捨てられ王女ですが、もふもふ達と力を合わせて最強の農業国家を作ってしまいました

夏見ナイ

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第九十一話 結婚式前夜

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エデンは、静かな興奮に満ちた夜を迎えていた。
明日、この国は大陸中の要人を前にして、その誕生を正式に宣言する。そして、私たちの女王は生涯の伴侶を得る。民は皆その歴史的な瞬間を心待ちにしながらも、主役である私たちのためにいつもより早く家路につき、静かに夜の訪れを受け入れていた。

私は、リーナが用意してくれた新しい部屋で一人、窓の外を眺めていた。
窓からは、月明かりに照らされて白く輝く丘の上の祭壇が見える。明日、私はあの場所で女王として戴冠し、そして一人の女性として結婚の誓いを立てるのだ。
その事実が、まだどこか現実味を帯びず、まるで美しい夢物語のように感じられた。

壁にかけられた光のドレス。
テーブルの上に置かれた花の冠。
そして、私の左手の薬指で控えめに、しかし確かな存在感を放つ翠色の指輪。
その一つ一つが、これが夢ではないと私に語りかけている。

私は、これまでの道のりを静かに振り返っていた。
王宮の片隅で息を潜めるように生きていた日々。
絶望の淵で、不毛の大地へと追いやられたあの寒い日。
もしあの時、たった一人私の手を取ってくれる人がいなかったら。
今の私は、間違いなくここにはいなかっただろう。

コンコン、と控えめなノックの音がした。
「アリシア」
扉の向こうから聞こえてきたのは、私が今まさに思い浮かべていたその人の声だった。

「……はい。どうぞ」
扉が静かに開き、ギルバートが入ってきた。彼は明日の式典で着るための新しい礼装に身を包んでいた。黒を基調とした銀糸の刺繍が美しいその服は、彼の精悍な魅力をさらに引き立てていた。

「眠れないのですか」
私が尋ねると、彼は少し照れたように、しかし正直に頷いた。
「ええ。どうにも落ち着かなくて。……あなたも同じですか」
「はい」
私も素直に頷いた。

彼は私の隣に立つと、同じように窓の外の祭壇を眺めた。
「……明日、ですね」
「ええ。明日です」
ぎこちない会話が、静かな部屋に響く。私たちはどちらからともなく小さく笑い合った。

「思い返せば、不思議なものです」
ギルバートが独り言のように呟いた。
「一年と少し前、私たちはあの丘の上で絶望の中で夜を明かした。それが今では、大陸中の王たちがあの場所で貴女様の戴冠を祝福するために集まってきている」

「本当に。まるで長い夢を見ているようです」
「夢ではありません。これは全て、貴女様がその手で掴み取った現実です」
彼は私に向き直った。その黄金の瞳は、夜の闇の中でも熱を帯びて輝いている。

「アリシア。私は貴女様にずっと伝えたいことがありました」
「私にもあります」
私たちは、まるで示し合わせたかのように同時にそう言った。

私は彼に促されるように、先に口を開いた。
「ギルバート。あの追放の日。もしあなたが玉座の間で声を上げてくれなかったら。もしあなたが私と共にこの辺境まで来てくれなかったら。私はきっと、とうの昔に死んでいたでしょう。あなたは私の命の恩人です」

「いいえ」
彼は静かに首を横に振った。
「私はただ、自分の信じる正義に従っただけです。そして何よりも……貴女様という唯一無二の輝きを失いたくなかった。ただ、それだけでした」

「あなたはいつも私を信じてくれました」
私の声がわずかに震える。
「誰もが私を『雑草』と蔑む中で、あなただけが私の中に小さな可能性の芽を見ていてくれた。あなたが水をやり、光を当ててくれたから、私はこうして花を咲かせることができたのです。私の全てはあなたから始まった。ありがとう、ギルバート。私を見つけ出してくれて、本当にありがとう」
私はこらえきれずに流れ落ちた涙を、手の甲で拭った。

すると、ギルバートはその大きな手で優しく私の手を取った。
「……逆です、アリシア」
彼の声もまた、深い感動に震えていた。
「私は導かれていただけです。貴女様という太陽のような存在に。貴女様の優しさが、慈愛が、そして何よりもどんな逆境にも屈しないその魂の強さが、私に進むべき道を示してくれた。貴女様と出会えたこと、そして貴女様にお仕えできたことこそが、私の人生における最大最高の幸運でした」

彼は私の手を取り、その指輪がはめられた薬指にそっと唇を寄せた。
「私の方こそ感謝しています。私を選んでくれて、ありがとう」

私たちは見つめ合った。
もう、多くの言葉は必要なかった。
互いの瞳の中に、これまでの感謝とこれからの未来への誓いが確かに映し出されていた。

「明日から」
ギルバートが厳かな声で言った。
「私は貴女様の夫となります。そして、この国の王配となります。女王陛下として時には孤独な決断を下さなければならない貴女様の一番の理解者であり、最大の味方であることをここに誓います。その重荷を半分、私に背負わせてください」

「ええ」
私も力強く頷いた。
「そして私も誓います。あなたの妻としてあなたの隣に立ち、あなたの喜びも悲しみも全てを分かち合います。あなたがこの国と民を守るためにその剣を振るうのなら、私はあなたの帰る場所を、温かい家庭を、生涯をかけて守り続けます」

誓いは交わされた。
それは神の前でも民の前でもない。ただ二人きりの静かで、しかし何よりも固い魂の約束だった。

「……そろそろお休みください。明日は長い一日になります」
ギルバートは名残惜しそうに私の手を離すと、部屋の出口へと向かった。
扉の前で、彼は一度だけ振り返った。
「おやすみなさい、アリシア」
「おやすみなさい、ギルbート」

彼が去った後も、部屋の中には彼の温もりが残っているような気がした。
私はベッドに入ると、穏やかな気持ちで目を閉じた。
もう、不安も迷いもない。

明日は私の人生で最も幸せな一日になる。
そしてそれは、愛する人と共に歩む新しい人生の輝かしい始まりの日になるのだ。
その確信だけを胸に、私は穏やかな眠りへと落ちていった。
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