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第五十三話 討伐軍総大将
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クローデル王国討伐軍の行軍は、順調そのものだった。
整然と列をなす三千の兵士たち。陽光を浴びて鈍く輝く槍先と、風にはためく王家の紋章旗。その光景を、白馬の上から満足げに見下ろしている男がいた。
第一王子、アラン・フォン・クローデル。この討伐軍の総大将である。
「ふん。壮観なものだな」
アランは、口の端に傲慢な笑みを浮かべた。退屈な王宮での政務や、聖女である妹セレスティアのご機嫌取りに明け暮れる日々に、彼は辟易していた。そんな中、この『反乱鎮圧』は彼にとって格好の気晴らしであり、そして絶好の機会だった。
辺境で、あの無能な姉アリシアが女王を名乗っている。
その報告を初めて聞いた時、彼は腹を抱えて笑ったものだ。雑草には雑草らしい生き方がある。泥水の中から見果てぬ夢を見て溺れ死ぬのもまた一興だろう。
そして、その片腕にはかつて自分の部下であったギルバート・アークライトがいる。王国の騎士としての栄光を捨て、出来損ないの王女を選んだ愚か者。
「どちらも私の手で始末できるとはな。運命も粋な計らいをする」
アランは、誰に言うでもなく呟いた。
この戦に勝利すれば、父王は私を次期国王としてもはや疑うことはなくなるだろう。民衆も、反乱を鎮圧した英雄として私を称えるはずだ。アリシアとギルバートは、私の輝かしい未来のための格好の踏み台に過ぎない。
「王子殿下」
隣を馬で並走していた副官の老将軍が、心配そうな顔で進言した。
「間もなくロックベル辺境伯の領地に入ります。斥候によれば、その先の地形は険しい谷間が続いているとのこと。警戒を強めるべきかと」
「何を臆している、将軍。相手はならず者と獣人の寄せ集めにすぎん。我ら王国の精鋭三千の敵ではないわ」
アランは、老将軍の忠告を鼻で笑い飛ばした。
「しかし、相手にはギルバート・アークライトがおります。彼の剣腕は王国最強。油断は禁物です」
「最強、か。それも過去の話だ」
アランは、忌々しげに吐き捨てた。
「裏切り者に成り下がった男が、今さら何の脅威になる。それに奴は一人。こちらは三千だ。象が蟻を踏み潰すのに、何の策がいるというのだ」
アランの頭の中では、すでに戦いは終わっていた。
哀れな姉の首を刎ね、裏切り者の騎士を足蹴にする。その光景を思い浮かべるだけで、彼の心は愉快な高揚感に満たされた。
やがて、討伐軍はロックベルの町に到着した。
出迎えた辺境伯は、アランに対して最大限の敬意を払っているように見えた。しかし、兵糧や兵士の提供を求められると、のらりくらりと言い訳を並べて協力を渋った。
「殿下、我が領も長引く不作で疲弊しておりまして……」
「まあ良い。貴様のような田舎貴族の助けなどなくとも勝てる戦だ」
アランは、辺境伯の小心さを侮蔑し、気にも留めなかった。彼がすでにエデンと密約を交わしていることなど、知る由もなかった。
ロックベルを過ぎると、道は険しさを増していった。両側を崖に挟まれた、薄暗い谷間がどこまでも続いている。
「殿下、斥候からの報告です。谷間の先に奇妙な茨の壁のようなものが見えるとのこと。何かの罠やもしれません」
「魔女の小細工よ。案ずるな」
アランは、全ての警告を楽観論で一蹴した。彼の目には、エデンの民が震えながら降伏を乞う姿しか見えていなかった。
そして、ついにその時が来た。
谷間を抜けた先、開けた土地にそれはあった。
噂に聞いた通りの緑豊かな村。整然と並ぶログハウスと、青々とした畑。
そして、村の入り口にはアリシアが作り出した巨大な茨の壁が、まるで城門のようにそびえ立っていた。
「見つけたぞ、ネズミどもめ」
アランは、馬上で不敵に笑った。
「あの忌々しい壁が、奴らの最後の抵抗というわけか。滑稽なことよ」
彼は腰の長剣を抜き放ち、その切っ先をエデンへと向けた。
「全軍、聞け!」
彼の声が、谷間に響き渡る。
「目の前にいるは、王国に弓引く不届き者どもだ! 情けは無用! 女子供に至るまで一人残らず根絶やしにせよ!」
彼は、自らが先頭に立つかのように馬を前に進めた。
「総員、突撃!」
アランの号令一下、三千の兵士たちが地響きを立ててエデンへと雪崩れ込んでいく。
勝利を確信した彼の脳裏には、無能な姉の命乞いをする無様な姿がはっきりと映っていた。
これから始まるのが、一方的な蹂躙ではなく、自らの傲慢さが招いた悪夢の始まりだということを、彼はまだ知らない。
整然と列をなす三千の兵士たち。陽光を浴びて鈍く輝く槍先と、風にはためく王家の紋章旗。その光景を、白馬の上から満足げに見下ろしている男がいた。
第一王子、アラン・フォン・クローデル。この討伐軍の総大将である。
「ふん。壮観なものだな」
アランは、口の端に傲慢な笑みを浮かべた。退屈な王宮での政務や、聖女である妹セレスティアのご機嫌取りに明け暮れる日々に、彼は辟易していた。そんな中、この『反乱鎮圧』は彼にとって格好の気晴らしであり、そして絶好の機会だった。
辺境で、あの無能な姉アリシアが女王を名乗っている。
その報告を初めて聞いた時、彼は腹を抱えて笑ったものだ。雑草には雑草らしい生き方がある。泥水の中から見果てぬ夢を見て溺れ死ぬのもまた一興だろう。
そして、その片腕にはかつて自分の部下であったギルバート・アークライトがいる。王国の騎士としての栄光を捨て、出来損ないの王女を選んだ愚か者。
「どちらも私の手で始末できるとはな。運命も粋な計らいをする」
アランは、誰に言うでもなく呟いた。
この戦に勝利すれば、父王は私を次期国王としてもはや疑うことはなくなるだろう。民衆も、反乱を鎮圧した英雄として私を称えるはずだ。アリシアとギルバートは、私の輝かしい未来のための格好の踏み台に過ぎない。
「王子殿下」
隣を馬で並走していた副官の老将軍が、心配そうな顔で進言した。
「間もなくロックベル辺境伯の領地に入ります。斥候によれば、その先の地形は険しい谷間が続いているとのこと。警戒を強めるべきかと」
「何を臆している、将軍。相手はならず者と獣人の寄せ集めにすぎん。我ら王国の精鋭三千の敵ではないわ」
アランは、老将軍の忠告を鼻で笑い飛ばした。
「しかし、相手にはギルバート・アークライトがおります。彼の剣腕は王国最強。油断は禁物です」
「最強、か。それも過去の話だ」
アランは、忌々しげに吐き捨てた。
「裏切り者に成り下がった男が、今さら何の脅威になる。それに奴は一人。こちらは三千だ。象が蟻を踏み潰すのに、何の策がいるというのだ」
アランの頭の中では、すでに戦いは終わっていた。
哀れな姉の首を刎ね、裏切り者の騎士を足蹴にする。その光景を思い浮かべるだけで、彼の心は愉快な高揚感に満たされた。
やがて、討伐軍はロックベルの町に到着した。
出迎えた辺境伯は、アランに対して最大限の敬意を払っているように見えた。しかし、兵糧や兵士の提供を求められると、のらりくらりと言い訳を並べて協力を渋った。
「殿下、我が領も長引く不作で疲弊しておりまして……」
「まあ良い。貴様のような田舎貴族の助けなどなくとも勝てる戦だ」
アランは、辺境伯の小心さを侮蔑し、気にも留めなかった。彼がすでにエデンと密約を交わしていることなど、知る由もなかった。
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「殿下、斥候からの報告です。谷間の先に奇妙な茨の壁のようなものが見えるとのこと。何かの罠やもしれません」
「魔女の小細工よ。案ずるな」
アランは、全ての警告を楽観論で一蹴した。彼の目には、エデンの民が震えながら降伏を乞う姿しか見えていなかった。
そして、ついにその時が来た。
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