50 / 79
第50話 かけがえのない日常
しおりを挟む
夕暮れの光が、工房をオレンジ色に染めていた。
俺は、先日三人で買い出しに行った食材を眺めながら、今夜の献立を考える。新鮮な野菜に、上質な肉。これだけあれば、少し豪華なシチューが作れそうだ。
「アルト、今夜は何を作るのだ?」
俺の考えを読んだかのように、イグナがソファから顔を上げた。その目は、期待に満ちてキラキラと輝いている。
「腕によりをかけて、特製のビーフシチューを作るよ」
俺がそう答えると、リリアも本から顔を上げ、嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、素敵ですわ! あの、もしよろしければ、わたくしたちにも何か手伝わせていただけませんか?」
その言葉に、俺は少し前の大掃除事件を思い出し、一瞬身構えた。
だが、二人の表情は真剣そのものだ。「今度こそ、アルトさんの役に立ちたい」という純粋な想いが、ひしひしと伝わってくる。
「……わかった。じゃあ、リリアは野菜を洗って、皮をむいてくれるか? イグナは、鍋の火の番を頼む。絶対に、強火にしすぎるなよ」
俺がそう言うと、二人は「はい!」「うむ!」と、これまでで一番いい返事をして、それぞれの持ち場へと向かった。
リリアは、丁寧に、一つ一つの野菜を水で洗っていく。時折、彼女の指先から聖なる光がこぼれ、泥がひとりでに落ちていく。その光景は、もはや家事というより神聖な儀式のようだった。
「どうですの、アルトさん。完璧に清浄になりましたわ」
彼女が差し出したジャガイモは、土一つついていないどころか、内側から輝いているようにさえ見える。少しやりすぎな気もしたが、まあいいだろう。
一方、イグナは鍋の下で燃える炉の火を、腕を組んで真剣な顔つきで見つめている。
「アルト、火が少し弱いぞ」
彼女がふっ、と小さく息を吐きかけると、弱まりかけていた炎が、まるで意志を持ったかのように勢いを取り戻し、鍋底を均一に温める最適な火力になった。竜の息吹による、究極の火力調整。こんな芸当ができるのは、世界広しといえど彼女だけだろう。
聖女が洗い、竜王が火を熾し、元Sランクパーティの雑用係が鍋をかき混ぜる。
なんとも奇妙な光景だったが、三人の連携は完璧だった。
やがて、工房の中は、肉と野菜がじっくり煮込まれた、食欲をそそる匂いで満たされていった。
その夜の食卓は、いつも以上に賑やかだった。
自分たちで協力して作ったシチューは格別の味で、三人とも何度もおかわりをした。
「この人参、わたくしが皮をむきましたのよ」
「ふん、この肉の柔らかさは、我が完璧な火加減のおかげだな」
「はいはい、二人ともよくできました」
他愛ない会話をしながら、熱々のシチューを頬張る。
笑い声が、温かい湯気と共に工房の中に満ちていく。
追放され、全てを失ったあの日。王都の冷たい雨の中で、こんな温かい食卓を囲む日が来るなんて、想像もできなかった。
食事が終わり、後片付けをする俺の背後で、リリアとイグナがソファに座って今日の出来事を楽しそうに話している。
その声を聞きながら、俺は洗い物を終えた濡れた手を、そっと見つめた。
この手は、もうポーションや矢尻を、誰かに蔑まれるために作る手じゃない。
大切な仲間たちのために、温かい食事を作り、彼女たちの笑顔を守るための道具を作る手だ。
リリアが、聖女の立場を忘れて、ただの少女として笑える場所。
イグナが、永い孤独の戦いを終えて、安心して眠れる場所。
ここが、俺の工房が、彼女たちにとっての「居場所」になっている。
そして、二人がいるこの場所こそが、俺がようやく見つけた、本当の「居場所」なのだ。
「アルトさーん、デザートにクッキーはありませんかー?」
「アルト、我も所望するぞ!」
振り返ると、ソファの上で二人が、同じような顔をして俺を呼んでいた。
俺は思わず吹き出しそうになりながら、戸棚に隠しておいたクッキーの缶を手に取る。
このかけがえのない日常。
失いたくない、宝物のような時間。
これからも、この温かい光景を守っていこう。
俺は心の中で静かに誓いながら、愛しい同居人たちの元へと、歩みを進めた。
俺は、先日三人で買い出しに行った食材を眺めながら、今夜の献立を考える。新鮮な野菜に、上質な肉。これだけあれば、少し豪華なシチューが作れそうだ。
「アルト、今夜は何を作るのだ?」
俺の考えを読んだかのように、イグナがソファから顔を上げた。その目は、期待に満ちてキラキラと輝いている。
「腕によりをかけて、特製のビーフシチューを作るよ」
俺がそう答えると、リリアも本から顔を上げ、嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、素敵ですわ! あの、もしよろしければ、わたくしたちにも何か手伝わせていただけませんか?」
その言葉に、俺は少し前の大掃除事件を思い出し、一瞬身構えた。
だが、二人の表情は真剣そのものだ。「今度こそ、アルトさんの役に立ちたい」という純粋な想いが、ひしひしと伝わってくる。
「……わかった。じゃあ、リリアは野菜を洗って、皮をむいてくれるか? イグナは、鍋の火の番を頼む。絶対に、強火にしすぎるなよ」
俺がそう言うと、二人は「はい!」「うむ!」と、これまでで一番いい返事をして、それぞれの持ち場へと向かった。
リリアは、丁寧に、一つ一つの野菜を水で洗っていく。時折、彼女の指先から聖なる光がこぼれ、泥がひとりでに落ちていく。その光景は、もはや家事というより神聖な儀式のようだった。
「どうですの、アルトさん。完璧に清浄になりましたわ」
彼女が差し出したジャガイモは、土一つついていないどころか、内側から輝いているようにさえ見える。少しやりすぎな気もしたが、まあいいだろう。
一方、イグナは鍋の下で燃える炉の火を、腕を組んで真剣な顔つきで見つめている。
「アルト、火が少し弱いぞ」
彼女がふっ、と小さく息を吐きかけると、弱まりかけていた炎が、まるで意志を持ったかのように勢いを取り戻し、鍋底を均一に温める最適な火力になった。竜の息吹による、究極の火力調整。こんな芸当ができるのは、世界広しといえど彼女だけだろう。
聖女が洗い、竜王が火を熾し、元Sランクパーティの雑用係が鍋をかき混ぜる。
なんとも奇妙な光景だったが、三人の連携は完璧だった。
やがて、工房の中は、肉と野菜がじっくり煮込まれた、食欲をそそる匂いで満たされていった。
その夜の食卓は、いつも以上に賑やかだった。
自分たちで協力して作ったシチューは格別の味で、三人とも何度もおかわりをした。
「この人参、わたくしが皮をむきましたのよ」
「ふん、この肉の柔らかさは、我が完璧な火加減のおかげだな」
「はいはい、二人ともよくできました」
他愛ない会話をしながら、熱々のシチューを頬張る。
笑い声が、温かい湯気と共に工房の中に満ちていく。
追放され、全てを失ったあの日。王都の冷たい雨の中で、こんな温かい食卓を囲む日が来るなんて、想像もできなかった。
食事が終わり、後片付けをする俺の背後で、リリアとイグナがソファに座って今日の出来事を楽しそうに話している。
その声を聞きながら、俺は洗い物を終えた濡れた手を、そっと見つめた。
この手は、もうポーションや矢尻を、誰かに蔑まれるために作る手じゃない。
大切な仲間たちのために、温かい食事を作り、彼女たちの笑顔を守るための道具を作る手だ。
リリアが、聖女の立場を忘れて、ただの少女として笑える場所。
イグナが、永い孤独の戦いを終えて、安心して眠れる場所。
ここが、俺の工房が、彼女たちにとっての「居場所」になっている。
そして、二人がいるこの場所こそが、俺がようやく見つけた、本当の「居場所」なのだ。
「アルトさーん、デザートにクッキーはありませんかー?」
「アルト、我も所望するぞ!」
振り返ると、ソファの上で二人が、同じような顔をして俺を呼んでいた。
俺は思わず吹き出しそうになりながら、戸棚に隠しておいたクッキーの缶を手に取る。
このかけがえのない日常。
失いたくない、宝物のような時間。
これからも、この温かい光景を守っていこう。
俺は心の中で静かに誓いながら、愛しい同居人たちの元へと、歩みを進めた。
57
あなたにおすすめの小説
『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!
たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。
新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。
※※※※※
1億年の試練。
そして、神をもしのぐ力。
それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。
すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。
だが、もはや生きることに飽きていた。
『違う選択肢もあるぞ?』
創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、
その“策略”にまんまと引っかかる。
――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。
確かに神は嘘をついていない。
けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!!
そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、
神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。
記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。
それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。
だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。
くどいようだが、俺の望みはスローライフ。
……のはずだったのに。
呪いのような“女難の相”が炸裂し、
気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。
どうしてこうなった!?
勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました
まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。
その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。
理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。
……笑えない。
人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。
だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!?
気づけば――
記憶喪失の魔王の娘
迫害された獣人一家
古代魔法を使うエルフの美少女
天然ドジな女神
理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ
などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕!
ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに……
魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。
「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」
これは、追放された“地味なおっさん”が、
異種族たちとスローライフしながら、
世界を救ってしまう(予定)のお話である。
《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。
無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。
やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。
スキル【土いじり】でパーティを追放された俺、開墾した畑からダンジョンが生えてきた。
夏見ナイ
ファンタジー
「役立たず」の烙印を押され、パーティを追放されたアルフォンス。彼のスキルは戦闘に不向きな【土いじり】。失意の彼は都会を離れ、辺境の地で静かに農業を営むことを決意する。
しかし、彼が畑を耕すと、そこから不思議なダンジョンが生えてきた!
ダンジョン内では、高級ポーションになる薬草や伝説の金属『オリハルコン』が野菜のように収穫できる。地味だと思われた【土いじり】は、実はこの『農園ダンジョン』を育てる唯一無二のチートスキルだったのだ。
噂を聞きつけ集まる仲間たち。エルフの美少女、ドワーフの天才鍛冶師……。気づけば彼の農園は豊かな村へ、そして難攻不落の要塞国家へと発展していく。
一方、彼を追放したパーティは没落の一途を辿り……。
これは、追放された男が最強の生産職として仲間と共に理想郷を築き上げる、農業スローライフ&建国ファンタジー!
【鑑定不能】と捨てられた俺、実は《概念創造》スキルで万物創成!辺境で最強領主に成り上がる。
夏見ナイ
ファンタジー
伯爵家の三男リアムは【鑑定不能】スキル故に「無能」と追放され、辺境に捨てられた。だが、彼が覚醒させたのは神すら解析不能なユニークスキル《概念創造》! 認識した「概念」を現実に創造できる規格外の力で、リアムは快適な拠点、豊かな食料、忠実なゴーレムを生み出す。傷ついたエルフの少女ルナを救い、彼女と共に未開の地を開拓。やがて獣人ミリア、元貴族令嬢セレスなど訳ありの仲間が集い、小さな村は驚異的に発展していく。一方、リアムを捨てた王国や実家は衰退し、彼の力を奪おうと画策するが…? 無能と蔑まれた少年が最強スキルで理想郷を築き、自分を陥れた者たちに鉄槌を下す、爽快成り上がりファンタジー!
追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい
夏見ナイ
ファンタジー
「お荷物」――それが、Sランク勇者パーティーで雑用係をするリアムへの評価だった。戦闘能力ゼロの彼は、ある日ついに追放を宣告される。
しかし、パーティーの誰も知らなかった。彼らの持つ強力なスキルには、使用者を蝕む”代償”が存在したことを。そして、リアムの持つ唯一のスキル【代償転嫁】が、その全てを人知れず引き受けていたことを。
リアムを失い、スキルの副作用に蝕まれ崩壊していく元仲間たち。
一方、辺境で「呪われた聖女」を救ったリアムは自らの力の真価を知る。魔剣に苦しむエルフ、竜の血に怯える少女――彼は行く先々で訳ありの美少女たちを救い、彼女たちと安住の地を築いていく。
これは、心優しき”お荷物”が最強の仲間と居場所を見つけ、やがて伝説となる物語。
Sランクパーティーを追放された鑑定士の俺、実は『神の眼』を持ってました〜最神神獣と最強になったので、今さら戻ってこいと言われてももう遅い〜
夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティーで地味な【鑑定】スキルを使い、仲間を支えてきたカイン。しかしある日、リーダーの勇者から「お前はもういらない」と理不尽に追放されてしまう。
絶望の淵で流れ着いた辺境の街。そこで偶然発見した古代ダンジョンが、彼の運命を変える。絶体絶命の危機に陥ったその時、彼のスキルは万物を見通す【神の眼】へと覚醒。さらに、ダンジョンの奥で伝説のもふもふ神獣「フェン」と出会い、最強の相棒を得る。
一方、カインを失った元パーティーは鑑定ミスを連発し、崩壊の一途を辿っていた。「今さら戻ってこい」と懇願されても、もう遅い。
無能と蔑まれた鑑定士の、痛快な成り上がり冒険譚が今、始まる!
レベル1の死に戻り英雄譚 ~追放された俺の【やりなおし】スキルは、死ぬほど強くなる~
夏見ナイ
ファンタジー
スキル『やりなおし』のせいでレベル1から上がらないカイルは、勇者パーティから「寄生虫」と蔑まれ追放される。全てを失い、絶望の中で命を落とした彼だったが、その瞬間スキルの真価が発動した。それは【死ぬたびにステータスを引き継いで無限に強くなる】という最強の能力だった!
死の痛みを代償に、彼はあえて死を繰り返すことで人外の力を手に入れていく。やがて新たな仲間と出会い、その強さは世界に轟き始める。
一方、カイルを捨てた元パーティは凋落の一途を辿っていた。今さら戻ってこいと泣きついても、もう遅い!
レベル1のまま最強へと成り上がる、痛快無双の追放ざまぁファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる