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第九十四話 祝宴
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厳かな儀式が終わると、エデンの丘は陽気な祝祭の舞台へと姿を変えた。
丘の頂上から麓の広場まで、無数のかがり火と妖精たちが光を灯した花のランタンが幻想的な道を照らし出す。その道沿いには長いテーブルがどこまでも続き、そこにはリーナと村の女性たちが腕によりをかけて作った夢のようなご馳走がずらりと並べられていた。
「さあ、皆さん!今宵は女王陛下と王配殿下の門出を祝う、国を挙げての祝宴です!飲んで、食べて、歌いましょう!」
バルトの威勢の良い号令を皮切りに、エデン王国最初で最大の祝宴が始まった。
各国の王侯貴族たちも、最初は儀礼的に席に着いていた。しかし、目の前に運ばれてきた料理を一口食べた瞬間、彼らの表情は一変した。
「な、なんだこの肉は!?驚くほど柔らかく、噛むほどに旨味が溢れ出してくる!」
「このスープ……!様々なハーブの香りが複雑に絡み合っている。こんな料理、宮廷の料理長でも作り出せんぞ!」
「このパンの香り……!大地そのものを食べているようだ!」
驚嘆の声があちこちから上がる。
エデンの食材は、その全てが生命力に満ち溢れていた。私の力と清浄な魔力を帯びた大地で育ったそれらは、もはやただの食べ物ではなかった。それ自体が、食べる者の心と体を癒し満たす力を持っていたのだ。
ガンツが巨大な樽の栓を抜くと、琥珀色のエールが勢いよく噴き出した。
「さあ、飲め!これは女王陛下とワシの合作だ!祝いの酒だぜ!」
各国の王たちもその芳醇な香りに抗えず、恐る恐る杯を口にした。そして次の瞬間、彼らはガンツの酒の虜となった。
「美味い!これほど濃厚で後味のすっきりしたエールは初めてだ!」
「体が内側から燃えるように熱くなる!力がみなぎるようだ!」
南の大帝国の皇帝も、普段は決して表情を崩さないその顔に、隠しきれない満足の色を浮かべていた。彼は静かに杯を重ねながら、この祝宴のもう一つの側面に気づき、内心で舌を巻いていた。
(……見事なものだ)
彼の目に映っていたのは、料理の豪華さだけではなかった。
祝宴の輪の中で、人間と獣人が肩を組んで歌っている。ドワーフと元盗賊が腕相撲で力比べをして笑い合っている。エルフの女性が人間の子供たちに花冠の作り方を教えている。
そこには種族も生まれも過去も、一切の垣根がなかった。誰もがただ『エデンの民』として、心からの笑顔でこの日を祝福している。
(権力でも、恐怖でもない。ただ、一人の女王への敬愛とこの国への誇りだけで、これほど多様な者たちを一つにまとめ上げているのか)
皇帝は、アリシアの持つ自分とは全く違う種類の『王の器』の大きさを、改めて思い知らされた。これは武力で大陸を統一しようとしている自分には、決して真似のできない治世の形だった。
私は、王配となったギルバートと共に、各国の代表者たちの席を一つ一つ回っていた。
「皇帝陛下。本日は遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます」
私は大帝国の皇帝の前に立つと、女王として深々と一礼した。
「うむ」
皇帝は威厳に満ちた声で応じた。
「見事な戴冠式であった、アリシア女王。そして、見事な国だ。お前の理想は、ただの夢物語ではなかったな」
それは、大陸の覇者からの最大限の賛辞だった。
商業国家連合のマルコはすでにすっかり酔いが回り、陽気に笑っていた。
「女王陛下!王配殿下!ご成婚、誠におめでとうございます!いやはや、貴国と手を組めて我々は本当に幸運でした!これからも末永くよろしくお願いいたしますぞ!」
私は、その全ての祝福の言葉を笑顔で受け止めた。
ギルバートは私の半歩後ろに立ち、王配として完璧に私をエスコートしながらも、各国の騎士団長や将軍たちと静かに、しかし確かな信頼関係を築いていた。彼の揺るぎない態度は、エデンの武力が決して侮れないものであることを無言のうちに彼らに示していた。
宴もたけなわとなった頃。
私はギルバートと二人、少しだけ喧騒を離れて祭壇の脇から眼下に広がる祝宴の光景を眺めていた。
無数のかがり火が、まるで地上に降り注いだ星々のようにきらきらと輝いている。その光の一つ一つに、民の幸せそうな笑顔が映し出されていた。
「……私たちの、国ですね」
私が感慨深く呟いた。
「はい。貴女がその手で築き上げた、私たちの国です」
ギルバートが私の肩を優しく抱き寄せた。
「そして、これからは二人で守り、育てていく国です」
私たちは言葉もなく、ただ眼下に広がる平和な光景を見つめていた。
追放されたあの日には想像もできなかった未来。
絶望の淵から、私たちはこれほど温かく、輝かしい場所にたどり着いたのだ。
「アリシア」
ギルバートが私の名を呼んだ。
「愛しています。この世界で誰よりも」
「私もです、ギルバート」
私も彼の胸に顔をうずめ、同じ言葉を返した。
「私も、あなたを愛しています。永遠に」
国中が祝福する盛大な祝宴の夜。
種族も国も関係なく誰もが笑い合う平和な光景の中心で。
新しい女王と王配は、自分たちの築いた楽園の輝きを胸に、永遠の愛を改めて誓い合うのだった。
エデンの歴史に最も幸福な一日として刻まれる夜は、まだ始まったばかりだった。
丘の頂上から麓の広場まで、無数のかがり火と妖精たちが光を灯した花のランタンが幻想的な道を照らし出す。その道沿いには長いテーブルがどこまでも続き、そこにはリーナと村の女性たちが腕によりをかけて作った夢のようなご馳走がずらりと並べられていた。
「さあ、皆さん!今宵は女王陛下と王配殿下の門出を祝う、国を挙げての祝宴です!飲んで、食べて、歌いましょう!」
バルトの威勢の良い号令を皮切りに、エデン王国最初で最大の祝宴が始まった。
各国の王侯貴族たちも、最初は儀礼的に席に着いていた。しかし、目の前に運ばれてきた料理を一口食べた瞬間、彼らの表情は一変した。
「な、なんだこの肉は!?驚くほど柔らかく、噛むほどに旨味が溢れ出してくる!」
「このスープ……!様々なハーブの香りが複雑に絡み合っている。こんな料理、宮廷の料理長でも作り出せんぞ!」
「このパンの香り……!大地そのものを食べているようだ!」
驚嘆の声があちこちから上がる。
エデンの食材は、その全てが生命力に満ち溢れていた。私の力と清浄な魔力を帯びた大地で育ったそれらは、もはやただの食べ物ではなかった。それ自体が、食べる者の心と体を癒し満たす力を持っていたのだ。
ガンツが巨大な樽の栓を抜くと、琥珀色のエールが勢いよく噴き出した。
「さあ、飲め!これは女王陛下とワシの合作だ!祝いの酒だぜ!」
各国の王たちもその芳醇な香りに抗えず、恐る恐る杯を口にした。そして次の瞬間、彼らはガンツの酒の虜となった。
「美味い!これほど濃厚で後味のすっきりしたエールは初めてだ!」
「体が内側から燃えるように熱くなる!力がみなぎるようだ!」
南の大帝国の皇帝も、普段は決して表情を崩さないその顔に、隠しきれない満足の色を浮かべていた。彼は静かに杯を重ねながら、この祝宴のもう一つの側面に気づき、内心で舌を巻いていた。
(……見事なものだ)
彼の目に映っていたのは、料理の豪華さだけではなかった。
祝宴の輪の中で、人間と獣人が肩を組んで歌っている。ドワーフと元盗賊が腕相撲で力比べをして笑い合っている。エルフの女性が人間の子供たちに花冠の作り方を教えている。
そこには種族も生まれも過去も、一切の垣根がなかった。誰もがただ『エデンの民』として、心からの笑顔でこの日を祝福している。
(権力でも、恐怖でもない。ただ、一人の女王への敬愛とこの国への誇りだけで、これほど多様な者たちを一つにまとめ上げているのか)
皇帝は、アリシアの持つ自分とは全く違う種類の『王の器』の大きさを、改めて思い知らされた。これは武力で大陸を統一しようとしている自分には、決して真似のできない治世の形だった。
私は、王配となったギルバートと共に、各国の代表者たちの席を一つ一つ回っていた。
「皇帝陛下。本日は遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます」
私は大帝国の皇帝の前に立つと、女王として深々と一礼した。
「うむ」
皇帝は威厳に満ちた声で応じた。
「見事な戴冠式であった、アリシア女王。そして、見事な国だ。お前の理想は、ただの夢物語ではなかったな」
それは、大陸の覇者からの最大限の賛辞だった。
商業国家連合のマルコはすでにすっかり酔いが回り、陽気に笑っていた。
「女王陛下!王配殿下!ご成婚、誠におめでとうございます!いやはや、貴国と手を組めて我々は本当に幸運でした!これからも末永くよろしくお願いいたしますぞ!」
私は、その全ての祝福の言葉を笑顔で受け止めた。
ギルバートは私の半歩後ろに立ち、王配として完璧に私をエスコートしながらも、各国の騎士団長や将軍たちと静かに、しかし確かな信頼関係を築いていた。彼の揺るぎない態度は、エデンの武力が決して侮れないものであることを無言のうちに彼らに示していた。
宴もたけなわとなった頃。
私はギルバートと二人、少しだけ喧騒を離れて祭壇の脇から眼下に広がる祝宴の光景を眺めていた。
無数のかがり火が、まるで地上に降り注いだ星々のようにきらきらと輝いている。その光の一つ一つに、民の幸せそうな笑顔が映し出されていた。
「……私たちの、国ですね」
私が感慨深く呟いた。
「はい。貴女がその手で築き上げた、私たちの国です」
ギルバートが私の肩を優しく抱き寄せた。
「そして、これからは二人で守り、育てていく国です」
私たちは言葉もなく、ただ眼下に広がる平和な光景を見つめていた。
追放されたあの日には想像もできなかった未来。
絶望の淵から、私たちはこれほど温かく、輝かしい場所にたどり着いたのだ。
「アリシア」
ギルバートが私の名を呼んだ。
「愛しています。この世界で誰よりも」
「私もです、ギルバート」
私も彼の胸に顔をうずめ、同じ言葉を返した。
「私も、あなたを愛しています。永遠に」
国中が祝福する盛大な祝宴の夜。
種族も国も関係なく誰もが笑い合う平和な光景の中心で。
新しい女王と王配は、自分たちの築いた楽園の輝きを胸に、永遠の愛を改めて誓い合うのだった。
エデンの歴史に最も幸福な一日として刻まれる夜は、まだ始まったばかりだった。
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