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第38話 魔力制御ペンダント
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地熱発電所と温室の建設は、アイゼンヴァルト領の総力を挙げた一大プロジェクトとして着実に進行していた。現場は活気に満ち溢れ、領民たちの顔には厳しい冬の中でも未来への希望が輝いていた。
エリアーナは日中は現場監督として職人たちに指示を出し、夜は研究室に戻ってカイドのための魔力制御装置の開発を進めるという多忙な日々を送っていた。
二つの巨大プロジェクトを同時に進めるのは並大抵のことではなかった。しかしエリアーナは不思議と疲れを感じなかった。自分の知識が目に見える形で世界を変えていく。その手応えと喜びが、彼女にとって何よりの活力源となっていたのだ。
そして、ついにその日が来た。
温室の骨組みが完成し、地熱発電所のタービンが設置されたある雪の夜。
エリアーナはカイドを研究室へと招いた。机の上には一つの小さな箱が置かれている。
「カイド様。お待たせいたしました。あなたのための装置が完成しました」
エリアーナが静かに告げると、カイドは緊張した面持ちでごくりと喉を鳴らした。
エリアーナは箱を開け、中身をカイドの前に差し出した。
それは美しい銀細工のペンダントだった。
雪の結晶を象った繊細なフレームの中心に、涙の雫の形に磨き上げられた青白い氷涙石がはめ込まれている。それは武骨な魔道具というよりも、高貴な貴婦人が身につける宝飾品のようだった。
「……これが?」
カイドは意外そうな顔で尋ねた。彼が想像していたのは、もっと機械的で無骨な装置だったからだ。
「はい。これがあなたのための魔力制御装置です」
エリアーナはペンダントを手に取ると、その裏側をカイドに見せた。裏側には髪の毛のように細い導魔銅と、いくつかの小さな鉱石のかけらで構成された極めて精密な回路が刻み込まれていた。
「このペンダントは常にあなたの肌に触れ、体温と魔力の状態を監視します。そしてあなたの体内に過剰な熱エネルギーが蓄積されると、この氷涙石がペルチェ効果によってその熱を強制的に吸い上げます」
「吸い上げた熱はどこへ行くのだ?」
「ただ捨てるのではありません。『変換』するのです」
エリアーナは自信に満ちた声で言った。
「吸い上げた熱エネルギーは、この内部回路を通って氷涙石のもう一つの性質である『熱電変換効果』によって微弱な電気エネルギーへと変換されます。そしてその電気は、ペンダントの表面に塗布されたこの特殊な鉱物粒子……陽光石の粉末を発光させるのです」
「……光に、なると?」
「はい。あなたの暴走する熱エネルギーは、無害でそして美しい光となってこのペンダントから放出されます。これならばあなたの魔力が安定するだけでなく、溜め込まれたエネルギーを無駄にすることもありません」
それはエリアーナの知識と技術の、現時点での集大成だった。
カイドは言葉を失っていた。
自分の苦しみの根源である忌まわしい熱エネルギーが、美しい光に変わる。
その発想はあまりにも詩的で、そして優しさに満ちていた。彼女はただ自分の呪いを封じ込めるだけでなく、それを価値あるものへと昇華させようとしてくれている。
「……試してみてもいいだろうか」
カイドがかすれた声で言った。
「もちろんです。そのために作ったのですから」
エリアーナは微笑むと、カイドの背後に回りその首にそっとペンダントをかけた。
ひんやりとした金属の感触がカイドの胸に触れる。氷涙石が彼の肌の熱を静かに感じ取っているのが分かった。
最初は何も起こらなかった。
ペンダントはただの美しい装飾品として、彼の胸で静かに揺れているだけだ。
「……何も変わらないようだが」
カイドが少しだけ不安そうな声で言った。
「魔力を高めてみてください」
エリアーナが静かに促す。
カイドは頷くと目を閉じ、意識を集中させた。体内の魔力をゆっくりと練り上げていく。
いつもならばこの時点で、彼の周囲の空気は凍てつき、体内には灼熱が逆流し始めるはずだった。
しかし。
何も起こらない。
周囲の温度は変わらない。体内の灼熱も感じない。
代わりに胸にかけたペンダントが、じんわりと熱を帯びていくのを感じた。まるで彼の苦しみを吸い取ってくれているかのように。
カイドが驚きに目を見開いた。
そして、エリアーナが息を呑む。
カイドの胸で、ペンダントがふわりと柔らかな光を放ち始めたのだ。
最初は蛍の光のように儚い青白い光だった。だがカイドが魔力を高めていくにつれて、その光は次第に強さと輝きを増していく。
やがてペンダントはまるで小さな月のように、静かでしかし力強い光を放ち、研究室の薄闇を優しく照らし出した。
それはカイドの暴走する魔力が、美しい秩序ある光へと変換された奇跡の瞬間だった。
「……ああ」
カイドの口から感嘆とも嗚咽ともつかない深い息が漏れた。
彼は震える手で、自らの胸で輝くペンダントに触れた。
温かい。
ペンダントから放たれる光は不思議な温もりを帯びていた。
長年彼を苛んできたあの忌まわしい灼熱ではない。凍てつくような冷気でもない。
ただ穏やかで、優しい生命の温もり。
カイドはゆっくりと自分の右手を見つめた。
そして意を決したように、長年彼の指を覆っていた黒い革の手袋をゆっくりと外した。
現れたのは彫刻のように美しく、しかし血の気のない青白い指先だった。その指先からはもはや以前のような殺人的な冷気は放たれていない。
魔力が完全に彼の制御下に置かれていた。
エリアーナは日中は現場監督として職人たちに指示を出し、夜は研究室に戻ってカイドのための魔力制御装置の開発を進めるという多忙な日々を送っていた。
二つの巨大プロジェクトを同時に進めるのは並大抵のことではなかった。しかしエリアーナは不思議と疲れを感じなかった。自分の知識が目に見える形で世界を変えていく。その手応えと喜びが、彼女にとって何よりの活力源となっていたのだ。
そして、ついにその日が来た。
温室の骨組みが完成し、地熱発電所のタービンが設置されたある雪の夜。
エリアーナはカイドを研究室へと招いた。机の上には一つの小さな箱が置かれている。
「カイド様。お待たせいたしました。あなたのための装置が完成しました」
エリアーナが静かに告げると、カイドは緊張した面持ちでごくりと喉を鳴らした。
エリアーナは箱を開け、中身をカイドの前に差し出した。
それは美しい銀細工のペンダントだった。
雪の結晶を象った繊細なフレームの中心に、涙の雫の形に磨き上げられた青白い氷涙石がはめ込まれている。それは武骨な魔道具というよりも、高貴な貴婦人が身につける宝飾品のようだった。
「……これが?」
カイドは意外そうな顔で尋ねた。彼が想像していたのは、もっと機械的で無骨な装置だったからだ。
「はい。これがあなたのための魔力制御装置です」
エリアーナはペンダントを手に取ると、その裏側をカイドに見せた。裏側には髪の毛のように細い導魔銅と、いくつかの小さな鉱石のかけらで構成された極めて精密な回路が刻み込まれていた。
「このペンダントは常にあなたの肌に触れ、体温と魔力の状態を監視します。そしてあなたの体内に過剰な熱エネルギーが蓄積されると、この氷涙石がペルチェ効果によってその熱を強制的に吸い上げます」
「吸い上げた熱はどこへ行くのだ?」
「ただ捨てるのではありません。『変換』するのです」
エリアーナは自信に満ちた声で言った。
「吸い上げた熱エネルギーは、この内部回路を通って氷涙石のもう一つの性質である『熱電変換効果』によって微弱な電気エネルギーへと変換されます。そしてその電気は、ペンダントの表面に塗布されたこの特殊な鉱物粒子……陽光石の粉末を発光させるのです」
「……光に、なると?」
「はい。あなたの暴走する熱エネルギーは、無害でそして美しい光となってこのペンダントから放出されます。これならばあなたの魔力が安定するだけでなく、溜め込まれたエネルギーを無駄にすることもありません」
それはエリアーナの知識と技術の、現時点での集大成だった。
カイドは言葉を失っていた。
自分の苦しみの根源である忌まわしい熱エネルギーが、美しい光に変わる。
その発想はあまりにも詩的で、そして優しさに満ちていた。彼女はただ自分の呪いを封じ込めるだけでなく、それを価値あるものへと昇華させようとしてくれている。
「……試してみてもいいだろうか」
カイドがかすれた声で言った。
「もちろんです。そのために作ったのですから」
エリアーナは微笑むと、カイドの背後に回りその首にそっとペンダントをかけた。
ひんやりとした金属の感触がカイドの胸に触れる。氷涙石が彼の肌の熱を静かに感じ取っているのが分かった。
最初は何も起こらなかった。
ペンダントはただの美しい装飾品として、彼の胸で静かに揺れているだけだ。
「……何も変わらないようだが」
カイドが少しだけ不安そうな声で言った。
「魔力を高めてみてください」
エリアーナが静かに促す。
カイドは頷くと目を閉じ、意識を集中させた。体内の魔力をゆっくりと練り上げていく。
いつもならばこの時点で、彼の周囲の空気は凍てつき、体内には灼熱が逆流し始めるはずだった。
しかし。
何も起こらない。
周囲の温度は変わらない。体内の灼熱も感じない。
代わりに胸にかけたペンダントが、じんわりと熱を帯びていくのを感じた。まるで彼の苦しみを吸い取ってくれているかのように。
カイドが驚きに目を見開いた。
そして、エリアーナが息を呑む。
カイドの胸で、ペンダントがふわりと柔らかな光を放ち始めたのだ。
最初は蛍の光のように儚い青白い光だった。だがカイドが魔力を高めていくにつれて、その光は次第に強さと輝きを増していく。
やがてペンダントはまるで小さな月のように、静かでしかし力強い光を放ち、研究室の薄闇を優しく照らし出した。
それはカイドの暴走する魔力が、美しい秩序ある光へと変換された奇跡の瞬間だった。
「……ああ」
カイドの口から感嘆とも嗚咽ともつかない深い息が漏れた。
彼は震える手で、自らの胸で輝くペンダントに触れた。
温かい。
ペンダントから放たれる光は不思議な温もりを帯びていた。
長年彼を苛んできたあの忌まわしい灼熱ではない。凍てつくような冷気でもない。
ただ穏やかで、優しい生命の温もり。
カイドはゆっくりと自分の右手を見つめた。
そして意を決したように、長年彼の指を覆っていた黒い革の手袋をゆっくりと外した。
現れたのは彫刻のように美しく、しかし血の気のない青白い指先だった。その指先からはもはや以前のような殺人的な冷気は放たれていない。
魔力が完全に彼の制御下に置かれていた。
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