界の魔法陣は、魔力を循環させ、増幅し、特定の現象へと収束させるためのものだ。その多くは複雑な幾何学模様と、古代言語のルーン文字で構成されている。それは一種のプログラミング言語のようなものだろう。
だが、エリアーナがこれから作ろうとしているものは、全く違う。
彼女は新しい羊皮紙を広げると、炭筆を手に取った。頭の中に、大学の実験で描いた基礎的な電子回路図が浮かび上がる。
まず、電源。雷溜石を、プラスとマイナスの記号で描く。
次に、導線。導魔銅のしなやかな線が、電源から伸びていく。
途中に、スイッチを設ける。二つの導魔銅の端子を、接触させたり離したりできる単純な機構だ。これで、エネルギーの流れをオンオフできる。
そして、最も重要な部分。エネルギーを何に変換するか。
エリアー-ナは、一番単純な「熱」への変換を考えた。梨花の記憶によれば、電気抵抗の大きな物質に電流を流すと、ジュール熱が発生する。ニクロム線を使った電熱器と同じ原理だ。
鉱物図鑑を再び開く。抵抗の大きそうな合金……あった。『黒鉄鋼』。魔力に対する抵抗値が高いと記されている。電気抵抗も高いはずだ。
エリアーナは、回路の先に、黒鉄鋼を細く引き延ばしたものをコイル状に巻いた図を描き加えた。
最後に、全体の配置を考える。それは、従来の魔法陣のように美しい円形や星形ではない。もっと無機質で、機能的な配置。エネルギーが最短距離で、最も効率よく流れるための設計。
描き上がったそれは、もはや魔法陣とは呼べなかった。
それは、純粋な科学技術の産物。
「魔道具」の設計図だった。
エリアーナは、自分が描いた設計図を食い入るように見つめた。
これがあれば、魔力ゼロの私でも、安定したエネルギーを自在に操れるようになる。スイッチ一つで、高熱を発生させられる。
それは、もはや護身術などというレベルではない。明確な「攻撃手段」となりうる力だ。
興奮で、指先がわずかに震える。
私は、この世界の誰も知らない方法で、力を手にしようとしている。神の奇跡でも、魂の力でもない。ただ、そこにある法則を理解し、組み立てるという、純粋な知の力で。
しかし、問題があった。
設計図は完成した。だが、肝心の材料が、この屋根裏部屋には一つもない。雷溜石も、導魔銅も、黒鉄鋼も。これらはすべて、市場に出なければ手に入らないものばかりだ。
エリアー-ナは立ち上がり、丸窓から外を見下ろした。
眼下には、屋敷の塀の向こうに広がる王都の街並みが見える。活気のある市場。様々な人々が行き交う通り。
あの場所に、私の武器になる材料が眠っている。
十六年間、この屋敷という鳥籠に閉じ込められてきた。外の世界は、恐ろしい場所だと教えられてきた。
だが、今の彼女に恐怖はなかった。
あるのは、未知の素材と自由への渇望だけだ。
「行かなければ」
エリアーナは固く決意した。
この設計図を、ただの紙切れで終わらせないために。
自分の力を、本物にするために。
彼女の視線は、すでに次のステップである「外の世界」を、はっきりと捉えていた。
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