捨てられ王女ですが、もふもふ達と力を合わせて最強の農業国家を作ってしまいました

夏見ナイ

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第三十五話 特効薬の完成

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私の成し遂げた奇跡を前に、ルナはしばらく言葉を失っていた。彼女は生まれ変わった泉に恐る恐る手を浸し、その清らかな魔力に触れて、深く息を吐いた。長年の悲願が達成されたことへの安堵と、目の前の人間に対する畏敬の念が、彼女の表情に入り混じっていた。

「……参ったわ。完敗よ」
ルナは、ついに降参するように両手を上げた。その顔には、もう以前のような刺々しさはなく、むしろ清々しささえ浮かんでいる。
「約束は守るわ。月雫草のある場所へ、案内してあげる。ついてきなさい」

彼女はそう言うと、今度は私たちを客人として扱うように、丁寧な足取りで森のさらに奥深くへと導き始めた。

月雫草が自生していたのは、森の中でもひときわ神聖な空気が漂う、小さな円形の広場だった。そこはまるで月の光だけを集めて作られたかのような場所で、銀色に輝く苔が一面に広がり、周囲の木々の葉も白銀の色をしていた。

そして、その広場の中央に、月雫草は静かに群生していた。今は昼間なので花は閉じていたが、その葉の一枚一枚が夜の光を蓄え、内側から淡く発光しているかのようだった。
「これが、月雫草……」

「ええ」
ルナが頷く。
「この薬草は、極めて清浄な魔力を持つ土地でしか育たないの。そして、浄化された嘆きの泉の力が、今、この森全体の魔力を活性化させている。だから、薬草も今が最も効能が高い状態にあるはずよ」

私は、エデンの民の顔を思い浮かべながら、感謝を込めて丁寧に薬草を摘み取った。これで、皆を救うことができる。その喜びが、旅の疲れを忘れさせてくれた。

薬草を摘み終えた私に、ルナは意外な提案をしてきた。
「あなたさえ良ければ、私もあなたの村へ同行させてくれないかしら」
「えっ?」
「あなたの力が何なのか、この目でもっと確かめたい。それに……」
彼女は少しだけ視線を逸らし、頬を染めて言った。
「あなたの作った特効薬で、人々が救われる瞬間を見てみたいの。エルフは森から出ないものだけど、あなたといると、私の知らない世界がたくさん見られそうで、なんだかワクワクするのよ」

彼女の真っ直ぐな瞳に、私は断る理由など見つけられなかった。
「もちろんです!あなたのような方が仲間になってくれるなら、これほど心強いことはありません」
こうして、私たちはルナという、強力な医療技術と森の知恵を持つ仲間を得ることになった。

エデンへの帰路は、行きとは比べ物にならないほど穏やかだった。ルナが森の抜け道を教えてくれたおかげで、私たちは最短距離で荒野へと出ることができた。彼女は、人間であるギルバートとも少しずつ打ち解け、旅の道中、様々な薬草の知識やエルフの文化について語ってくれた。

数日後、私たちはエデンの丘の上から、懐かしい我が家を見下ろした。
「……帰ってきた」
私の呟きに、ギルバートとフェンも感慨深げに頷く。

ピピが私たちの帰還をいち早く察知し、歓迎するかのように上空を舞った。その知らせを受け、村からはバルトやガルフたちが駆け出してくる。
「女王陛下!ギルバート様!ご無事でしたか!」
彼らの顔には、心からの安堵と喜びが浮かんでいた。

私たちは、村人たちの温かい歓迎を受けながら、ログハウスへと戻った。村の空気は、私たちが旅立つ前よりもさらに重くなっていた。寝込んでいる者の数は増え、皆の顔には疲労の色が濃く浮かんでいる。
「アリシア様、よくぞご無事で……!」
リーナが、涙ながらに私の手を取った。

「皆さん、心配をかけました。でも、もう大丈夫です。必ず皆を救います」
私は力強く宣言すると、早速、特効薬の準備に取り掛かった。ルナも、その専門知識を活かして私の助手として動いてくれる。

私たちは、大きな鍋に奇跡の泉の水を満たし、月雫草を丁寧に入れていく。そして、私がその鍋に手をかざし、力を注ぎ込みながら、ゆっくりと煮詰めていった。ルナが、他の薬草を絶妙なタイミングで加えていく。彼女の知識と私の力が合わさることで、薬の効果は最大限に引き出されていった。

やがて、鍋の中の液体は、美しい翠色の輝きを放つ、生命力に満ち溢れた霊薬へと姿を変えた。部屋中に、心を落ち着かせる清らかな香りが満ち渡る。

「……できたわ」
ルナが、満足げに頷いた。

特効薬は、すぐに病で苦しむ人々のもとへ運ばれた。
最初に薬を飲んだのは、最も症状が重かった老人だった。彼は、家族に支えられながら、震える手で木の杯を受け取った。

薬を一口飲むと、奇跡が起きた。
彼の土気色だった顔に、すうっと血の気が戻り、乾いた咳がぴたりと止まった。そして、数分後には、彼は自らの力でベッドから起き上がり、驚きに目を見開いていた。
「お、おお……!体が、軽い……!あの重苦しい倦怠感が、嘘のように消えてしまった……!」

その光景を皮切りに、村のあちこちで歓喜の声が上がった。
「咳が止まったぞ!」
「力がみなぎってくるようだ!」
「やった!治ったんだ!」

特効薬は、まさしく特効薬だった。薬を飲んだ者は、例外なく数分で完治し、病に苦しむ前の健康な体を取り戻したのだ。

その日の夕方には、エデンから病人の姿は一人もいなくなった。村には、長い間失われていた笑顔と活気が、以前にも増して力強く戻ってきた。人々は抱き合い、涙を流して快気を喜び合った。

夜には、私たちの無事の帰還と、病の克服を祝うための盛大な宴が開かれた。
焚き火の周りでは、人々が歌い、踊り、笑い合っている。その輪の中心には、少し照れながらも村人たちと打ち解けていくルナの姿があった。彼女は、正式にエデンの医療担当として、この村に住むことを決意してくれたのだ。

私は、その幸せな光景を、少し離れた場所からギルバートと共に眺めていた。
「……本当に、良かった」
心の底から、安堵のため息が漏れる。

「ええ。全て、アリシア様のおかげです」
ギルバートが、優しい眼差しで私を見つめる。
「貴女様は、このエデンにとって、まさしく救いの女神です」
彼のまっすぐな言葉に、私の心臓が小さく跳ねた。

流行り病という大きな試練を乗り越え、エデンの絆はさらに強く、揺るぎないものとなった。
しかし、この豊かで平和な楽園の噂は、すでに私たちの知らないところで、新たな災いの種を呼び寄せようとしていた。
本当の試練は、まだ始まったばかりなのかもしれない。
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