【状態異常無効】の俺、呪われた秘境に捨てられたけど、毒沼はただの温泉だし、呪いの果実は極上の美味でした

夏見ナイ

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第8話 黒鉄のベッドと永眠の綿

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暖炉の火が消えかけた室内は、夜明け前の静寂に包まれていた。俺は昨日完成したばかりの、黒光りする重厚な扉をゆっくりと開ける。ひやりとした朝の空気が頬を撫で、森の目覚めを告げる不思議な鳥の声(のような音)が耳に届いた。

外の『吸命苔』のベッドで眠るのも快適だが、やはり自分の家で朝を迎えるというのは格別なものがある。とはいえ、昨夜は結局、暖炉の前の床に転がって眠っただけだった。石の床は硬く、体が少し痛い。

「やっぱり、ベッドが必要だよな」

俺は大きく伸びをしながら、次の目標を定めた。衣食住の『住』を完璧にするための最後のピース、それは快適な寝具だ。あのふかふかとした『吸命苔』の寝心地を、この家の中に再現する。いや、それ以上のものを作り上げてみせる。

計画は決まった。まずは、ベッドのフレーム作りだ。材料は、もちろんあの『黒鉄木』。あの鋼鉄の硬度があれば、何百年経ってもびくともしない、頑丈なベッドが作れるだろう。

俺は錆びて刃こぼれした短剣を腰に差し、森へと向かった。昨日切り倒した木の残りはまだ十分にある。扉作りの経験から、作業の要領は掴めていた。まずは『万溶の沼』の毒水を『貯水葉』のバケツで運び、切り出した丸太にかける。じゅう、という音と共に、木の表面が柔らかく変質するのを待つ。

「しかし、毎回水を汲みに行くのも手間だな……」

沼と拠点はそれなりに距離がある。この往復作業が、地味に時間を食うのだ。もっと効率の良い方法はないだろうか。
俺は腕を組み、うーんと唸る。沼の水を、もっと手軽に、必要な分だけ使えればいいのだが。

その時、ふとある植物が目に入った。それは、細長い竹のような見た目をした、中が空洞になっている植物だった。ギルドの資料には載っていなかったが、その節々には水滴が溜まっている。試しに一本折って中を覗くと、空洞の内部には、わずかに粘り気のある液体が満ちていた。指につけて舐めてみると、強烈な痺れを引き起こす麻痺毒のようだ。もちろん、俺には無味無害だ。

「これだ!」

俺は閃いた。この『麻痺竹』とでも呼ぶべき植物を、ストローのように使えばいいのではないか。
俺は早速、数本の『麻痺竹』を繋ぎ合わせ、長い管を作った。そして、その管の一方を『貯水葉』に満たした毒水に差し込み、もう一方の端を口に咥えて吸い上げる。管の中をエメラルドグリーンの液体が上ってくるのが見えた。

「よしよし……」

これで、即席のスポイトが完成した。これを使えば、ピンポイントで、必要な分だけ毒水を垂らすことができる。作業効率は格段に上がるはずだ。

俺は自作の道具を手に、木材加工を再開した。毒水で表面を軟化させ、短剣で削る。それを繰り返し、ベッドの脚、支柱、頭部のボードと、パーツを一つずつ丁寧に切り出していく。単調な作業だったが、自分の工夫で少しずつ快適になっていくこの生活が、たまらなく楽しかった。

半日ほどかけて、ベッドフレームのすべてのパーツが完成した。次は組み立てだ。釘などないので、日本の伝統的な木工技術のように、木材同士を組み合わせて固定する『木組み』という手法を試みることにした。もちろん、そんな知識はないので、完全に我流だ。それぞれのパーツに切り込みやほぞ穴を作り、パズルのように組み合わせていく。

『黒鉄木』は硬いが、その分、一度組み合わせればびくともしない。金槌の代わりに石を使い、トントンと慎重にパーツを叩き込んでいくと、やがて頑丈なベッドフレームがその姿を現した。シンプルなデザインだが、黒鉄の木肌が放つ重厚な存在感は、そこらの王族が使う高級ベッドにも引けを取らないだろう。

「ふぅ……上出来だ」

汗を拭い、俺は自作のベッドフレームを眺めて満足げに頷いた。だが、これで終わりではない。最も重要なのは、マットレスだ。この硬い木の枠の上で眠るわけにはいかない。

俺は再び、森の探索へと出かけた。目標は、あの『吸命苔』に匹敵する、あるいはそれ以上に快適な寝心地を提供してくれる素材だ。
ふわふわとして、弾力があり、保温性にも優れているもの。そんな都合の良いものが、この呪われた森にあるだろうか。

考えながら歩いていると、ひときわ魔瘴が濃く、空気が淀んでいるように感じられる一帯に迷い込んだ。そこには、白い幹を持つ、柳のようなしなやかな木々が群生していた。そして、その枝という枝に、まるで雪が積もったかのように、純白の綿毛がびっしりと実っていた。

「なんだ、これは……」

風が吹くたびに、いくつかの綿毛がふわりと宙を舞う。それはゆっくりと、あまりにもゆっくりと地面に落ちていった。まるで、時間がそこだけ引き延ばされているかのようだ。

俺は、その綿毛の一つに手を伸ばした。
指先に触れた瞬間、今までに感じたことのないような、極上の感触に襲われた。軽くて、柔らかくて、絹のように滑らか。それでいて、マシュマロのような不思議な弾力がある。

「すごい……なんだこの綿……」

夢中でその綿をかき集めようとした、その時。俺の脳裏に、ギルドの資料にあったある植物の情報が蘇った。

『永眠の木』。
その木がつける綿毛に触れた生物は、抗いがたい強烈な眠気に襲われ、そのまま永遠の眠りにつく。目覚めることは二度となく、安らかな笑みを浮かべたまま、やがて命が尽きるという。この森で最も慈悲深く、そして最も恐ろしい植物の一つ。

「なるほど……『永眠の綿』か」

道理で、この周辺には動物の気配どころか、虫一匹いないわけだ。普通の生物なら、この綿毛に触れた瞬間にアウトだろう。
だが、俺のスキルは【状態異常無効】。睡眠も、もちろん状態異常の一種だ。

「これ以上のマットレス素材があるか? いや、ない!」

俺は歓喜した。呪いや毒は、俺にとって祝福でしかない。この法則は、今回も健在だったようだ。
俺は持っていた『貯水葉』の即席バッグに、その『永眠の綿』を詰められるだけ詰め込んだ。ふわふわとしていて、見た目の割にたくさん入る。

意気揚々と家に帰り、早速マットレス作りを開始した。まずは、丈夫な植物の蔓を編んで、大きな袋状のカバーを作る。そして、その中に、持ち帰った『永眠の綿』をぎっしりと詰め込んでいく。最後に口をしっかりと閉じれば、極上のマットレスの完成だ。

俺は完成したマットレスを、黒鉄のベッドフレームの上に設置した。見た目は少し不格好だが、性能は保証付きだ。枕も、同じようにして小さいサイズのものを作った。

ついに、俺だけの、究極のベッドが完成した。
暖炉の炎が、黒いベッドと白いマットレスをぼんやりと照らしている。俺はごくりと喉を鳴らし、助走をつけるまでもなく、そのベッドへと倒れ込むようにダイブした。

「……ぶふっ!?」

体が、信じられないほどの柔らかさに包まれた。
まるで、マシュマロの雲の上に落ちたかのようだ。いや、それ以上だ。体中の力が抜け、全身の筋肉が弛緩していく。体のどんな凹凸にも完璧にフィットし、重力を感じさせないほどの浮遊感。

「やばい……これは……やばい……」

語彙力が消失するほどの、圧倒的な寝心地。
『吸命苔』のベッドも快適だったが、これは次元が違う。体を動かすのも億劫になるほどの、悪魔的な気持ちよさだ。これが『永眠の綿』の力か。普通の人間なら、この快感に身を委ねたまま、二度と目覚めることはないのだろう。

俺は枕に頭を預け、天井を仰いだ。
数日前まで、俺はパーティの連中に蔑まれ、家畜以下の扱いを受けていた。硬く冷たい床で、満足に眠ることも許されなかった。

だが、今はどうだ?
誰にも邪魔されず、安全な家の中で、世界中のどんな王様よりも贅沢なベッドに横たわっている。

「……ははっ」

笑いが込み上げてきた。
追放されて、本当によかった。心から、そう思えた。

この快適な生活は、まだ始まったばかりだ。ベッドを手に入れたら、次はテーブルと椅子を新調しよう。食器棚も欲しいし、食料を保存するための棚も必要だ。やりたいことは、まだまだ無限にある。

揺らめく暖炉の炎を見つめながら、俺の意識は、約束された極上の眠りの中へと、ゆっくりと、そして心地よく沈んでいった。明日への期待だけを胸に残して。
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