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第28話 工房の常連
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あの日を境に、俺の工房の日常は、少しだけ色鮮やかになった。
聖女リリアは、本当に「また来た」のだ。それも、一度や二度ではない。週に一度、時には三日に一度くらいの頻度で、彼女は決まって午後の穏やかな時間帯に、あの濃紺のローブを纏って工房を訪れるようになった。
「アルトさん、こんにちは。今日は町で美味しいリンゴが手に入ったので、一緒にいかがですか?」
「今日は少し肌寒いですね。温かいハーブティーでも淹れましょうか」
最初の頃こそ王都からの高級な手土産を持ってきた彼女だったが、すぐにエルフリーデンの市場で買った果物や、パン屋のベッカーさんからおまけしてもらったというパンを携えて、もっとずっと気軽にやってくるようになった。
護衛の侍女や騎士たちも、最初は渋い顔をしていたが、リリアの固い意志と、俺の工房が本当にただの安全な鍛冶屋だとわかると、諦めたように「リリア様がそうおっしゃるなら……」と、少し離れた場所で待機するようになった。
彼女は工房に来ると、まず聖女の豪華な装束から、俺が用意した動きやすい簡素なワンピースに着替えるのがお決まりになった。
「その服では、鉄粉や煤で汚れてしまいますから」
俺がそう言って貸したのがきっかけだったが、彼女自身、そのほうがずっと楽だと言って、すっかり気に入ってくれたようだった。
普通の町娘の姿になったリリアは、いつも俺の仕事を手伝おうとしてくれた。
「ふいごくらい、わたくしにもできます!」
そう言って意気揚々とふいごの取っ手を握るのだが、力加減がわからずに炉の火を煽りすぎてしまったり、逆に弱すぎて消しかけてしまったり。
「あ、ご、ごめんなさい……!」
真っ赤になって謝る彼女の姿は、聖女の威厳など欠片もなく、微笑ましくてつい笑ってしまう。
結局、彼女は工房の隅にあるお気に入りの椅子に座り、俺が淹れたお茶を飲みながら、俺が金床に向かう姿を静かに眺めていることが多くなった。
カン、カン、と響く槌の音。飛び散る火花。汗を流して鉄と向き合う俺の姿を、彼女は飽きることなく、優しい眼差しで見つめている。
「見ていて、飽きないのです」
ある時、彼女はそう言った。
「あなたが鉄を打つ音は、まるで心臓の鼓動のようです。一つのものが、あなたの手によって、魂を吹き込まれて、新しく生まれてくる。その瞬間を見ていると、わたくしの心まで、洗われるような気持ちになるんです」
彼女がいる。ただそれだけで、工房の空気が柔らかくなる。
俺も、いつしか彼女の来訪を心待ちにするようになっていた。リリアが来る日は、朝から工房の掃除にいつもより少しだけ力が入るし、彼女が好きだと言ってくれたクッキーを、時間を見つけては焼いておくようになった。
聖女と、追放された元冒険者。
傍から見れば、あまりにも不釣り合いな関係だろう。だが、この工房の中では、俺たちはただのアルトとリリアだった。互いの素性を気にすることなく、穏やかな時間を共有できる、大切な友人。
その日も、リリアは夕暮れ時まで工房で過ごし、名残惜しそうに帰っていった。
「また来ますね、アルトさん」
「ええ、待ってますよ、リリア」
すっかりお決まりになった挨拶を交わし、彼女の姿が見えなくなるまで見送る。
一人になった工房で、俺はふと、最近依頼で使う薬草のストックが少なくなっていることを思い出した。
「そろそろ、新しい薬草を採りに行かないとな。今度は、森のもう少し奥まで足を延ばしてみるか」
そんな独り言を呟きながら、俺は明日の準備を始める。
リリアとの出会いがもたらしてくれた、この温かく満たされた日常。
この穏やかな日々が、これからもずっと続いていく。
この時の俺は、何の疑いもなく、そう信じていた。
聖女リリアは、本当に「また来た」のだ。それも、一度や二度ではない。週に一度、時には三日に一度くらいの頻度で、彼女は決まって午後の穏やかな時間帯に、あの濃紺のローブを纏って工房を訪れるようになった。
「アルトさん、こんにちは。今日は町で美味しいリンゴが手に入ったので、一緒にいかがですか?」
「今日は少し肌寒いですね。温かいハーブティーでも淹れましょうか」
最初の頃こそ王都からの高級な手土産を持ってきた彼女だったが、すぐにエルフリーデンの市場で買った果物や、パン屋のベッカーさんからおまけしてもらったというパンを携えて、もっとずっと気軽にやってくるようになった。
護衛の侍女や騎士たちも、最初は渋い顔をしていたが、リリアの固い意志と、俺の工房が本当にただの安全な鍛冶屋だとわかると、諦めたように「リリア様がそうおっしゃるなら……」と、少し離れた場所で待機するようになった。
彼女は工房に来ると、まず聖女の豪華な装束から、俺が用意した動きやすい簡素なワンピースに着替えるのがお決まりになった。
「その服では、鉄粉や煤で汚れてしまいますから」
俺がそう言って貸したのがきっかけだったが、彼女自身、そのほうがずっと楽だと言って、すっかり気に入ってくれたようだった。
普通の町娘の姿になったリリアは、いつも俺の仕事を手伝おうとしてくれた。
「ふいごくらい、わたくしにもできます!」
そう言って意気揚々とふいごの取っ手を握るのだが、力加減がわからずに炉の火を煽りすぎてしまったり、逆に弱すぎて消しかけてしまったり。
「あ、ご、ごめんなさい……!」
真っ赤になって謝る彼女の姿は、聖女の威厳など欠片もなく、微笑ましくてつい笑ってしまう。
結局、彼女は工房の隅にあるお気に入りの椅子に座り、俺が淹れたお茶を飲みながら、俺が金床に向かう姿を静かに眺めていることが多くなった。
カン、カン、と響く槌の音。飛び散る火花。汗を流して鉄と向き合う俺の姿を、彼女は飽きることなく、優しい眼差しで見つめている。
「見ていて、飽きないのです」
ある時、彼女はそう言った。
「あなたが鉄を打つ音は、まるで心臓の鼓動のようです。一つのものが、あなたの手によって、魂を吹き込まれて、新しく生まれてくる。その瞬間を見ていると、わたくしの心まで、洗われるような気持ちになるんです」
彼女がいる。ただそれだけで、工房の空気が柔らかくなる。
俺も、いつしか彼女の来訪を心待ちにするようになっていた。リリアが来る日は、朝から工房の掃除にいつもより少しだけ力が入るし、彼女が好きだと言ってくれたクッキーを、時間を見つけては焼いておくようになった。
聖女と、追放された元冒険者。
傍から見れば、あまりにも不釣り合いな関係だろう。だが、この工房の中では、俺たちはただのアルトとリリアだった。互いの素性を気にすることなく、穏やかな時間を共有できる、大切な友人。
その日も、リリアは夕暮れ時まで工房で過ごし、名残惜しそうに帰っていった。
「また来ますね、アルトさん」
「ええ、待ってますよ、リリア」
すっかりお決まりになった挨拶を交わし、彼女の姿が見えなくなるまで見送る。
一人になった工房で、俺はふと、最近依頼で使う薬草のストックが少なくなっていることを思い出した。
「そろそろ、新しい薬草を採りに行かないとな。今度は、森のもう少し奥まで足を延ばしてみるか」
そんな独り言を呟きながら、俺は明日の準備を始める。
リリアとの出会いがもたらしてくれた、この温かく満たされた日常。
この穏やかな日々が、これからもずっと続いていく。
この時の俺は、何の疑いもなく、そう信じていた。
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