出来損ないと虐げられた公爵令嬢、前世の記憶で古代魔法を再現し最強になる~私を捨てた国が助けを求めてきても、もう隣で守ってくれる人がいますので

夏見ナイ

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第54話 兄との再会、小さな雷鳴

王妃の病巣発見という衝撃的なニュースは、瞬く間に王城内を駆け巡った。
国王エーベルト三世は報告を聞くとすぐにエリアーナを召し出し、彼女の目の前で宮廷医師団に治療の許可を下した。その目にはもはや疑念の色はなく、娘の命を救ってくれるかもしれない少女への深い信頼と期待が宿っていた。
保守派の重鎮たちはこの事態を苦々しい思いで見ていたが、国王直々の命令とあっては表立って反対することもできない。彼らはエリアーナの治療が失敗することを、心のどこかで願っていた。
治療に必要なソニック・ハンマーは、アイゼンヴァルトから急遽取り寄せられることになった。到着には数日かかる。
その間、エリアーナはある目的のために一度だけあの家に戻る必要があった。
ヴァインベルク公爵邸。
屋根裏部屋に隠してきた研究ノートといくつかの実験道具を回収するためだ。それらは彼女の知識の源泉であり、誰にも渡すわけにはいかない大切な宝物だった。
カイドは当然のように「私も行こう」と言ったが、エリアーナは静かに首を横に振った。
「いいえ。これは私一人で終わらせなければならないことです。過去との決着ですから」
その強い意志を汲み取り、カイドは渋々ながらも了承した。ただし、何かあればすぐに駆けつけられるよう屋敷の外で待機するという条件付きで。
エリアーナはアイゼンヴァルトの従者を一人だけ連れ、簡素な馬車で数ヶ月ぶりにあの灰色の屋敷の門をくぐった。
出迎えた執事やメイドたちの態度は、以前とは全く違っていた。彼らはエリアーナを『出来損ない』としてではなく、『辺境伯閣下のご婚約者様』として恐れとわずかな好奇の目を向けながら、深々と頭を下げた。
「……父と母は」
エリアーナが尋ねると、執事は恐縮した様子で答えた。
「旦那様と奥様は、急な客人が来られたとのことであいにく留守にされておりまして……」
嘘だろう。自分と顔を合わせたくないための見え透いた言い訳だ。エリアーナは何も言わずに頷くと、まっすぐにあの屋根裏部屋へと続く階段へと向かった。
軋む階段を上り、懐かしい、しかし今はもう何の感慨も湧かないあの部屋の扉を開ける。
部屋の中は彼女が出て行った時のまま、時が止まっていた。ガラクタの山もひび割れた姿見もそのまま残っている。
エリアーナは床板の下に隠していた研究ノートと、ガラクタの山に紛れ込ませていた実験道具を、手際よく革袋に詰めていった。
これで用事は済んだ。
過去はここに全て置いていこう。
エリアーナが部屋を出て、階段を下りようとした、その時だった。
「……おい」
聞き慣れた不快な声が下から響いた。
階段の下には兄のレオナルドが腕を組んで立っていた。その顔には人の不幸を喜ぶ時のような、歪んだ笑みが浮かんでいる。
「随分と出世したそうじゃないか、出来損ない。辺境伯を誑かし、今度は王妃様まで手玉に取ったと聞いたぞ。一体どんな汚い手を使ったんだ?」
その言葉には嫉妬と侮蔑が毒のように滲んでいた。
エリアーナは何も答えなかった。もはやこの男と交わす言葉など一つもない。彼女はレオナルドの脇をすり抜け、黙って通り過ぎようとした。
その無関心な態度がレオナルドのプライドを激しく刺激した。
「無視するな!」
レオナルドはエリアーナの腕を乱暴に掴んだ。
「調子に乗るのも大概にしろよ。お前のようなゴミが、俺を見下すな!」
その瞬間、エリアーナの脳裏にあの日の光景がフラッシュバックした。
この男に階段から突き落とされた、あの絶望の瞬間。
だが、もうあの時とは違う。
「……この手を離してください、お兄様」
エリアーナの氷のように冷たい声が響いた。
「はっ! まだ口答えするか! いいだろう、もう一度あの時のように、ここから突き落としてやる! 今度こそ、息の根を止めて――」
レオナルドがエリアーナの体を突き飛ばそうと力を込めた、その時。
エリアーナは掴まれていない方の手で、懐から素早くある小さな装置を取り出した。
それは彼女が護身用に開発していた、手のひらサイズの魔道具だった。ライデン瓶の原理を応用し、静電気を極限まで溜め込むことができる小型のスタンガン。
エリアーナはためらうことなく、その先端をレオナルドの腕に押し当てた。
バチッ!!
小さな、しかし鋭い放電音と共に青白い火花が散った。
「ぐぎゃあああっ!!」
レオナルドは獣のような悲鳴を上げた。
強力な電流が彼の体を駆け巡り、全身の筋肉が彼の意志とは無関係に痙攣する。彼は白目を剥き、口から泡を吹くと、まるで糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
ぴくぴくと手足が痙攣している。気絶はしていないようだが、しばらくは動けないだろう。
エリアー-ナは崩れ落ちた兄を、冷たい瞳で静かに見下ろした。
そして、ゆっくりと、しかしはっきりと言い放った。
「言ったはずです。もう私に指一本触れられると、思わないでください、と」
その声にはかつての怯えなど微塵もなかった。
あるのは自らの力を信じ、自らの尊厳を自らの手で守り抜くと決めた人間の、揺ぎない覚悟だけだった。
エリアーナは痙攣する兄を一瞥すると、もう興味を失ったかのようにその脇を通り過ぎていった。
階段を下りると、物音を聞きつけた執事やメイドたちが何事かと集まってきていた。
エリアーナは彼らに何事もなかったかのように、静かに告げた。
「お兄様が少し気分を悪くされたようです。お部屋まで運んで差し上げてください」
そのあまりにも落ち着き払った態度に、誰もが何も言うことができなかった。
ただ畏怖の念を込めて彼女のために道を譲るだけだった。
エリアー-ナは二度と振り返ることなく、ヴァインベルクの屋敷を後にした。
屋敷の門をくぐり、カイドが待つ馬車へと乗り込む。
過去との決着はついた。
もう誰にも、自分の尊厳を傷つけさせはしない。
エリアーナの心の中では、小さな、しかし確かな雷鳴が新しい時代の到来を高らかに告げていた。
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