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第三十七話 防衛計画始動
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西の空に感じた不吉な予感は、その翌日、現実の脅威となって私たちの前に突きつけられた。
空高くを旋回していたピピが、血相を変えるとはまさにこのことだろう、というほどの勢いで急降下してきたのだ。彼はログハウスの屋根に大きな音を立てて着地すると、翼をばたつかせ、今まで聞いたこともないような甲高い声で、けたたましく鳴き続けた。
その異常な様子に、村の誰もが作業の手を止め、何事かと広場に集まってきた。
「ピピ、どうしたの!?」
私が駆け寄ると、ピピは私の肩に嘴をこすりつけるようにしながら、西の方角を何度も指し示した。そして、大きく翼を広げては畳むという動作を、何度も、何度も繰り返す。その琥珀色の瞳には、明らかな恐怖と怒りの色が浮かんでいた。
「……様子がおかしいわね」
薬草を干していたルナが、険しい顔で空を見上げた。
「森の小鳥たちも、一斉に鳴き騒いでいる。強い殺気を放つ、大きな群れが近づいていると、彼らが教えてくれているわ」
ルナの言葉に、ギルバートの表情が鋼のように硬くなった。
「ピピが翼を広げて畳むのは、数の多さを示しているのでしょう。そして、西の方角。斥候の足跡があった場所と一致する。間違いない、盗賊団だ」
その言葉は、村の空気を一瞬で凍りつかせた。
平和に慣れ始めていた人々の顔に、恐怖の色が浮かぶ。
「と、盗賊だって!?」
「噂は本当だったのか……」
「俺たちの食料や、女たちを狙って……」
ざわめきが、不安の波となって広がっていく。このままでは、戦う前に士気が崩壊してしまう。
「静粛に!!」
ギルバートの雷鳴のような一喝が、広場に響き渡った。元王国騎士団副団長の威厳に満ちたその声に、誰もがはっと口をつぐむ。
彼は、不安げな顔をする村人たち一人一人を見渡し、静かに、しかし力強く言った。
「怯えるな。我々は、もはや虐げられるだけの難民ではない。このエデンを守り、築き上げてきた誇り高き民だ。敵が誰であろうと、我々の楽園を好きにはさせん」
彼の言葉には、人々を奮い立たせる不思議な力があった。
そして、私も一歩前に出た。皆の不安な視線が、私に集中する。
私は、できる限り穏やかに、しかし芯の通った声で語りかけた。
「皆さん、聞いてください。このエデンは、私たちの手で、何もない不毛の地から作り上げた、大切な故郷です。ここで流した汗も、共に笑い合った時間も、全て私たちの宝物です。その宝物を、見ず知らずの者たちに、暴力で踏みにじらせていいはずがありません」
私は、皆の顔を見渡し、はっきりと宣言した。
「戦いましょう。このエデンを、私たちの家を、そして私たちの未来を、この手で守り抜くために!」
私の言葉は、皆の心に最後の火を灯した。恐怖は、故郷を守るという強い決意へと変わった。
「そうだ!」
バルトが、拳を突き上げて叫んだ。
「女王陛下のおっしゃる通りだ!奴らに、俺たちの楽園を渡してたまるか!」
「「「そうだ!」」」
皆の声が、一つになった。
その夜、ログハウスに主要なメンバーが集まり、緊急の防衛会議が開かれた。地図を広げ、皆が真剣な顔でそれを囲んでいる。
総指揮官はもちろん、ギルバートだ。彼は、冷静沈着に防衛計画の骨子を語り始めた。
「敵の数は、斥候の話から推測するに、おそらく百を超えるだろう。対する我々は、戦闘経験のある者となると、私とバルト、ガルフ、そしてガンツ殿くらいだ。正面からぶつかれば、勝ち目はない」
彼の言葉に、皆がごくりと喉を鳴らす。
「だが、我々には地の利がある。このエデンの地形を最大限に活用し、敵の戦力を分散させ、各個撃破する。これが、我々の基本戦略だ」
彼は、地図上の一点を指差した。それは、エデンへと続く唯一の開けた谷間だった。
「敵は、必ずここを通る。ここに、我々の総力を結集した罠を仕掛ける」
彼の頭の中には、すでに勝利への道筋が描かれていた。
「ガンツ殿とモグ族の皆さんには、この谷間に巧妙な罠を設置していただきたい。落とし穴、敵の足を絡める茨の罠、そして崖の上からの投石装置。ドワーフの技術とモグ族の土木技術を結集すれば、難攻不落の要塞が作れるはずだ」
「おう、任せておけ!」
ガンツが、腕をまくって応じた。モグ族の長老も、力強く頷いている。
「ガルフとバルトは、腕の立つ若者数名を選抜し、遊撃部隊を編成。森を知り尽くしたガルフが道案内をし、戦闘に慣れたバルトが奇襲を指揮する。敵が谷間で混乱した隙を突き、側面から揺さぶりをかけろ」
「御意!」
「へい、承知!」
二人の狩人と元傭兵が、獰猛な笑みを浮かべた。
「ルナ殿とリーナ殿には、後方支援をお願いしたい。負傷者の手当てと、戦闘中の兵糧の準備。皆が安心して戦えるのは、お二人の働きがあってこそです」
「分かったわ。任せて」
「はい、お任せください!」
二人の女性もまた、覚悟を決めた顔で頷いた。
そして、ギルバートは最後に私に向き直った。その瞳には、深い憂慮の色が浮かんでいる。
「アリシア様は、どうかログハウスの中から、戦況を見守っていてください。貴女様の御身に万が一のことでもあれば……」
「それはできません」
私は、彼の言葉を遮ってきっぱりと言った。
「私も、戦います。私の力は、きっと皆の役に立ちます。例えば……」
私は地図を指差した。
「この谷間の入り口に、私の力でツタを急速に成長させ、巨大な茨の壁を作り出します。そうすれば、敵は一箇所からしか侵入できなくなり、罠の効果を最大限に高められるはずです」
私の具体的な提案に、ギルバートは言葉を失った。彼は、私がただ守られるだけのか弱い存在ではないことを、誰よりもよく知っている。
彼は深くため息をつくと、降参するように言った。
「……分かりました。ですが、必ず私の指揮下で、最も安全な場所から力を貸していただく。これが、絶対の条件です」
「はい。約束します」
こうして、エデン全土を巻き込んだ防衛計画が始動した。
農民は鍬を槍に持ち替え、職人は槌を振るって防衛設備を築き、女たちは兵糧作りに奔走する。穏やかだった村は、一夜にして、故郷を守るための要塞へと姿を変えていった。
誰もが寝る間も惜しんで働いた。緊張と疲労の中、彼らの心を支えていたのは、女王アリシアへの絶対的な信頼と、自分たちの手で築き上げた楽園を守り抜くという、燃えるような誇りだった。
二日後。全ての準備が整った。谷間には巧妙な罠が張り巡らされ、崖の上には巨大な岩がいくつも用意されている。
その日の夕暮れ、物見やぐらに立っていたピピが、鋭い一声を上げた。
地平線の向こうに、黒い影の帯が見える。
ギルバートが、静かに剣を抜き放った。
「……来たぞ」
エデンの運命を賭けた、最初の防衛戦。その火蓋が、今、切られようとしていた。
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「ピピが翼を広げて畳むのは、数の多さを示しているのでしょう。そして、西の方角。斥候の足跡があった場所と一致する。間違いない、盗賊団だ」
その言葉は、村の空気を一瞬で凍りつかせた。
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「と、盗賊だって!?」
「噂は本当だったのか……」
「俺たちの食料や、女たちを狙って……」
ざわめきが、不安の波となって広がっていく。このままでは、戦う前に士気が崩壊してしまう。
「静粛に!!」
ギルバートの雷鳴のような一喝が、広場に響き渡った。元王国騎士団副団長の威厳に満ちたその声に、誰もがはっと口をつぐむ。
彼は、不安げな顔をする村人たち一人一人を見渡し、静かに、しかし力強く言った。
「怯えるな。我々は、もはや虐げられるだけの難民ではない。このエデンを守り、築き上げてきた誇り高き民だ。敵が誰であろうと、我々の楽園を好きにはさせん」
彼の言葉には、人々を奮い立たせる不思議な力があった。
そして、私も一歩前に出た。皆の不安な視線が、私に集中する。
私は、できる限り穏やかに、しかし芯の通った声で語りかけた。
「皆さん、聞いてください。このエデンは、私たちの手で、何もない不毛の地から作り上げた、大切な故郷です。ここで流した汗も、共に笑い合った時間も、全て私たちの宝物です。その宝物を、見ず知らずの者たちに、暴力で踏みにじらせていいはずがありません」
私は、皆の顔を見渡し、はっきりと宣言した。
「戦いましょう。このエデンを、私たちの家を、そして私たちの未来を、この手で守り抜くために!」
私の言葉は、皆の心に最後の火を灯した。恐怖は、故郷を守るという強い決意へと変わった。
「そうだ!」
バルトが、拳を突き上げて叫んだ。
「女王陛下のおっしゃる通りだ!奴らに、俺たちの楽園を渡してたまるか!」
「「「そうだ!」」」
皆の声が、一つになった。
その夜、ログハウスに主要なメンバーが集まり、緊急の防衛会議が開かれた。地図を広げ、皆が真剣な顔でそれを囲んでいる。
総指揮官はもちろん、ギルバートだ。彼は、冷静沈着に防衛計画の骨子を語り始めた。
「敵の数は、斥候の話から推測するに、おそらく百を超えるだろう。対する我々は、戦闘経験のある者となると、私とバルト、ガルフ、そしてガンツ殿くらいだ。正面からぶつかれば、勝ち目はない」
彼の言葉に、皆がごくりと喉を鳴らす。
「だが、我々には地の利がある。このエデンの地形を最大限に活用し、敵の戦力を分散させ、各個撃破する。これが、我々の基本戦略だ」
彼は、地図上の一点を指差した。それは、エデンへと続く唯一の開けた谷間だった。
「敵は、必ずここを通る。ここに、我々の総力を結集した罠を仕掛ける」
彼の頭の中には、すでに勝利への道筋が描かれていた。
「ガンツ殿とモグ族の皆さんには、この谷間に巧妙な罠を設置していただきたい。落とし穴、敵の足を絡める茨の罠、そして崖の上からの投石装置。ドワーフの技術とモグ族の土木技術を結集すれば、難攻不落の要塞が作れるはずだ」
「おう、任せておけ!」
ガンツが、腕をまくって応じた。モグ族の長老も、力強く頷いている。
「ガルフとバルトは、腕の立つ若者数名を選抜し、遊撃部隊を編成。森を知り尽くしたガルフが道案内をし、戦闘に慣れたバルトが奇襲を指揮する。敵が谷間で混乱した隙を突き、側面から揺さぶりをかけろ」
「御意!」
「へい、承知!」
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「ルナ殿とリーナ殿には、後方支援をお願いしたい。負傷者の手当てと、戦闘中の兵糧の準備。皆が安心して戦えるのは、お二人の働きがあってこそです」
「分かったわ。任せて」
「はい、お任せください!」
二人の女性もまた、覚悟を決めた顔で頷いた。
そして、ギルバートは最後に私に向き直った。その瞳には、深い憂慮の色が浮かんでいる。
「アリシア様は、どうかログハウスの中から、戦況を見守っていてください。貴女様の御身に万が一のことでもあれば……」
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私の具体的な提案に、ギルバートは言葉を失った。彼は、私がただ守られるだけのか弱い存在ではないことを、誰よりもよく知っている。
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