出来損ないと虐げられた公爵令嬢、前世の記憶で古代魔法を再現し最強になる~私を捨てた国が助けを求めてきても、もう隣で守ってくれる人がいますので

夏見ナイ

文字の大きさ
36 / 97

第39話 氷が溶ける時

しおりを挟む
カイドは自分の素手を見つめていた。まるで初めて見るもののように。
長年彼を世界から隔絶してきた呪いの象徴。触れるもの全てを凍てつかせ、誰かの温もりを求めることさえ許さなかった忌むべき手。
しかし、今、その手から放たれる冷気は完全に霧散していた。胸で輝くペンダントが、彼の暴走する魔力を美しい光の秩序へと変えている。
彼は恐る恐る、といった様子で、その手を目の前のテーブルに伸ばした。
指先が硬い木の表面に触れる。
いつもなら触れた場所は瞬時に白く霜化粧され、ぱきりと音を立てて凍りつくはずだった。
しかし、何も起こらない。
ただ木の持つかすかな温もりが、彼の指先に伝わってくるだけだった。
「……嘘だ」
カイドの唇から、信じられないといった響きの言葉が漏れた。
彼は何度もテーブルに触れた。机の上の羊皮紙に。インク瓶に。そして窓の冷たいガラスに。
何一つ凍りつくことはなかった。
長年彼を縛り付けてきた氷の呪いは、確かに解かれていた。
エリアーナは、その光景を息を詰めて見守っていた。
自分の知識が、自分の作ったものが、今、一人の人間の運命を根底から変えようとしている。その事実が彼女の胸を熱くした。
カイドはゆっくりとエリアーナの方へと向き直った。
その深い青色の瞳が潤んでいるように見えたのは、ペンダントの光のせいだけではなかっただろう。
彼はエリアーナに向かって、一歩、また一歩と近づいてくる。
そして彼女の目の前で立ち止まると、震える右手をゆっくりとエリアーナの頬に向かって伸ばした。
エリアーナは身動き一つしなかった。
彼が何をしようとしているのか分かっていたから。
そしてカイドの指先が、エリアーナの柔らかな頬にそっと触れた。
ひやり、とするかと思った。
だが、違った。
彼の指先から伝わってきたのは冷たさではなく、確かな人間の温もりだった。
それはエリアーナがこれまでの人生で、誰からも与えられたことのない、優しくて少しだけ不器用な温かさだった。
カイドの体が微かに震えていた。
何十年ぶりだろうか。こうして素手で誰かの肌の温もりに触れるのは。
それは彼がとうの昔に諦めていた、ごく当たり前の、しかし何よりも尊い奇跡だった。
「……温かい」
カイドの声は涙でかすれていた。
「君は、温かいのだな。エリアーナ」
その言葉がエリアーナの心の琴線に触れた。
気づけば彼女の瞳からも、一筋の涙が流れ落ちていた。
次の瞬間、カイドは感極まったようにエリアーナの体を強く抱きしめていた。
「っ……!」
エリアーナの小さな体が彼の逞しい胸の中にすっぽりと収まる。彼の腕から伝わる力強さと胸の鼓動、そして彼の体温。その全てがエリアーナを優しく包み込んだ。
「ありがとう……」
カイドはエリアーナの肩に顔を埋め、何度も、何度もそう繰り返した。
「ありがとう、エリアーナ。君が私の凍てついた世界を溶かしてくれた……」
その声はもはや『氷の悪魔』のものではなかった。
長すぎる孤独と絶望からようやく解放された、一人の青年の魂の叫びだった。
エリアーナもまた彼の背中にそっと腕を回した。
そして背中を優しく、ゆっくりと撫でる。
大丈夫ですよ。
もうあなたは一人ではない。
言葉にはしなかったが、その思いは確かな温もりとなって彼に伝わっているはずだった。
二人はどちらからともなく体を離した。
その顔には先ほどまでの涙の跡はあったが、今は穏やかで晴れやかな微笑みが浮かんでいた。
カイドの胸で魔力制御ペンダントが、変わらず優しい光を放ち続けている。それはまるで二人の未来を祝福する希望の灯火のようだった。
長い、長い冬が終わった。
氷が溶ける時。それは二つの孤独な魂が、初めて本当の意味で触れ合った奇跡の瞬間だった。
この日を境に、カイド・フォン・アイゼンヴァルトが『氷の悪魔』と呼ばれることは二度となかった。
彼が振るう力はもはや無差別に全てを凍てつかせる呪いの力ではない。
彼が守りたいものを的確に守るための、制御された高貴な力へと生まれ変わったのだから。
そしてその奇跡を起こした少女の名は、やがて辺境の地から、静かな、しかし確かな伝説となって広まっていくことになる。
冬に光をもたらした聖女として。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

魔力ゼロだからと婚約破棄された公爵令嬢、前世の知識で『魔法の公式』を解明してしまいました。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
公爵令嬢のリディアは、生まれつき魔力を持たない『無能』として、家族からも婚約者である第一王子からも虐げられる日々を送っていた。 ある日、絶大な魔力を持つ『聖女』が現れたことで、王子はリディアに婚約破棄を突きつけ、彼女を国外追放処分にする。 失意のどん底で、リディアは自分が理系研究者だった前世の記憶を思い出す。そして、この世界の『魔法』と呼ばれている現象が、前世の化学や物理の法則で説明できることに気づいてしまう。 追放先の辺境の地で、彼女は魔力ではなく『知識』を使い、生活を豊かにする画期的な道具を次々と開発。その技術は『失われた古代魔法』と噂になり、いつしか人々から本物の聖女よりも崇められる存在になっていく。 一方、リディアを追放した王国は、彼女が陰で支えていた魔法インフラが次々と崩壊し、衰退の一途を辿っていた。

悪役令嬢は最強パパで武装する

リラ
ファンタジー
 魔術師の国で生まれた10歳のルクレツィア・クラウベルクは『魔力なし—ノーマン』と呼ばれる公爵令嬢だった。  魔法の使えない者を差別する風習のある国で、偉大な魔術師を父に持つ彼女は周りから嘲り笑われる日々を過ごしていた。  しかし、とある一人の竜との出会いで、彼女の運命は変わる——。  父親に嫌われたくないと泣いていた彼女の背中を押してくれた秘密の友人である竜人ヴィレンに勇気をもらい、父に全力で体当たりしてみたルクレツィアだったが…。  すれ違いから始まる父と娘の物語。  娘を泣かせた者たちは、パパが全部やっつけちゃいます!  チートはないけれど、チート級な最強パパはいる少女が主人公のお話です。 ※他サイトにて投稿・完結済みの作品ですが、加筆修正・エピソード追加を行いながら投稿していく予定です。 ※本格的な加筆修正は→【第五話】より以降 ※エピソード追加は→【第六話】より以降

孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下

akechi
ファンタジー
ルル8歳 赤子の時にはもう孤児院にいた。 孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。 それに貴方…国王陛下ですよね? *コメディ寄りです。 不定期更新です!

領主にならないとダメかなぁ。冒険者が良いんです本当は。

さっちさん
ファンタジー
アズベリー領のミーナはとある事情により両親と旅をしてきた。 しかし、事故で両親を亡くし、実は領主だった両親の意志を幼いながらに受け継ぐため、一人旅を続ける事に。 7歳になると同時に叔父様を通して王都を拠点に領地の事ととある事情の為に学園に通い、知識と情報を得る様に言われた。 ミーナも仕方なく、王都に向かい、コレからの事を叔父と話をしようと動き出したところから始まります。 ★作品を読んでくださった方ありがとうございます。不定期投稿とはなりますが一生懸命進めていく予定です。 皆様応援よろしくお願いします

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結 新作 【あやかしたちのとまり木の日常】 連載開始しました。

処理中です...