この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ

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第12話 村での居場所

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納屋の扉を開けた俺の目に飛び込んできたのは、予想もしない光景だった。

村長を先頭に、回復した村人たちがずらりと並んでいる。その手には、焼きたてのパンや野菜の入ったスープ、干し肉、果物など、それぞれの家で一番のご馳走であろう品々が捧げ持つように掲げられていた。

「ルーク殿!我らの感謝の気持ちです。どうか、お受け取りくだされ!」

村長が厳かに言うと、村人たちが次々と俺の足元に食べ物を置いていく。あっという間に、納屋の前はささやかな収穫祭のような有様になった。

「あの、こんなにたくさん……」

俺が戸惑っていると、マルタさんがエリアナの手を引いて前に進み出た。彼女は目に涙を浮かべ、何度も頭を下げた。

「言葉では言い尽くせません。本当に、ありがとうございました。この子は、私の、この村の宝です。その宝を、あなたが救ってくださった」

エリアナが、恥ずかしそうにマルタさんの後ろに隠れながら、小さな花を俺に差し出した。道端に咲いていたであろう、素朴な白い花。

「お兄ちゃん、あげる」

俺はその小さな花を、壊れ物を扱うようにそっと受け取った。たった一輪の花が、どんな高価な贈り物よりも温かく、重く感じられた。

「……ありがとう」

俺がかすれた声で礼を言うと、エリアナは嬉しそうに笑った。その笑顔を見た瞬間、俺の中で何かが決壊した。大神殿で抑えつけられてきた感情、追放されてからの孤独と絶望、そして今日初めて感じた誰かの役に立てたという喜び。その全てがごちゃ混ぜになって、熱い塊となって胸にこみ上げてくる。

村人たちの前で、俺はみっともなく泣いていた。

誰も、俺を笑わなかった。ただ、静かに、温かく見守ってくれている。まるで、傷ついた子供をあやす親のように。

ひとしきり泣いて、少し落ち着きを取り戻した俺に、村長が真剣な顔で向き直った。

「ルーク殿。改めて、お願いがある」

彼はその場に深く膝をついた。昨日、エリアナを救ってほしいと懇願した時よりも、さらに深く。

「どうか、このミストラル村に住んでくだされ!我らは、あなた様を家族としてお迎えしたい。そして、この村をあなたの終の棲家としていただきたいのだ!」

村長の言葉に、他の村人たちも一斉に「お願いします!」と頭を下げた。

その光景は、俺の心を激しく揺さぶった。追放され、行く当てもなく、誰からも必要とされない存在だと思い込んでいた俺を、この人たちは「家族」だと言ってくれる。ここがお前の居場所だ、と。

「しかし、俺は……よそ者です。素性も知れない……」
「関係ない!」

村長が、俺の言葉を力強く遮った。

「我らはこの目で見た!あなた様の力が、どれほど尊いものかを!あなた様が、どれほど慈悲深いお方であるかを!素性など、もはやどうでもよいことだ!我らにとって、あなたはもはや『よそ者』などではない!」

その言葉は、俺がずっと誰かに言ってもらいたかった言葉だったのかもしれない。俺という人間を、肩書や出自ではなく、ありのままに認めてくれる言葉。

俺はもう、断る理由を見つけられなかった。いや、断りたくなかった。

「……分かりました」

俺は涙を拭い、村人たちの顔を一人一人見回した。

「俺でよければ。この村に、住まわせていただきます」

その瞬間、わあっと大きな歓声が上がった。村人たちは抱き合って喜び、中には俺と同じように涙を流す者もいた。エリアナが、きゃっきゃと笑いながら俺の足に抱きついてくる。

俺の居場所が、できた。生まれて初めて、心から安らげる場所が。

その日の夜、村の広場では盛大な宴が開かれた。病み上がりとは思えないほど元気になった村人たちが、楽器を奏で、歌い、踊る。俺はその中心に座らされ、次から次へと差し出される酒やご馳走に、嬉しい悲鳴を上げていた。

「ルーク様は、まさに女神様が遣わしてくださった聖者様だ!」
「いや、俺はそんな……」
「ご謙遜を!我らは皆、そう思っておりますぞ!」

村人たちの俺に対する尊敬の念は、すでに信仰に近いものになっていた。そのことに少し戸惑いながらも、彼らの純粋な感謝の気持ちが、俺の心を温めた。

宴の途中、俺は少しだけ輪を抜け出し、一人で夜空を見上げた。王都で見るよりも、ずっとたくさんの星が輝いている。

「一人かい、ルーク殿」

いつの間にか、隣に村長が立っていた。その手には、酒がなみなみと注がれた木の杯が二つ。

「少し、飲みすぎました」
「はは、無理もない。皆、嬉しくて仕方ないのだ」

村長はそう言って笑うと、杯の一つを俺に差し出した。俺はそれを受け取る。

「それにしても、不思議な力だ」

村長は星空を見上げながら、ぽつりと言った。

「まるで、死んだ草木が芽吹くような……生命そのものを蘇らせる力。あれは、一体……」

俺は一瞬、正直に話すべきか迷った。だが、この人には誠実でいたいと思った。

「俺にも、よく分かりません。ただ、昔、師匠に言われたことがあります。この力は『創生』に近いものだと」
「創生……」

村長はその言葉を、味わうように繰り返した。

「なるほどな。言い得て妙だ。まさに、命を創り出す力。……そんな大それた力を持ちながら、あなた様はなぜ、あのような場所で行き倒れていたのだ?」

核心に迫る質問。俺は少し黙り込んだ後、差し障りのない範囲で自分の過去を話した。大神殿にいたこと。そこで作った水が役立たずとされ、居場所を失ったこと。追放された罪状については、伏せたまま。

俺の話を黙って聞いていた村長は、静かに杯を傾けた。

「……分かった。もう何も聞くまい。人には誰しも、語りたくない過去があるものだ。ここでは、あなたはただのルーク殿。我らの恩人だ。それだけで十分だ」

その言葉に、俺は救われた気がした。

「ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちの方だ。……それで、だ。ルーク殿。今後について、何か考えていることはあるか?もちろん、何もしなくても、我らがあなた様を養っていくが」
「いえ、そんなわけにはいきません」

俺は首を横に振った。俺も、この村の一員として生きていきたい。そのためには、何か村の役に立つことをしなければ。

「俺にできることは一つしかありません。この水を作ることです。これを、必要とする人のために役立てたい」
「ほう。というと?」
「ポーション屋、のようなものを開けないかと」

俺の提案に、村長は少し驚いたように目を見開いた。そして、すぐにその顔に深い笑みを浮かべた。

「面白い!それは、実に面白い考えだ!よかろう!村のことは、全面的に協力する!」

俺の新しい人生が、このミストラル村で、今まさに始まろうとしていた。星空の下、俺は村長と固い握手を交わした。その手は、ゴツゴツとしていたが、とても温かかった。
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